表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妖精は薔薇の褥で踊る  作者: うさぎのたまご
二章 薔薇は雨降る夜に狂い咲く
34/38

毒蛇の贈り物

「え? それなん……」

「黙ってください。汚らわしい倒錯的趣味をした赤毛の幼女趣味魔術師は」

「……」

 この凍った空気は二人のそんな会話で作られた。


***


 この世界は二つの大きな大陸と無数の小さな島に分かれている。


 割合で行くと私達、人が住んでいる大陸が5。

吸血鬼やエルフ、異種族がすむ大陸が4。

住んでいるものがまちまちの沢山の小さな島が1。

 海と陸地の割合は7‥3だ。


 日の下でも支障なく歩ける人間の大陸は『太陽の地』


 大体が日の下で生きることができず、月の下で活動するのが多い異種族の大陸は『月の地』


 そして星のように点々と存在する島は『星の地』と呼ばれている。


 種族の度合いで言えば人間が最も多く、一番少ないのは希少なエルフや吸血鬼、ドラゴンなどで、いくつかの国に分かれて沢山の王がいるこの大陸とは違って、異種族の大陸の王は一人、王が亡くなるごとに各種族の長が集まり『殺し合い』をすることで決められる。


 人間のように血筋などではなく力ずくで手に入れる方法はフェルニアも嫌いではないのだが、一般的には野蛮と言われている。


 それゆえにこの大陸にすむ異種族は奴隷となり貶められ、また異種族の地に献上された人間も良い扱いは受けていない。


 そして当然のように人間と異種族は折り合いが悪かった。


 過去には何回も諍いや争い、戦争などが起きていて、今も小さな小競り合いは日常茶飯事、一年に数回、お互い譲歩する形で戦争を避けるために人間に異種族の奴隷が贈られ、異種族に人間の奴隷が贈られる。


 そういう交流の他は全くと言っていいほど両大陸ともお互いの地には踏み込まなかった。贈り物すら二つの大陸の中間点にある島を利用してのみ行われる。


……まぁ当たり前だろう。


 ちょっとした旅行気分で異種族がこの大陸に足を踏み入れれば身ぐるみはがされ奴隷にされ、逆もまたしかり、自分たちの仲間が人間に酷い目にあわされていることを知っている彼らも憎悪を剥き出しにして襲い掛かる。


 だからこの大陸に異種族が来る方法はたった3つ、奴隷として贈られることと流刑などの罰、それとごくたまに来る使者だけだ。


 奴隷といってもアルのような高位のものが贈られることはまずないので、多分アルトレルは流刑になってここに来たのだと思う。一応使者かなにかに連れられてきたのではないかと思ったが、その場合この国も使者も血眼になって探しているはずなので違う。


 でも、それだとおかしいのだ。


人間の大陸に高位の異種族が流されるのは罰としても非常に重いものとされているので当時、恐らく3歳前後だったアルトレルが何かしたとはとても思えない。


 フェルニアは、アルトレルが最初の奴隷商人のもとへ送られたのが5歳だっただけで、自分の名前も憶えていないことからもっと小さかったのではないかと思っている。


 ……まぁ、アルトレルと会えたのはとても嬉しいしそこはどうでも良いだろうとは思うのだが……。


 じーとアルトレルの顔を見て、白く細い、最近少し硬くなってきた手を取ると指の間を擦るように撫で、爪の先を弄ると頬が淡く色づいて面白かったので、さらに絡めるように手を繋いで、優しく愛撫するように動かす。


 ちなみにフェルニアがなぜ突然こんなことを考えるに至ったかというと、今日、この間止めさせられた家庭教師の代わりが来たからだ。やめさせられた理由は仕事の内容を口外したかららしく、社交界で妙な噂が広まったとかなんとか……外にあまり出ないし興味もないのでよく分からない。


 それで信用できる家庭教師が来たのだが、今回は魔道具越しではなくて私の部屋に直接、それが丁度アルトレルが帰ってきて、フェルニアが手枷の片方をアルトレルの手首に嵌めたところだったので、顔を青くして何かと聞き――傍にいたレオンが不愉快そうに眉を寄せて口を開いた。


