第5章ー6
6月が来て、北京は夏の熱気を感じるようになっていた。
だが、それ以上に体感されるのが、外国人に対する治安の急激な悪化だった。
「清国の役人まで公然と外国人の助けを無視する者が多数、出だしたか」
柴五郎中佐は渋い顔をした。
「本格的に籠城の準備をせねばならんな。少しでも武器や食糧を買いこまねば」
「それにしても旧式の前装式ライフル銃まで買い込むことは無いのでは?」
部下が疑問を示した。
「前装式ライフル銃なら、弾の自作が出来るからな」
柴は答えた。
「弾の材料はどうするんです?」
「向こうから恵んでくれるさ」
柴は笑った。
「向こうが撃ってきた弾からこちらの弾を作って撃ち返してやる。子どもの頃に教えられた」
柴の脳裏に会津籠城の光景がよみがえった。
それにしても、本多海兵本部長からの電文はかつてのことを思い出させる、と柴は感慨に少しふけった。
万が一の際に今度は海兵隊は総力を挙げて北京に救援して見せる、これは、宮様や林も同じ考えであるか。
今度は、というところに、三提督の思いを感じた。
その思いに応えるためにも、何としても北京籠城になったら、それは成功させてみせる、柴は固く決意した。
6月9日の夜、西公使と柴は現状の確認を行っていた。
「今、北京にいる列強の兵力は400名ほどで、日本の海兵隊は1個小隊約50人が到着しています。万が一に備えて、横須賀海兵隊から1個中隊を事前に軍艦に乗せて天津に派遣していましたので、その中から1個小隊を割いて到着させました。ですが」
柴は深刻な表情を浮かべて、発言を一旦切った。
西は身振りで発言を続けるように促した。
「2つ大きな問題があります。まず第一に、余りにもこちらの兵力が少なすぎる。義和団の兵力はどう見積もっても10万人は超えています。義勇兵を募ってもいいですが、それでも相手は100倍以上の兵力です。幾ら質があっても量で押し切られかねません。第2に指揮系統の問題です。誰が列強の軍隊の全体の指揮を執るのです。船頭多くして船山に上るではありませんが、こちらの兵力が少ない上に、指揮系統がバラバラでは有効に戦えません」
西はしばらく考えにふけった。
目の前の柴がおそらく北京にいる士官では最上位だろうが、欧州の軍隊は日本の指揮官の命令には服さないだろう。
誰か適当な人材はいないだろうか。
英のマクドナルド公使はどうだろうか。
彼は元は陸軍の士官だったはずだ。
英の公使が総司令官なら、露仏独の軍隊といえど無闇に命令無視はできまい。
「英のマクドナルド公使に名目上でもいいから最高司令官になってもらうのはどうかな」
西は提案した。
「それはいい考えだと思います」
柴はそれに賛同した。
「彼は実戦経験もあるはずだ。他の諸国の軍隊も彼の命令は無視できないだろう。それにしても清国政府の動きが鈍すぎる。どうして義和団の取り締まりをしてくれないのだろうな」
西は言った。
柴は思った。
扶清滅洋を掲げて北京に10万以上の暴徒が乗り込んできたのだ、清国政府も手を出しかねているのだろう。
だが、と心に一抹の不安がよぎった。
まさか、清国政府も敵に回るのではないか。
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