第1章ー10
大鳥公使は開戦不可避と判断すると、せめて日本の手が少しでもきれいに見えるように開戦しようと考えた。
本国の陸奥外相からも同様の指示があった。
ただ、陸奥の場合は積極的で、大鳥は職務上止む無くという違いがあった。
「まずはこのあたりから当たってみるか。日本軍の砲声が聞こえているんだ。びびって応じてくれたら、めっけものだが」
大鳥は行動を開始した。
7月3日、大鳥は朝鮮政府に内政改革を行うようにとの具体的な内容を含めた提案を行った。
あからさまな内政干渉と言われて拒否されると踏んではいたが、少なくとも日本国内や欧米諸国に対して日本が戦争を避けようとしたというアリバイにはなる。
同月10日に朝鮮政府と会合を大鳥は持てたが、大鳥の目からすると清国軍が来るまでの時間を稼ぎたいという朝鮮側の態度が見え見えだった。
「全く時間を稼ぎたいというのは分かるが、もう少しうまくやれよ」
大鳥は内心でつぶやいた。
朝鮮政府から提案拒否の正式回答が届いたのは同月16日だった。
同月18日、林大佐と大鳥公使は密談していた。
「どうだ。王宮を海兵隊だけで制圧できるか。陸軍にも応援を頼んだ方がいいか」
「海兵隊だけで充分です。指揮系統の面からも陸軍の応援は混乱の元です。陸軍と海兵隊の関係は公使もよくご存じでしょうに」
わざわざ大鳥を公使と呼んで、林は答えた。
その内心に含まれた林の想いに気づいた大鳥は頭を下げて言った。
「元提督として考えれば、林の言い分ももっともだ。だが、失敗は許されんのだ」
「王宮を夜間、急襲して制圧する。1200名の海兵隊の奇襲が成功すればですが、今の朝鮮軍の実力からすれば10000名でも蹴散らせます。王宮を制圧して出入り口を海兵隊が抑えてしまえば、後は朝鮮国王の勅命は幾らでも出せますし、残存朝鮮軍の反撃は国王の命が盾となる以上、不可能です」
林は敢えて偽悪的な口ぶりを取った。
その口ぶりからは、この王宮制圧作戦に内心不同意なのが明らかだった。
幾ら日本の国益に叶うとはいえ、こんな手段をとっては長期的な朝鮮政策に悪影響が出るのは明らかではないか。
大鳥の内心も林と同様だけに、林に対してそうきつく言えなかった。
「陸奥外相の許可を得ておいた方がいいです。後、できる限り地図等詳細な情報をお願いします」
「杉村書記官が手配してくれるだろう。また、民間の壮士が手伝いたいと言っているらしい」
「お断りします。素人がしゃしゃりでてくるとろくなことにならない」
林は嫌悪感をあらわにした。
林は壮士を幕末の志士と同様に見ている。
憂国の心情は分かるが、そのための手段が問題だ。
国を憂えての行動ならテロであろうと何でも許されると思っている。
しまいには、自分の考えと違うことを理由に伊藤首相の暗殺さえ正当化して実行しようとしかねない。
林の上司だった土方提督は幕末の京での経験からか、志士といった面々をそう見ており、林もそれを受け継いで壮士をそう見ていた。
「分かった。では頼む」
大鳥はあえて頭を下げた。
「元上官に頭を下げられては困ります。最善を尽くします」
林も頭を下げて答えた。




