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第2章ー6

 井上公使に朝鮮王室の内通疑惑について報告した翌日、19日の朝を林大佐はしばらく黙考して過ごした。

 林大佐が動き出したのは、既に昼近くになっていた。

 林大佐は従兵を呼び出して、昼食後に2人の人物を自分の居室に出頭させるように指示を出した。


「一体何事だ」

 一戸中佐は首をひねった。

 昼食前にいきなり、林大佐の従兵が現れて昼食後速やかに林大佐の居室に出頭するようにとの指示を伝えてきたのである。

 一戸中佐は佐世保海兵隊の長であり、表向きは横須賀海兵隊の長である林大佐と同格にはなる。

 だが、階級が大佐と中佐で歴然と違っているうえ、林大佐の戦歴が追い討ちをかける。


 一戸中佐とて実戦経験がないわけではない。

 西南戦争に従軍し、名誉の戦傷を負った身である。

 だが、林大佐にはとても勝てない。

 従って、林大佐の指揮下に自分が入るのは当然のことと思っている。

 そんな自分にいきなり居室に来るように指示があったのだ。

 何かとんでもないことが起こったのだろうか。


「林大佐が出頭するようにとのことか」

 斎藤大尉も首をひねった。


 斎藤は予備役士官だったとはいえ、実戦しか知らないともいえる存在である。

 士官として当然心得ているべきことさえ知らないことがあった。

 そのために土方少尉たちに何かと相談する等により何とか中隊長の任務をこなしている。

 そんな人間に何の相談だろうか。

 斎藤は首をひねった。


「よく来てくれた。これから話すことは今のところ、この部屋以外では決して話すな」

 林大佐は出頭してきた二人に対して念を押した。

 二人は緊張した。

 一体、何事が起こっているのか。


「実は平壌で日本軍が清国軍に対して勝利を収めたが、その際にとんでもないことが発覚した。朝鮮王室が清国軍に内通しているらしいことが発覚したのだ」

 二人とも顔色を変えた。

 特に一戸は帯刀していたら怒りの余り抜刀しそうな気勢を発している。


「あくまでも今のところは、らしいだ。確実なことではない」

 林大佐は二人をなだめた。

「だが、朝鮮王室の面従腹背が疑惑としてある以上、我々はそれに対処せねばならない。特に問題になるのは、朝鮮王室の行動が東学党農民軍に対しても行われている可能性だ。もし、東学党農民軍が再度の挙兵に踏み切ったらどうなる」

 二人とも別の意味で再度、顔色を変えて、しばらく黙考した。


「そんなことになったら、我々は腹背に敵を受けることになります」

 しばらく考えた後、少し声を震わせて一戸中佐は言った。

「さらに問題なのは、東学党農民軍に参加した民衆とそれ以外の民衆を区別する術がないことです」

 斎藤が続けて行った。


 斎藤は元新選組の一員として、幕末の京の治安維持に当たった経験がある。

 その際に困惑したのは、京の住民に対する対処方法だった。

 京の住民の中には薩長のいわゆる志士の味方が隠れていたが、それを見破るのは困難を極めた。

 かといって、京の住民全員を薩長の味方として処断するわけにもいかない。

 そんなことをしたら、ますます京の住民の反感を買い、京の治安維持がますます困難になる。


 新選組は京の住民への対処方法に苦労したのだ。

 その経験から類推すると、東学党農民軍に参加していない朝鮮の民衆は自分たちの味方にせねばならないが、言葉の通じない異国の民に対して、どうすればよいというのか。


「そういうことだ。これは極めて難題だ。だから、二人に来てもらった。二人ともよく気づいてくれた」 林大佐は言った。

 二人とも嬉しくはなかったが、林大佐が呼んだ理由が分かった。


「まずは我々三人で考えよう。そして、朝鮮王室の内通が確認できたら」

 林大佐は言葉を切って、苦渋の表情を浮かべた後で続けた。

「東学党農民軍制圧の作戦を他の者も交えて起案する」

 他の二人も苦渋の表情を浮かべた、だが、林大佐に同意せざるを得なかった。

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