第5章ー12
少し幕間めいた話になります。
「一刻も早く、北京に向けて進撃すべきだ。こうしている間にも北京にいる外交団は義和団や清国兵に攻められているのだ。それを救わねばならない」
北京で籠城している外交団を解放するための方策を打ち合わせるために9か国の軍隊の将軍クラスが集まって天津で7月15日に開催された会議の席で林忠崇提督は熱弁を振るっていた。
「そうはいわれても、兵力がまだまだ不足している。もう少し兵力を集めてから進撃するべきだろう」
露の将軍が反論した。
「既に2万の兵力が集まったのだ。充分すぎる。何でしたら、日本の海兵師団1個が全部揃い次第、日本単独で北京を解放してみせる」
林提督が豪語した。
同席していた北白川宮提督が慌てて林提督を引き留めるが、北京進撃に積極的な英はともかく、この際、清国を完全に分割してあわよくば完全に植民地化してしまいたい露や独の将軍は冷ややかな視線を向けるだけで沈黙していた。
やれやれだ、こんなやりとりがいつまで続くことやら、朝鮮の禹将軍は内心で肩をすくめ、黙って会議のやり取りを眺めることにした。
禹将軍がここにいるのは様々な思惑が絡み合った末だった。
「清国で義和団という排外集団が暴れまわり、それに圧されて清国が日や露に宣戦布告したとか。これは絶好の機会ではないでしょうか」
6月24日、禹将軍は金弘集宰相に力説していた。
「ほう、どういう意味でしょうか」
金宰相は本当に分からないような顔をした。
だが、目が冷めている。
金宰相も性格が悪くなったものだ、と禹将軍は思った。
だが、あれだけのことがあっては仕方ないか。
下関条約が締結される前、日本からの借款により、朝鮮は金宰相の主導の下で官僚への未払いの給料の支払いを済ませ、東学党の再度の暴発に備え、朝鮮軍や官僚機構の再編成を行った。
だが、それに待ったを掛ける存在があった。
閔妃にしてみれば、国の財政は王室のものであり、軍隊のためにかける金があるなら自分のぜいたくに使うのが当然だった。
それなのに、日本は軍隊なんぞのために金を使っている。
閔妃は朝鮮軍への給料支払いを止めて、自分のぜいたくに遣わせろ、と声高に要求して、軍人への給料を大幅に削減し、自活しろと公言した。
これが朝鮮軍の軍人の憤激を買った。
下関条約で李鴻章によって朝鮮王室の二枚舌、三枚舌が暴露されて、井上公使が激怒し、朝鮮王室を責めた際も、閔妃は高をくくっていて、金宰相に全責任を押しつけて済まそうとしたが、それは朝鮮軍の給料が止まるのを意味したために、朝鮮軍はもう黙っていなかった。
楊貴妃の再来、閔妃を殺せ、と朝鮮軍は王宮に乱入し、閔妃は惨殺された。
高宗はこの責任は金宰相にあるとして、金宰相を死刑にしようとしたが、一度、暴走した朝鮮軍はもう止められない存在になっていた。
高宗は逆に幽閉され、朝鮮軍は純宗を新王として擁立した。
井上公使以下の日本政府も朝鮮軍の暴走には暗黙の支持を与えた。
高宗や閔妃は日本にとって邪魔だったからである。
金宰相は日本との交渉に苦闘し、朝鮮軍の暴走に歯止めをかけ、純宗を何とか盛り立てる等々、この6年間、苦労し続けていた。
一部の反動愛国者から売国奴として暗殺されかかったことも数回ある。
だが、金宰相の苦労によって朝鮮の人民が小春日和のような日々を楽しめているのも事実で、金宰相を支持する人は少しずつ増えていた。
こういった時に、義和団事件が起こったのだった。
長くなったので分けます。ご意見、ご感想をお待ちしています。




