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第1章ー6

 土方少尉や黒井大尉は漢城の平穏さに戸惑いを感じつつ、大鳥公使が朝鮮政府との交渉の末に急きょ確保した駐屯地に部隊と共に入った。

 林大佐は、士官を全員集め、次のように言った。

「横須賀にいるときよりも訓練に下士官や兵を励ませろ。理由は幾つかある。まず、下士官や兵をたるまさないことだ。この朝鮮の平穏さから既にたるみかけた者もいるようだが」


 林大佐はそれとなく土方少尉や黒井大尉を見た。

 2人は思わず首をすくめてしまった。

「ともかく、この平穏さは仮初めのものと思え。日本の国内事情から、何もせずに日本には帰れそうにはない。何かしようとすれば、必ず清国との衝突は起こりうる。だから、訓練に励み、下士官や兵を鍛えて引き締めておく必要がある。そして、朝鮮政府を威嚇するという目的もある。これだけの精兵と戦う覚悟はおありか、とな。しばらく経てば後続の部隊も漢城に到着してくることだろう。後続の部隊にも同様に訓練に励んでもらう。分かったな」


「はっ」

 士官全員が答えた。

「よし、では所属部隊に戻れ」

 土方少尉や黒井大尉は自分の所属部隊に戻った。


 林大佐の言うとおりだな、土方少尉は自分の小隊を見て思った。

 一夜明けると、確かに一部の兵がたるみかけていた。

 駐屯地に入ったのが夕方になっていたこともあり、小隊はその日の内は、ほぼ寝床を設営するだけしかできなかった。

 朝になって、横須賀にいるときよりも激しい訓練内容を言うと、多くの兵が驚いた顔をし、ここは外国で何が起こるか分からん、しっかり訓練を行う、と自分が続けて言うと、一部の兵はそんなことはないだろう、という表情をしたのだった。


 訓練に掛かれ、と号令をかけ、自分も率先して訓練を行っていると、他の小隊も同様に猛訓練を行っているのが見えた。

 こんなに気合を入れて大丈夫かな、と思っていると西南戦争を一兵卒として経験した古参の分隊長が土方少尉に近寄って言った。

「気が緩むよりマシです。それに林大佐は昔の失敗を思い出されているのでしょう」


 林大佐の失敗とは聞き捨てならないことをと顔色を思わず変えると、分隊長は続けた。

「西南戦争末期、海兵隊は鹿児島に駐屯し、我々はもう戦争は終わったと気を緩めていました。大鳥提督や林大佐も気を少し緩めており、我々の訓練も少しなおざりになっていました。そこに西郷軍の最後の攻撃です。我々は勝ちましたが、小隊長の父上をはじめ多くの者が亡くなりました。あの時、私は気を緩めずに訓練をずっとしていればと悔やみました。林大佐も心の奥底で同様にそれを失敗として悔やんでおられるのでしょう」


 土方少尉は思わず胸を衝かれた。

 そうだ、ここは外国で戦争になるかもしれないのだ、たゆまずに訓練をしなければ、後で悔やんでは遅いのだ。


 土方少尉が顔を引き締めるのを見た分隊長は続けた。

「といってもきつすぎるのも問題です。あんまり頑張り過ぎないようにしましょう。続かなかったら意味はありません」

「そうだな」

 土方少尉は分隊長に答えた。


 土方少尉の視界には、黒井大尉の指揮する砲兵中隊が砲撃訓練をする光景が入った。

 実弾を撃つわけにはいかないので、砲を設置し、標定するだけで終わるのだろうとは思ったが、気になって時折、見ていると最後に空砲を撃った。

 事前に話が無かったので思わず土方少尉は慌てた。

 部下も訓練を一時、中断した。


「砲兵中隊は気合を入れていますな」

 さっきの分隊長がいつの間にか土方少尉の傍にいた。

「気合を入れ過ぎだ。空砲を撃つのなら、事前に言ってくれ」

 耳の奥では砲声が未だに轟いている。

 土方少尉は思わずぼやいた。

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