第1章ー12
半日くらいかけて海兵隊による朝鮮王宮制圧作戦についてある程度の素案ができた段階で、部下たちに更にこの素案の問題点の洗い出しとその対処法を検討するように指示した後、林大佐は一旦、日本公使館に戻った。
日本公使館に戻ると、大鳥公使は渋い顔をして林大佐を出迎えた。
「何かあったのですか」
林は大鳥に尋ねた。
「大有りだ。陸奥外相が、いざという段階で怯えやがった。朝鮮王宮制圧作戦を閣議では許可できないということになったとのことだ」
大鳥は吐き捨てるように言った。
「なんですって」
林は愕然とした。
確かにやりたくない作戦ではある。
だが、今更中止するような指示が来るとは、陸奥外相は何を考えているのだ。
「ともかく書記官の杉村も加えて3人で話そう」
大鳥は林を一室に入るように促した。
「王宮制圧作戦は採るな。その一方で正当と認める手段を大鳥公使は採れ。なお、清国から朝鮮へ更なる陸海軍が増派されるので、日本は対抗上清国への手段を採るとのことですか」
林は言った。
「国際法上は今日、清国に対して最後通牒を発しており、その返答期限が24日となっている。従って、中止命令が別途発せられない限り、25日からは清国に対して日本は発砲してよくなるとのことだった。それでいいな、杉村」
「はい」
杉村書記官は答えた。
大鳥は他の2人に言った。
「どういう手段があると思う」
「私はそういうことにうといので」
林は言った。
一方、杉村は違った。
「明日、20日に22日を最終期限として朝鮮政府にも最後通牒を出しましょう。それに応じなかったら、秘策があります」
「どんな秘策だ」
大鳥はうさんくさげな視線を杉村に向けた。
杉村は平然と言った。
「大院君を説得して担ぎ出しましょう」
「できるのか」
「できます。赤心をもってすれば、説得できます。そのために岡本柳之助ら憂国の壮士が動いています」
「ほう」
大鳥と林は目で会話した。
また、杉村は勝手に動いたな。
反日主義の大院君が日本と手を組むなどありえない。
杉村らは大院君の政権奪還のために体よく利用されているだけだろう。
または、単なる大言壮語か。
「では、早速動いてくれたまえ。私は、もうちょっと林大佐と話したい」
大鳥は杉村に退室を促した。
杉村は意気揚々と退室していった。
「どう思う」
大鳥は林に尋ねた。
「大言壮語ですな。大院君が日本と手を組むわけがありません」
林は吐き捨てた。
「だが、これは利用できるな」
大鳥は悪い顔をした。
「どうするのです」
「朝鮮王宮制圧作戦は23日早朝に断行する。もちろん、例の最後通牒作戦も朝鮮政府に対しては行う。ただし、朝鮮王宮制圧作戦は、大院君からの依頼で行ったことにする」
大鳥は言った。
「正当な手段と言えますかね」
「ここまで本国が煽ってきたんだ。これくらいの責任は取ってもらう」
大鳥は言った。
「ところで、海兵隊の作戦計画を見せてくれるかな」
「素案とはいえ立派なものだな。これなら朝鮮王宮を制圧できそうだな」
大鳥は言った。
「何でしたら、陣頭指揮をお任せしますよ」
林は言った。
「現役を差し置いて指揮を執るわけにはいかん。それにわしは運の悪い指揮官だからな」
大鳥の顔に一抹の翳がはしった。
林大佐は思った。
まだ、大鳥さんは戊辰戦争から西南戦争まで運の悪い指揮官と言われ続けたことを気に病んでいるのか。
確かに、圧倒的に優勢だったはずの城山でも大雨が降り、土方提督等の死傷者を出すことになった。
あの時、大雨が降らなければ、土方提督がこの場にいたかも。
「では、私が陣頭指揮を執ります。22日までにできる限り検討のうえ、海兵隊にも朝鮮の王宮側にもできる限り死傷者が出ないように配慮します」
「よろしく頼む」
林は敢えて大鳥に敬礼した。
大鳥も答礼した。