 それ以来ずっと二人で何か言い争っているので、フェルニアもアルトレルに好きなように触れて、考えられるというわけだ。


「僕はこの間お願いしましたよね。姉さまには近づかないでくださいって、ナイフを投げられてもまだ足りないのなら今度は突き刺しますよ」

「……俺だって別に好きで来ているわけじゃない‼」

「へぇ、では姉さまには一片の興味もないと?」


 アルトレルの肩越しに見たレオンの目がギラリと光った気がしたが、目が合うとふわりと微笑んだので多分間違いだと思う。


 ちらりとそれを確認し、そのままアルトレルの手を上向かせると手首、少しくぼんだ所に舌を這わせて尖った歯で柔らかく噛むと小さく身体を震わせた。


「え? いや、別にそういうわけじゃ……」

「やっぱり下心が……」

「だからちが……」

「あるんですよね?」

「……、……、……ああ! 何だよこの子供、面倒くさい‼ なんであいつは俺にこんな事ばっかりさせる……ところでおまえ達、いや、あなた達? ……そこの二人は何をしている」


 髪をぐしゃぐしゃとかき回して座った目で問いかけてくるエリクセルに、指先を口に含もうとしたところで邪魔をされて酷く不機嫌になる。


「何を……?」


 ゆっくりと鸚鵡返しに呟いて振り向くと、さっと目を逸らされた。

 何故だ。


 不可解に思いながらも名残惜しくアルトレルから手を離し、視界の隅に映ったレオンの姿に何度か瞬いて首を傾げた。


「……それ、危ないよ」


 フェルニアが驚いたのはレオンの手に握られているペーパーナイフだ。普通、手紙を開けるときに使うものなのだが、なぜここにあるのかが分からない。


「ありがとうございます。姉さま」


 注意するとレオンはすぐに不自然に握っていたナイフをおろし、小さくたたむと胸ポケットに入れた。ありがとう、にはよく分からなかったが曖昧に頷くと、とろけるような笑みを浮かべる。


「そいつを……どうにかしてくれないか」


 そのやり取りを見ていたエリクセルが窺うようにこちらを見てくるが、意味が分からなかったので首を傾げるとはぁっと大きな溜息を吐く。


「なんか……まぁいいか? 取りあえず今から勉強始めるから必要以上にくっつかずに適度に離れてくれ」


 どさっと机の上に本が載せられ、フェルニアはアルトレルから少しだけ離れた。


 ちなみに今4人が座っている位置は、低い細長い丸テーブルを挟んだ向こう側にエリクセル、こちら側にアルトレルを挟んだ右側にレオン、左側に自分となっている。


 テーブルの上に目を走らせると結構前に読んだ魔法についての本があってフェルニアは首を傾げた。


なぜならフェルニアは今までの家庭教師からは一回も魔法を教わらなかったからだ。


 教わっていたのは別の国の言葉や文字、計算式や歴史など――計算や歴史は魔法に関わることや組み込まれることもあるものだが、その他は全くかかわりを持たず、魔法についてはすべて独自で習得してきた。父様もそれを分かっているだろうに今更、と思えなくもない。


「あーまず、どれくらい勉強しているか教えていくれ」


 あいつ何も教えなかったからな、と舌打ちしたエリクセルに眉を顰めつつレオンが口を開く。


「姉さまは基礎を少しと上級と中級を大体マスター、魔方陣の書き方と呪文も長いのから短いのまで全て覚えていらっしゃいます。しかし初級の方はほとんど手を付けておらずに、独自にやっているため偏りが少しある。兄さまは土台はしっかりと一から全部今覚えている途中です。この間から始めて今は――」


