第5章-5
「この店は良さそうな気がするな」
斎藤一は思わず言った。
「斎藤大佐が気に入りそうでよかったです」
土方大尉は喜色をにじませた。
斎藤一は本多海兵本部長の前を辞去してから、夕刻になるのを待って、土方大尉と合流した。
土方大尉はどうやったのか、岸少佐とも連絡を付けており、岸少佐も斎藤大佐と会いたいと言いだして、自分と合流した。
斎藤は思った。
これでまとめて話ができる。
土方大尉が連れて行ってくれた店は、2階に2部屋の個室がある小料理屋だった。
斎藤大佐は身銭を切って2階を貸切にした。
個室と言っても6畳間2間だ。
大した額ではない。
それに人に聞かれたくない話だった。
「台湾情勢はどうなのですか」
土方大尉は早速、斎藤に尋ねた。
乾杯したせいか、口が回っている。
「多少は良くなってきたというのが、正直なところだが。まだ、台湾情勢が安定しているとは言い難いな。だが、警察で対応可能になりつつある。いいことだ」
斎藤は答えた。
「海兵隊が山地で反乱を起こした住民の討伐に当たらされているというのは本当なのですか」
岸少佐が口を挟んだ。
「本当の話だ。陸軍は台湾での脚気惨害事件の後、完全に麦飯に切り替えたが、脚気撲滅には至っていない。重症患者は無くなったが、軽症患者は相変わらず発生している。そうなるとやっぱり人情として白米が食べたくなる。麦飯になったのは海兵隊のせいだ、許せんという逆恨みから、陸軍によって海兵隊は山地の住民反乱が起こるたびに派遣されている」
「海兵隊ではなくて山岳部隊ですな」
岸少佐が言った。
「山岳部隊?」
斎藤は尋ね返した。
「イタリアやフランス等では山岳戦専門の部隊があるそうです。本来なら陸軍が山岳部隊を持つはずですが、このまま行くと海兵隊が台湾で山岳部隊になりそうだ」
土方大尉が言った。
「それはかなわないな」
斎藤は笑ったが、内心で思った。
海兵隊に入って、登山が得意になって、どうするのだ。
それに、そろそろ本題に入ろう。
話しが長くなりそうだ。
「話を変えさせてくれ」
斎藤は表情を変えてあらためて言った。
土方と岸は、疑問の色を顔に浮かべた。
「清国で排外暴動が起きているのは知っているな」
「ええ、北京にまでその暴動が及びつつあるとか」
土方は答えた。
岸も肯いた。
「本多海兵本部長からそのことについて話があった。海兵隊の幹部、具体的に言うと北白川宮殿下、本多、林の三提督は最大限動員したうえで清国の排外暴動鎮圧のために北京へ海兵隊が出動することもありうると考えている。自分も同感だ。その際は、お前たちに自分の部下として奮戦してくれ。頼む」
斎藤は思わず頭を下げた。
「何故、頭を下げられるのです。上官として命令くださればよいのに」
岸が疑問の声を上げた。
「それは私情を三提督も自分も絡めているからだ。北京には柴五郎中佐がいる。柴は会津の出身だ。皆、戊辰戦争の会津であった悲劇をあいつにまた味わせたくないのだ」
斎藤は一気呵成に言った。
土方も岸も思わず沈黙し、思いを巡らせた。
「分かりました。父が生きていたら、同じことを言ったでしょう」
暫く経ってから土方は言った。
軍人は私情で動くべきではない、だが、私情がどうしても絡むことがある。
三提督や斎藤の思いは痛いように感じた。
自分もそれに応えないわけにはいかない。
泉下の父も同意するだろう。
「島田の伯父さんも斎藤大佐に同意するでしょう。柴中佐を助けるために奮闘しましょう」
岸も言った。
「済まんな。私情を交えてしまって」
斎藤は言った。
「気にしないでください。斎藤大佐に同意した以上、同罪です」
土方は笑みを浮かべた。
それを見て、斎藤も笑みを浮かべた。
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