第5章ー11
7月14日の朝を、土方大尉は天津市街で迎えていた。
わずか1日の戦闘で天津市街は九か国連合軍の完全な占領下におかれた。
土方大尉の所属する日本海兵師団の第1海兵旅団はその戦闘に際し、連合軍の一翼を担って奮戦した。
斎藤一大佐は戦闘に際しては鬼神のようだったな、と土方大尉は思い返した。
あの旗の下で、また戦うのだから、当然のことか、土方大尉は思った。
自分にとって、あの旗を見るのは何年振りだろう。
土方大尉は、かつては父の傍にあった旗をあらためてしのんだ。
7月7日に、第1海兵旅団長として林忠崇少将が佐世保に到着した際、斎藤大佐も土方大尉も思わず困惑したものだった。
海兵師団長には北白川宮海兵中将の就任が決定しており、その隷下におかれる2個旅団の1つの旅団長に林少将がなるのは自然なことだった。
第1海兵旅団は横須賀海兵隊を改編して編制された第1海兵連隊と佐世保海兵隊を改編して編制された第3海兵連隊を基幹として編制される
(横須賀海兵隊と佐世保海兵隊に所属していた砲兵や工兵は臨時に第1海兵旅団直属の砲兵団、工兵団として再編制される)。
林少将は東京におられるので、横須賀海兵隊と共に天津に向かうのだろうと思っていたのだが、事前に第3海兵連隊に渡したいものがあると言ってきたのだった。
「北白川宮師団長から事前に渡すように頼まれてな」
第3海兵連隊所属の士官全員を集めた会場で、林少将がおもむろに出した物を見た瞬間、斎藤一は固まってしまった。
一目で何か分かり、叫び声を挙げたいのに、余りの衝撃に声が出ない。
代わりというわけではないが、土方大尉が叫び声を挙げるが、途中で途切れてしまった。
「これは父の」
「土方大尉も覚えていたか」
林少将は慈愛の籠った声を挙げた。
「忘れられるわけがありません。父に見せられた覚えもありますし」
土方大尉は落涙した。
斎藤一も視界が潤んでしまった。
林少将が出してきたのは、新選組のあの旗だった。
斎藤一は潤んだ目で誠の一字を読んだ。
また、この旗が翻っている中で戦うことがあるとは思わなかった、斎藤一の心はかつての京の日々や戊辰、西南の戦場を駆け巡った。
林少将の声が聞こえてはいるのだが、旗を見た余りの衝撃からか、その声が頭の中を通り過ぎていく。
「北白川宮師団長がおっしゃられたのだが、西南戦争の故事にならい、第1海兵連隊を伝習隊、第2海兵連隊を衝鋒隊、第3海兵連隊を新選組、第4海兵連隊を遊撃隊と呼称するとのことだ。そして、斎藤一大佐もいることだし、第3海兵連隊には海兵本部でずっと保管してきたこの旗を佐世保で渡してほしいと北白川宮殿下に頼まれた。北白川宮殿下は、この旗にふさわしい働きを第3海兵連隊には期待するとのことだ。私からも同様のことを言いたい。諸君の奮闘を期待する」
林少将の発言が終わると、斎藤一は無言で立ち上がり、思わず旗に敬礼した。
それを見た第3海兵連隊の士官も続々と立ち上がり、旗に敬礼する。
「この旗にふさわしい働きをするぞ、いいな」
斎藤一は獅子吼した。
「応」
第3海兵連隊の士官も続々と声を上げる。土方大尉も率先して声を上げていた。
そして、天津に上陸して、第3海兵連隊は早速、奮戦して勝利を収めたのだった。
林少将も西南戦争の際に一時とはいえ、新選組の旗の下で戦ったことがある身である。
旗に恥じないようにと林少将も自ら陣頭指揮を執る有様だった。
「これで天津という橋頭堡は完全に確保できた。早く北京に向かいたいものだ」
土方大尉は戦闘の後の感慨にふけりながら、決意を新たにした。
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