第5章ー17
8月5日の日没が近づこうとしていた。
戦場で生き残っているのは、救援軍の将兵だけだった。
清国軍の兵と義和団の者たちは、全員、戦場から敗走するか、戦場で骸をさらすかしていた。
禹将軍は、その光景に思わず目をそらした。
自分の横にいる副官も顔を青ざめさせている。
「これが日本の海兵隊の戦い方ですか」
副官が独り言を言った。
嵐のような砲撃を浴びせ、指揮官を先頭に突撃していく。
質で圧倒していたとはいえ、5倍以上の敵を半日ほどの戦闘で潰走させてしまった。
「戦場の鬼の集団ですな。東学党農民軍が1月ほどで鎮圧されてしまったのも分かる」
禹将軍は無言で同意した。
再編制を完結したばかりの朝鮮軍は3万人ほどになっているが、武器は基本的に日本軍のお下がりで、例えば、朝鮮軍が装備している主な小銃は十三年式村田銃というのが現状だった。
日本から海兵師団が派遣されたら、朝鮮軍はたちまちのうちに制圧されて、朝鮮全土は日本の占領下におかれるだろう。
更に日本には陸軍が別途あるのだ。
金宰相の現実認識はもっともだ。
今の朝鮮は当面の間は日本に従属して独立を維持するしかない。
禹将軍は祖国のつらい現状を思った。
だが、いつかは完全に独立してみせる。
それは遠い未来のことで、その時には自分は生きていない可能性が高いが。
禹将軍は横の副官を見た。
副官も同様の認識に達したのか、達観したような表情をしている。
こいつが生きている間には何とかなればよいが。
禹将軍は夕闇が迫る空を仰ぎ見ながら考えた。
日本の海兵隊の戦い方に感銘を受けたのは、朝鮮軍の軍人だけではなかった。
英仏米等の欧米列強の軍人も感銘を受けていた。
いや、これまで日本を後進国と侮ってきただけに、その反動からむしろ朝鮮軍の軍人よりも日本の海兵隊を高く評価するようになっていた。
「日本の海兵隊は、我がドイツ陸軍と質的にそう引けはとらない」
あるドイツ陸軍の士官は本国への報告書の一節にそう記載した。
「あれが海兵隊というのは、冗談にしか思えない。紛れもなく世界でも一流の陸軍である。ばん馬を充実させる等、後方兵站にも気を配られている。日本の海兵隊がフランス陸軍の弟子であることを私は誇りに思う」
あるフランス陸軍の士官は、新聞記者の取材に答えた。
「白人以外に一流の軍隊は作れないというのは定説だったが、それは誤りだった。日本の海兵隊の戦い方はそれを実証した」
アメリカ軍の士官は同僚とそのように話し合った。
それを見聞きしたある国は重大な決断を下してもよいと思うようになった。
ロシアの露骨な南下政策は全く目に余る。
我が国の国力は世界に冠たるものだが、それにも限界がある。
日本は海兵隊ですら、あれだけの実力を実戦で示しているのだ。
日本の陸海軍が我々の味方になってくれるのなら、それは極めて心強いものではないだろうか。
幸いなことに日本もロシアの脅威にさらされている。
つまり、ロシアは敵同士と言うことで手を組む余地があるのだ。
その国の名は、イギリスといった。
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