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第2章ー3

 斎藤一が漢城に着いたのは9月14日のことだった。

 東京から横須賀へは鉄道で赴き、横須賀から仁川へは物資を運ぶ輸送船に便乗し、仁川からは物資を運ぶ輜重隊と一緒に漢城近郊の海兵隊駐屯地へと徒歩で赴いた。

 仁川から一緒に進む海兵隊の輜重隊が使うばん馬の巨大さは斎藤の興味を引いた。

「こんなにでかい馬がよく揃ったな。土方さんの最高の遺産か」

 斎藤は思わず独り言を言った。


 漢城近郊の駐屯地に到着すると、佐世保海兵隊もつい先日、到着したとのことで、駐屯地の拡張に大わらわになっていた。

「それにしても、ざっと見たところ、2000名以上もいるようだが、何で漢城から動いていないのだ」

 斎藤は不思議に思った。

 斎藤は現役復帰したばかりであり、知っている情報は新聞に載っている情報の更に一部だけだった。

 海兵本部に出頭した際の説明は、辞令交付と漢城への移動手配の説明だけで事実上終わってしまい、詳しいことは漢城で聞け、状況は刻一刻と変わっている程度しか話してもらえなかったのである。


「斎藤一大尉、本日、着任いたしました」

「よく来てくれた。また、よろしく頼む。固い挨拶はそれまでにして、ちょっと話をしよう」

 林大佐は斎藤を歓迎した。


「現在の戦況というか、朝鮮の情勢はある程度知っているか」

「いえ、新聞に載っていることくらいしか」

 斎藤は正直に答えた。

「うむ、それならばある程度、詳しく話しておいた方がいいな」

 林は斎藤に説明を始めた。


 8月1日に清国に日本が正式に宣戦布告してから、2か月近くが経とうとしていた。

 陸軍では第5師団と第3師団の動員が完了し、平壌へ向けて進撃を開始していたが、両師団共に補給に大いに苦しむ羽目になっていた。

 補給物資の輸送は、朝鮮人人夫を主に現地で雇うことで対処することになっていたが、朝鮮人の人夫は陸軍が朝鮮の貨幣をそう持っていなかったこと等から中々雇用には応じてくれず、兵士が自ら物資を担いで運ぶのが当然という有様になっていた。


 海兵隊はある程度、海外派遣を常時想定していたことやばん馬の事前確保がうまくいっていたことから、漢城に止まる限り、補給に苦しむことは無かった。

 だが、平壌へ陸軍と共に進撃するとなると事情が変わってくる。

 朝鮮国内の悪路を考えると、道路の輸送可能量から考えて、海兵隊も兵站が破たんするという危険があると考えられた。


「それが、海兵隊が漢城にとどまっている主な理由ですか」

 斎藤は林に尋ねた。

「もう一つ理由がある」

 林は答えた。


 7月27日に朝鮮では金弘集を首班とする政権が日本の圧力により成立していた。

 この政権は開化派を基盤として朝鮮国内の改革を進めようとしていたが、当然のことながら王妃の出身である閔氏一族からは敵視されていたし、国王や大院君も必ずしも味方ではなかった。

 更に東学党の乱は一時的に落ち着いてはいたが、その代償として全羅道を中心に東学党農民軍による自治体制が築かれていた。


 東学党農民軍は表向きは朝鮮政府に恭順していたが、東学党農民軍が自治体制を築いている地域は二重権力状態になっていた。

 そのため、金弘集政権は国内基盤が弱いという状況になってしまっていた。


「東学党農民軍が万が一、大院君や国王と手を結んで蜂起した場合、それを金弘集政権が自力で鎮圧できる可能性はまずないというのが私や井上馨公使の判断だ。大院君や国王と手を結ばずに東学党農民軍が単独で再蜂起した場合でも、金弘集政権が鎮圧に苦労するのは目に見えている。そうなると日本の後方補給は大混乱だ。従って、海兵隊はそういった場合に備えて、漢城に駐屯しておく必要がある。それに海兵隊が漢城にいるならば、大院君や国王もそう妙なことはできない」

 林は斎藤に説明した。


「なるほど」

 斎藤は納得した。

「ともかく東学党農民軍の動向が気になる。万全の準備を整えたまえ」

「分かりました」

 斎藤は林に返答した。

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