第2章ー10
「東学党は再挙兵をあきらめてくれませんかね」
一戸中佐はつぶやいた。
「同感だが、無理だろうな」
林大佐はぽつんと答えた。
10月も末になり、朝鮮に駐屯してる海兵隊は、他の朝鮮にいる陸軍や外務省、更に民間とも協力して情報を収集して、東学党農民軍の再挙兵に備えている。
更に軍令部第三局からの情報もあり、東学党農民軍の再挙兵を満を持して待ち構えているといってよかった。
「衣の下から鎧をちらつかせたり、刀を抜くぞと示したりしているようなもので、怯えて何人かは挙兵に対する参加をあきらめてくれるだろうが、全員はあきらめないだろう」
「全く王室に対する東学党農民軍の尊崇の念は敬意に値しますが、問題は王室が全くそれに値しないところですね」
一戸中佐は半ば吐き捨てるように言った。
「王室に対して敬意を示すのが当然。そんなふうに朝鮮の民衆は育ってきたからな。急に意識を変えろと言っても無理だ」
「そして、悪いのは王室を取り巻く人間たちで、それを排除すれば王室は目を覚まして、民衆のために動いてくれるですか。お人よしもいいとこですよ。井上公使でさえ、朝鮮王室には呆れ果てているのでしょう」
「きちんとした貨幣に改鋳して発行するように進言したら、閔妃達が猛反対したそうだ。自分たちの懐がもうからなくなるからだと。民衆は死ぬまで王室がとことん搾り取るものらしい」
「わが国で言われていた、百姓は生かさぬよう殺さぬようより酷いですな」
「民衆は死んでも田んぼからまた生えてくるとでも思っているのだろうな」
林大佐が返した。
「確かに傍から見れば、東学党農民軍の心情も分からないでもない。首都漢城に日本軍3000人余りが集結して王室を虜にし、日本の意のままに朝鮮政治の改革を断行しようとしている。幕末の江戸に英国軍が駐留して幕政を左右し、英国の意のままの政治を幕府にさせようとするようなものだ。もし、そんなことになっていたら、俺だって幕府を護れ、と挙兵したろうな。英国が親切心から日本をよくしようとして政治を変えようとしていたとしてもだ」
「実際に幕府に殉じて遊撃隊に参加し、薩長と戊辰戦争を戦った林大佐がいうと重みがありますね」
一戸中佐が言った。
「よしてくれ。あの頃は若かっただけだ」
林大佐は恥らった。
「ともかく、海兵隊の準備は整っているか」
「ご安心を。呉海兵隊は釜山に展開済みですし、舞鶴海兵隊も先日、漢城に到着しました。我々が東学党農民軍鎮圧のために横須賀と佐世保の両海兵隊を引き連れて漢城を出発しても、舞鶴が後を護ってくれます。作戦計画は立ててあります。それに意地が悪いこともしているのでしょう」
「まあな。王室の近衛兵を東学党鎮圧に参加せることを朝鮮王室に承諾させた。散々ごねたがな。東学党と内通をしていないことを明かすためと言ったら、途端に態度を変えた。却って朝鮮王室と東学党軍が内通しているのがよくわかったよ。ついでに朝鮮王室が東学党農民軍をどう考えているのかもな」
「そして、彼らを最先鋒に据えて東学党農民軍を鎮圧ですか」
一戸中佐は首を振った。
「完全に悪者ですね。我々は」
「悪者にならないとやっていけない所だからな。ここは」
林大佐は渋い顔をして言った。




