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第5章ー9

 6月22日、柴五郎中佐は公使館区域の防御体制をあらためて考えていた。

 護衛兵は500名に満たない中で、900人余りの民間人と義和団から逃げ込んできた中国人キリスト教徒約3000人をいつ来るか分からない援軍を待ちつつ、護りぬかねばならない。


 6月19日、24時間以内の北京からの退去要求が来た時には、来るべきものが来たとは思ったが、最早、北京からの脱出は不可能だった。

 表向きは義和団鎮圧のために集められた数万人規模の正規軍の兵士すら、自分たちに銃口を向けつつある。

 こんな中で民間人を保護しつつの天津への脱出行など可能なわけがなかった。

 籠城戦で民間人を護りぬくしかない。


 それにさらに問題があった。

 護衛兵が500名ほどいると言っても、水兵と海兵ばかりである。

 海兵はともかく水兵の中には初歩的な陸戦訓練をやっと受けただけという者さえいた。

 質的にも精鋭とは言い難い上に単純な兵力比は500倍程か、柴は自嘲めいた思いすら湧いてくるのを覚えた。


 清国の正規軍は大砲を持っている。

 砲撃を浴びせられたら、数日で公使館区域は壊滅するだろう。

 こちらにも大砲が無いわけではないが、数が圧倒的に違う。

 砲撃戦で勝てるわけがなかった。


 籠城戦とはいえ500倍の兵力差を覆せた戦闘がこれまでにあったろうか。護りぬけたら、戦史に燦然と輝く偉業になるな、と柴は思った。

 懐に忍ばせた電報用紙を軍服越しにあらためて触ってみる。

 それは懐に確かにあった。


 本多海兵本部長からの電文で、海兵隊は今度は必ず救援すると書いてあった。

 それなら、海兵隊が来るまで護りぬいて見せましょう。

 会津人の誇りにかけて。

 柴はその電報用紙の内容の重みを感じつつ、何度目かの誓いをあらためてした。


 公使館区域の籠城が始まって、1週間余りが過ぎ、7月を迎えようとしていた。

 柴中佐は清国軍からずっと銃声はしても砲声は聞こえてこないことに疑問を覚えていた。

 何で、砲撃を加えてこないのか、砲撃を加えられたら、すぐに籠城戦はこちらの敗北で終わるだろうに、柴中佐は考えを巡らせるうちに気づいた。


 清国軍内部にも亀裂があるのだ。

 公使館の人員は、ある意味、人質だ。

 その人質をあっさり殺してしまっては、戦後の際の交渉に差し支えると主張する一派が清国軍内部にいて、それが砲兵隊を握っているのだろう。

 これなら、何とかなるかもしれない。


 柴中佐は希望がほのかに灯るのを感じた。

 そして、自分の指揮する日本の海兵隊は1個小隊しかいないとはいえ、紛れもなく世界最精鋭と誇れる部隊だった。

 同期の内山大佐が選んで派遣してくれたこの小隊は、文字通り戦場の火消として走り回っており、自分の指揮下で射撃戦でも白兵戦でも数的劣勢をくつがえし、清国軍を圧倒する戦果を挙げていた。


 そして、この奮闘から、自らの発言が籠城軍の中でも重みをもちつつあることが分かった。

 籠城戦が始まった当初はイギリスのマクドナルド公使が名目上の総指揮官になったとはいえ、籠城軍はバラバラで自分たちの所属する公使館を優先して守ろうとする部隊ばかりだった。


 だが、日本の海兵隊が自分の指揮下で奮闘を続けた結果、自分が最先任の士官であることも加わり、今やマクドナルド公使自ら、柴が籠城軍の参謀長であり、自分は軍事以外の仕事もあるので、籠城軍は柴の統一指揮に入るべきだと言うようになり、それに賛同して、自分の指揮に応じてくれる部隊も増えている。


 これはよい兆候だ。

 ただでさえ量的に圧倒的に劣勢にあり、質の面でも不安がある籠城軍が統一指揮で動くようになりつつあるのだ。

 柴は希望の灯火が更に強くなる思いがした。

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