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妖精は薔薇の褥で踊る  作者: うさぎのたまご
一章 妖精が踏みしだくは薔薇の花
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憎悪に塗れても

「困ったね」


 目を閉じて俯くと長い溜息を吐く。

 フェルニアがあんなに吸血鬼――アルトレルを気に入るとは思わなかったし、また、アルトレルがフェルニアに執着するのも予想外だ。


 気に入ってもらいたいとは言ったが、それは彼自身に選択させるためだ。人――生き物は自分で選択して、チャンスを与えられ、達成できずに閉じ込められるのと、何も選択肢を与えられずに閉じ込められるのでは感情や納得が遥かに違う。

だったら自分で決めさせて、自分が選んで失敗したと思わせるのがいいと思ったのだ。

フェルニアに気に入られるかどうかは、心の中でもしかしてとは思っていたが、どこか諦めている節があったので現実になると対応に困る。


「なにをですか」


突然後ろから無機質な声が聞こえてレオノールは顔を上げる。

薄いシュガーブラウンの髪にすべてを包み込むような深い灰色の目、凛とした佇まいはたおやかな見た目に反して芯の強さをうかがわせる。

 彼女は使用人であり暗殺者であり、自分のよき理解者、どこにいてもおかしくはないのだ。


「ねぇアデル」

「はい、旦那様」


 柔らかな声、

 長年の付き合いで見なくても灰色の目を心配そうに細めているのが分かり、心が和む。築き上げた心の砦が彼女を前にもろく崩れ去るのを感じた。


「僕は……強くなれたかな? 今ならもう、あの子を守れるかな?」


 思い浮かぶのはだいぶ前の出来事、しかし鮮やかに思い出せるその出来事に胸が苦しくなる。あの日ほど自分が無力なのを責めたことはなく、時としてそれは悪夢となり追いかけてきた。


 視界が赤く染まり、耳鳴りが酷い。吐き気がこみ上げた時に落ち着いた声が聞こえて現実に引き戻された。


「旦那様は八年前から努力に努力を重ねておりました。結果は神のみぞ知り、そして運は味方につけるもの、旦那様が何を心配しておられるかは分かりませんが、もうこの国で貴方を蔑ろにできる人間は存在致しません。そしてたとえ何があっても貴方の努力は無駄ではありませんでした。旦那様」


「そうだね。ありがとう」


 結果は神のみぞ知り、運は味方につけるもの、これは彼女の口癖だ。

 でも自分に失敗は許されない。


 八年前のことはもう繰り返してはいけないのだ。

 自分に思い描いた通りになるならば悪魔に魂を売ってもいい。

 運は従えるもので結果は作るもの、これがレオノールの考えだ。

 そのためなら……自分はどれほどの憎悪と悪意に塗れても構わない。


**************************


 扉を叩く音がしてフェルニアはクッションの山から身を起こした。


「アル?」


 入浴すると言っていたのに随分早いといぶかしむと扉が開けられて顔色の悪いアルトレルが入って来た。


「どうしたの?」


 ふらふらと危なげに歩いてきたアルトレルはフェルニアの所に到着するなり倒れこんでしまい、手を引っ張るとのろのろと顔を上げた。


「寝台はあっち……ひゃ」


 今日は一緒に寝ようと約束したと声をあげれば、首筋を舐められて変な声が出た。

 そのまま横抱きにされて寝台まで運ばれたので驚きに目を見開く、


「アルは、細いのに力はあるのね」


 その途端、上から覆いかぶさろうとしたアレクトルの体が凍り付き、何かいけないことをしたのだろうかと首を傾げるが、アルトレルは青くなって黙ってしまった。


「……悪かった。今日は別の所で寝る」


 そう言って身を起こしたアルトレルの服の袖を引っ張る。


「待って、約束、したよね」


 低い声が出て、自分でも驚くが、それよりもアルトレルの顔が苦しそうで小さな両手で顔を包みこむと首を傾げた。


「あなたは、何もしていないわ。大丈夫。そうよね?」


「あなたは何もしていない。大丈夫」これは一緒に過ごす二週間で二人の間に決まったように交わされた言葉で、偶に苦しげな顔をするアルトレルはこの言葉を聞くことで全身から力を抜く。

 何が引っかかったのかわからない為、対処のしようがなかった最初のころとは大違いだ。


「寝よう」


 落ち着いたのを確認して毛布をかけるとその中に潜り込む、実はフェルニアが寝台に寝たのはこれが初めてだ。今まではこの寝台は広いので一人で寝る気になれず、いつもクッションの所で寝ていた。それに気付いたアルトレルが心配して、それでもやっぱり一人では眠れなかったので、アルトレルが一緒に寝てくれるならと誘ってみたら少しためらったようだが、頷いてくれた。


 真っ黒い髪の毛を手で梳くとさらさらと指の間から零れ落ちて気持ちがいい。

 アルトレルは朝と夜、入浴するので毎日とてもいい香りがするのだ。最初は石鹸と思ったが、何となく最近違うのではないかと思い始めた。


「アル、何かつけている?」


 言葉足らずだったが、アルトレルにはちゃんと伝わったらしく、宙を彷徨っていた視線がフェルニアに固定された。


「……身体に何か塗られて、髪にも何か塗られた」

「身体……誰に?」


 何かとはわからないが不愉快になり、それが伝わったのかまたアルトレルの顔がまた少しゆがんだ。


「……メイド」

「分かった。いい香りがするね」


 明日、アルトレル付きのメイドは外してもらおうと思い、守るように短い腕を背中に回した。アルトレルの方が大きいので逆に包み込まれるような形になり、暖かい温もりを感じると、とろとろと睡魔が押し寄せる。


 ……だから、アルトレルが耳元で小さく囁いた言葉には気付かなかった。





次はフェルニアの腹違いの弟が出てきます!



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