 そのまま机の上にある本を一冊とるとパラパラとめくって真ん中から少しずれた位置を開く。


「ここ。僕も最近始めたばかりなので兄さまと同じくらいの所、以上です」

「……あぁ」


 スラスラと答えたレオンに若干引きながらもエリクセルが頷き、フェルニアはそれを聞いてレオンにそんなこと話した覚えがないのにと首を傾げた。


 確かにレオンとは何度も話したし、文字数で言うならばアルトレルと話したのよりも多いかもしれない。


だけど、そんなことは言っていない。


 不思議に思ったが、考えるのもおっくうで視線をアルトレルに合わせるとじぃっと見つめる。触りたい……。


「じゃあ今使える魔法の中で一番ランクが高いのは?」

「姉さまが使える……というか、使ったことがある魔法の中では強化型の土人形を作るのが一番ランクが高かったかと」

「……強化型の土人形って国が指定した禁魔法に設定されてなかったっけ? どうやって習得した?」


 問われて少し首を傾げる。


 確かに禁魔法に指定されているのは知っていた。というかそれが載っていた本の中に書いてあった。


 理由は何度壊しても再生し、無尽蔵に生み出される兵器として戦争の道具にもなりえるから、だったと思う。それと操り手の魔力によりその人形の質が変わるから、せっかく他の大陸よりも魔法は一歩先を行っているのに、買収等されては堪らないと思ったのだろう。実際この数年でも魔術師が多く、才能のないものはあまり重宝されないこの国よりも、魔術師が少なく才能がなくても重宝される他国を選んだものは大勢いる。


「姉さまはそれを本で見て、初級魔法の土を動かすものを人間の形をイメージして、出来たものに魔力を与えて習得、というよりも完成品に似せて作ったと言う方が正しいかもしれません」

「……ああ、そう」


 最初の作り方を考えた人物が泣くかもな、とぼやくエリクセルを視界の隅に映したままレオンの方を見る。


 なんで知っているのかと今度こそ聞こうとした口は、ドアが小さく開いたことによって中断された。


「……あの」


 ふわふわした茶色い髪の毛が扉から覗き、フェルニアと目があったことで頬を染めて目をキラキラさせていたレオンの顔から表情が抜け落ちる。


 リゼリア・ブラッドベリー、口の中で小さく名前を転がすと扉の方に向いていたアルトレルの顔をこちらに向けさせる。


「……――――」

 部屋に冷たい声が響いた。



****************************



 おかしい。


 なにが、あの子供達だ。


 特にレオノールの息子のレオンは「近づかないでください」「来ないでくださいって言ったでしょう」や「声も聞きたくない」などのおおよそ血のつながった本当の姉に言うべきことではないようなことを吐き、そのくせ半分しか血のつながっていない最近まで交流もなかったフェルニアが無言でちらっと見ると、いかにも渋々という感じだが素早く出ていく。


 憐れすぎる。茶色い髪の女の子が……急かされるように乱暴に腕を掴まれて最後は涙目になってふるふる震えていた。


 そしてその後の授業は散々だった。


 まず少女が喋らない。加えて吸血鬼も喋らない。


 あれだけ近くに寄りたくないと思っていたレオンが一刻も早く戻ってくるのを心の底から望んだほどだ。


 結果、レオンは戻ってこずに、授業も全くと言っていいほど進まず、隙あれば少女が吸血鬼に触ろうとするので精神もガリガリとすごい勢いで削られていった。


 今までの家庭教師を心の底から称賛しつつ、ぐったりと重い足取りでレオノールの執務室に入って、凍りつく。


 さっきは来てくれることを望んだが、授業が終わった今、絶対に会いたくない天使もどきがいたからだ。この間ペーパーナイフなどではなく、本物のナイフを投げられて頬を掠っていった時から自分の中でレオンの危険度はうなぎ上りである。


 薄青の目が自分を一瞥し、そのままにこりともせずに執務室を出ていく。

 そこでそういえばレオンが笑うのは、脅された時と少女の前だけでだけなと思い出した。


「あれ、でもあいつって、前はもっと可愛かったような気がしないでも……そんなことはどうでも良いか、なにしに来てたんだ?」


机にどさっと資料を積みあげながら聞いてみる。しかしもともと机の上に色々乗っていたため、すぐに雪崩を起こしてしまった。


「……ご褒美?」


 そんな自分をみながらレオノールが口を開く。蜜色の髪がほっそりとした顔にかかり、少し顔を傾けた仕草はどこか幼い。が、生憎ここに居るのはレオノールの一挙一動に興奮して悶えまくる未亡人ではなく、性別男全ては問題外のエリクセルだ。


