エピローグー2
同じ頃、東京では小倉処平が小村寿太郎の外務大臣就任の祝いを料亭でしていた。
小倉自身は小村の妻子も一緒に招きたいと思っていたが、小村が謝絶していた。
「全く、女房孝行もしろ。お前には過ぎたる女房もいいとこだ。お前は不肖の馬鹿弟子で、師匠として申し訳ないとお前の女房に頭を下げたいと思っていたのに」小倉は少し酔っているのか、小村を説教した。
小村は平然として小倉に応えた。
「そう師匠が言われると思っていたから、愛妻に頭を下げてこの場に来させないことにしたのです。全くちょっと借金をしたのがどうだというのです」
「ほう、師匠に対してそういうか」
小倉は目元を笑わせて、小村に言い返した。
「親父の借金が発端とはいえ、自宅が燃えた方が借金返済を断れて良かったのにとか、息子が夜目が見えなくなったとかという金に困った事態を引き起こしたのはお前だろうが。全く師匠のわしが東京に来て、お前の女房に挨拶したときのお前の家の有様は言語を絶したぞ」
「おっしゃるとおりでございます」
小村は芝居じみた仕草で頭を下げた。
「全く弟子なら師匠を少しは敬え」
小倉は小村を慈愛に満ちた眼差しで見ながら説教を終えた。
「ところで、義和団事件も外交上は終わったようだが、今後の日本の針路をどう考えている」
小倉は小村に尋ねた。
「私としては、対露戦争が近々起こるのは必須と考えています。日清戦争後、金宰相の尽力によって朝鮮は日本の勢力圏に入りそうですが、露はそれを面白く思っていません。実際問題として朝鮮半島が日本の完全な勢力圏に入ってしまっては、旅順艦隊とウラジオ艦隊は分断されたままになります。ロシア海軍としては我慢ならない事態でしょう」
小村は答えた。
「そうだろうな」
小倉は答えた後、しばらく黙って考え込んだ。
「これから言うことは、お前にとっては不快極まりないことだろうが敢えて言っておく。だが、師匠の言葉としてお前には黙って受け止めてほしい」
小倉はしばらく経ってから言った。
小村は黙って威儀を整えて小倉の言葉を待った。
「日露戦争で運良く勝てれば、旅順半島、うまくいけば南満州は日本が勢力圏として獲得できるだろう。しかし、日本は単独でその勢力圏を決して維持しようとするな。英国か米国と協同して維持しろ」
小倉は言った。
「どういうことでしょうか?」
小村は尋ね返した。
「米国の門戸開放宣言の真意は分かっているな」
小倉は尋ねた。
小村が黙って肯くのを見て、小倉は続けて言った。
「米国の言う門戸開放宣言と言うのは表向きは美辞麗句に包まれているが、実際は英国と協同していて清国領内で他国の排他的権益は一切許さんということだ。排他的権益を許したら、米国はそこに入り込めなくなるからな。だが、清国人内では米国の人気は高い。表向きは清国の味方なのは間違いない」
「おっしゃるとおりです。米国は表向きは正論を言って、無知な庶民の歓心を買います」
米国の偽善に小村は吐き気がすると言わんばかりの態度を示した。
「だが、正論と言うのは厄介だ。表立って反論できん」
小倉は言った。
「だから、日本が単独で的にならないように米国か、英国を引き込むようにしろ。そうしたら、日本を攻撃しづらくなる」
「全く悪い師匠を持ったものだ」
小村はわざとらしく嘆いた。
「わしを師匠として選んだのはお前だろうが。お蔭で外務大臣に就任できたのだ」
小倉は言い返した。
「全くですな」
小村は肩をすくめて言い返した。
小倉も笑って応えた。
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