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妖精は薔薇の褥で踊る  作者: うさぎのたまご
二章 薔薇は雨降る夜に狂い咲く
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白銀の狂信者

 すいません。寝落ちしてしまいました。


 アルに、触るのはとても好きだ。

 空のコップに水を注ぐように、自分のどこかが満たされるような気がする。


 ぼんやりと考え事をしているときに髪を切るジョリッという音が聞こえ、フェルニアは瞬いた。


 そうだ。今自分は髪を切っていて――はらりと薄い空色の髪が一房床に落ちる。


「これくらいで……よろしいでしょうか」


 床一面に広がる髪の残骸、彼女の声は訊いているものではなく、ただ確認するだけのもの、フェルニアは目の前にある鏡に向かって小さく頷いた。


「別に、いいよ」


 足首まであったものは太腿の所で切り揃えられ、軽く頭を振ると少し軽くなった気がする。それに少し目を伏せて会釈するのは私が寝込んでいた時に新しく担当になった私付きの侍女らしい。


 侍女とメイドの違いは上級職かそれとも下働きのような下級職か――これである。当然、侍女の方が与えられる部屋も広いし、給料も高い、有能だ。


 彼女を見ているとそれもなるほどと思う。


 薄いシュガーブラウンの髪は一糸の乱れもなくきっちりと結わえられているし、思慮深そうな灰色の目は常に伏せられていて、けしてでしゃばったりしない。


 名前は……アデル・クラウド、父様が珍しく名前を覚えるように言っていたのでよく覚えている。


 軽く梳いて切られた髪を落とし、洋服からも同様に払うとテラスから室内に移動し、テーブルの所にレオンがいたので軽く瞬く。


「レオン?」


 上品な光沢を纏った白に近いプラチナブロンドに薄いアイスブルーの瞳、髪の毛は前は父様のような明るい蜜色と思っていたのだが、あれは濡れたり汚れたりしていたかららしい。実際のレオンの色彩は父様の色を極端に薄くしたようなものだ。


 呼びかけるとゆるりと振り向いたレオンは嬉しそうに微笑んだ。


「お早うございます姉さま、兄さまもすぐに来ますよ」


 姉さま、レオンはフェルニアのことをこう呼び、アルトレルのことを兄さまと呼ぶ。


 無理やり微笑まなくともいいと言ったのに、彼はいつもフェルニアの前でだけは笑っている。そう、フェルニアの前でだけ、この間、庭で見かけたレオンは冷たいという感想を抱くしかないような顔をしていた、というか使用人全員に敵意を剥き出しにしていた。


 ここの近くの使用人にはそういうことはないが、例えば自分付きの侍女になんかは相手がぶるぶる震えてまともにお茶すら入れられないくらいの凍るような視線で見つめている。


 無理やり笑うことはやめたらしいが、なぜ自分の前だけでは取り繕うのかが分からない。


 いや、やっぱり私がエヴィータを殺したから憎んでいるとか……?

 

 あの時のことは父様から大まかには聞いた。


 エヴィータは雨のせいで馬車が滑り、事故死ということにし、私のことは外部には何も知らせなかったらしい。


頭を撫でられながら何も心配しなくてもいいよと言われたが、もとより特には気にかけていなかった。


 もしも生きていたとしたら、もう一度剣を取るぐらいのことはしたかもしれないが、既にこの世にいない人物のことなどどうとも思っていない。


 というかレオンも特にはあの時のことは話題にしないし、助けてくれたことと、母親のこと、お礼と謝罪をもらったので気にはしていないと思ったんだけれど、私の勝手な勘違いと思いこみだろうか?


 不可解に思っているとレオンは手に下げたバスケットを軽く持ち上げ、頬を紅潮させて自慢するように広げはじめた。


「今日は木苺のタルトと南方から取り寄せたオレンジで作ったチョコレートクッキーを持ってきたんです」


 姉さま、食べたがっていたでしょう。と、にこにこと邪気のない笑みを浮かべ、お茶の用意をしていくレオンにメイドにやらせればいいのにという言葉は飲み込む。


 最近思ったのだが、レオンは大体のことは自分で出来るし、したがる。


 それに私が水を差すのもお門違いだろう。


 すぐに部屋には美味しそうな紅茶の香りがただよい、目元を緩める。


 部屋はレオンが持ってきた瑞々しい花の香りで満たされていて、心が和んだ。


 レオンは毎日花を持ってくるので、部屋にある花瓶はもう6個をすぎていて、中には花の部分だけ切り取って硝子の器に浮かべたものもある。


 種類も違うので飽きないし、匂いが抑えてあるのかほのかに香る程度、今日持ってきたのは棘を取った黄薔薇とピンク系の花を白いレースのリボンで飾った可愛らしいもの、他愛ない話をしながらぼぅとクッションの上に座って紅茶に口を付ける。