「意味が分からない」

「この間、なにか欲しいものがあるっていうから、この商会の利益を3割上げたらいいよって言ったら本気で事業の計画書を出してきたんだ。ぱっと見た限り問題はないから来月はこれを試して、うまくいったらあげるって今約束していたところ」


「……およそ7歳児が考えるものじゃないな。流石おまえと親子と言うべきか……?」


 レオノールが指先ではじいた紙に目を通して眉を顰める。


 レオノールは大小さまざまな商会を持っていて、その中ではこれは特にたいしたものではないためいつもは部下に回してある書類。


当たり前だ。全部一つ一つ自分たちが計画を練っていたら日が暮れるどころか寝る時間さえ無くなる。


したがって大きなものは直接レオノールと自分、後は家令のクリスなどが計画を立て、失敗してもすぐに取り戻せる額の小さなものは部下たちにやらせて、あらかた目を通してサインをするだけだ。


大人でもここまで増やせはしないだろうとレオンの頭の中身に尊敬を通り越してもはや恐怖を覚える。


「何もできないのだったら引っこんでろ、て言う意味で条件を出したんだけどね……まさか本当にしてくるとは思ってなかったーー流石ってどういう意味かな?」

「……そのままの意味だろ。聞くがおまえは7歳のころ何をしていた?」


 にっこりと嫌な笑みを浮かべたレオノールに内心後ずさりしつつ平然と答える。おそらく娘を殺そうとしたエヴィータとの間にできた子供と比べられて、流石と言ったのが気に入らなかったのだろう。


 しかし自分は知っているのだ。レオノールの子供時代を、一日何回も殺されそうになった中で生き延びるなどレオンと比べて流石と言うしかないと思う。


「……誕生日だったら丁度、贈り物の中に毒蛇が入っていて、アデルが庇ってくれたんだけどその時、庇った拍子に毒を腕にうけてね……医師を呼んでも王妃が怖いのか全く来なくってさ、地下に閉じこもって色々混ぜてたような気がする」

「……大丈夫だったのか?」


 いや、今生きている以上、大丈夫には違いないのだが、これ以上に何を言っていいのか分からなかった。予想以上の危なすぎる子供時代にもはやドン引きするしかない。


「んー。必要に応じて独自で覚えていた浄化魔法と解毒薬を使って看病して、熱は下がったんだけど……あの時ほど王妃を邪魔だと思ったことはなかったね。で、牙をぬいた毒蛇を寝所に返してあげた」

「……成功したのか?」

「うん?」

「……!」


 当たり前だろう。みたいな目を向けられてもはや言葉もなく絶句するしかない。王宮の中でも比較的警護の厳しいところに毒蛇を潜り込ませるなど、並みの人間じゃまず無理だ。

子供の身でそれをやってのけるなど、悪魔としか言いようがない。


 そこで失敗したらまだ子供の微笑ましい光景として……は見られないけど、どうにか一般的な子供の可愛らしい悪戯、に収められたかも知れなかったのに……。

なんとか……多分。

いや無理か。


「噛まれても牙を抜いたから問題ないんだけど……恐怖は十分に感じたみたいでそのあと暫くは大人しくなった……あぁ、勿論アデルを助けなかった医師たちは全員汚職と賄賂の罪を着せて解雇したよ」


 クスクスと艶やかな、至極楽しげな笑みを浮かべても目が笑っていないレオノールに、こいつには絶対に逆らわないでおこうと改めて心に刻んだ。





 人物紹介、入れなきゃなぁとは思うんですけど、まだ重要人物があと一人出ていないんですよね。

 そして今回、1日投稿が遅れて申し訳ありません!

 次の投稿はもう少し余裕を持って投稿させていただきたいと思っております。

 視点はフェルニアで今まで一番甘くなる(予定)いろいろあって新しい攻略対象を手に入れようと動き出します。若干アルトレルが壊れるかも……

 そして今回まさかのヒーローのセリフ一言も無しという事態に……次回はフェルニア曰く可愛らしい声、をたくさん出せたいと思います。


 ちなみに作中で出てくるレオンのギラリッは、フェルニアに興味があるなんて汚物以上にけがわらしいけど、興味がないのはもっと許せないという複雑な心境の表れです。エリクセルは敏感にそれを察知しました。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