 甘い蜂蜜とハーブのすっきりとした紅茶はアルトレルがいないことでささくれだった気持ちを癒してくれてふぅっと溜息を吐いた。


「姉さま、兄さまのことは好きですか?」


 暫くしたらレオンがそう切り出してきて、フェルニアはまたか、と首を傾げた。


「……アルのことは、大事だよ」


 少しだけ考えて、前と同じことを言う。


 好き、と言うつもりは、アルトレルにも、本人の知らない所でも、全くなかった。


 それを言ったら何かが終わる気がする。


 別にフェルニアはアルトレルを縛る気はないのだ。


 一時的には縛るかもしれないが、これ以上好き、というような物理的じゃなく精神的に縛るような言葉は口にしたくない。


 私が欲しいのはアルの身体じゃなくて中身だから……。


 只でさえ、洞窟の一軒はアルトレルの心に影を落としているのだ。義務と責任でいられてもあまり嬉しくはない。いなくなるよりはましだが、そんな責任感で縛ったものなど、ヒロインと会ってしまった簡単にとけてしまう。

 そんなのは、嫌だ。


 中身、といえば攻略対象は沢山いるのに、フェルニアがすでにアルトレルを失うと思っているのには訳がある。


 それは、アルトレルがヒロインに恋をするきっかけだ。


 一目ぼれ――だったらしい。


 いや、正確には二目ぼれ、か?


 最初、アルトレルとヒロインは廊下でぶつかるというベタな出会い方をし、その後、木の下にたたずんでいるヒロインを見つける。


 癖のない桜色の髪に丸い鳶色の目、大きな木の下に風に吹かれて消えそうなほっそりとした肢体、ここまで脳内で繰り返し、思わず心の中で舌打ちしたのは仕方がないだろう。


 そのまま風に飛ばされてはるか遠くまで飛んでいけばいいのにと思ったのもフェルニアの立場からしたら当りまえのこと、壁に身体が激突するところまで想像したフェルニアは思考を巻き戻した。


 その彼女の姿を見てから、自然、アルトレルは彼女とぶつかった日のことを思い出し、柔らかで頼りなかった身体の感触が鮮やかによみがえってしまう。そして――視線は毎日彼女を追うこととなるのだ。


 小さな肩に国を背負って、苛めにも嫌味にもめげずに只、国を助けてほしいと真っ直ぐな思いを胸に一人でも多くの人を救いたいと治癒魔道士を目指す頑張り屋で勤勉、誰に対しても丁寧な口調でとどめにドジ+天然、と正にヒロイン最強のステータスを持っている彼女に恋をしないという方が難しい気がする。


 そして――全てにおいて嫌味のように自分と正反対だ。


 髪質は同じだが、色は桜の反対の水色だし、濃い鳶色などとはどう考えても似つかない、いつも微妙に泣いているように見える淡い銀色の目に薄い金色の目、くりっと愛らしいヒロインとは違うどちらかというと大きいは大きいが涼やかと例えられる形、人質になれと言われても全力で拒否するか、どうでも良いかと思うだけだろうし、苛めも嫌味にも耐えるどころか多分聞き流す。真っ直ぐな思いはあるかもしれないが、真っ白じゃなくて真っ黒だし、一人でも多くの人を救いたい、という崇高な考えには正直共感しない。


 見ず知らずの人間に魔力を与えて、いざという時に足らなかったりしたらいったいどうするというのだろう。頑張り屋で勤勉ともお世辞にも言えないし、口調も丁寧じゃない。


 ドジ+天然にいたってはもはや自分とは対極の存在と考えてもいいだろう。


 それがアルトレルの好みだったら自分には絶望的だ。


 塵ほども……いや、海にふよふよ浮いているプランクトンよりも小さな可能性、縋るにはあまりにも細すぎる糸、とにかくフェルニアにとっての終わりはアルがヒロインに好意を持ったその瞬間だ。


 身体を取り返すのは造作もないが、心を取り返す――いや、取るには多大なる労力と苦労がいる。


 フェルニアはレオンに見えない位置でこっそり手を握りしめた。


「――さま、――ぇさま?」


 気が付くと名前を呼ばれていたらしく、心配そうな顔をしたレオンがこちらを覗き込んでいた。


 目じりが下がったその顔に何でもないと首を振ると、儚げに微笑んで悲しそうな顔をする。


「僕じゃ、頼りになりませんか?」


 目は潤んで、溜まった水滴が今にも零れ落ちそうだ。


「本当に、何でもないよ」


 そうすると涙がすっと引く、演技かなと疑問を抱きながら首を傾げると、小さな手がこちらに伸ばされて躊躇うように止まるとそのまま膝に落ちた。


「……触ってもいいですか?」


「いい…よ?」


 アルトレルもレオンも自分に触るときになぜ一々確認を取るのか分からない。


 軽く頷くと右手を自分よりも少し体温の高いレオンの両手で包み込まれた。


 そして口の近くまで持っていくとほぉっと冷たい手を温めるように息を吹きかけられる。


「心配があるのだったら、全部、僕に言ってください。どんなに小さなことでも価値がないものでも……」


 そうして冷たい顔をすると自分の頬にフェルニアの右手を這わす。


 思った通りふわふわとした感触、撫でると少しだけ顔から険が抜けた。


「姉さまの心を煩わせることなんてあってはいけないんです。姉さまの心を煩わすものは、全て、全部、僕が取り除いて差し上げますので」


 意味がよく分からない。


 疑わしそうな目をしたのが分かったのだろう。


 クスリと笑むと手の甲に唇を落とした。


 そして、本当です、と続ける。


「姉さまの為なら、僕はなんだってします」


 その声をどこかぼんやりとした意識で聞き、軽い酩酊感を振り払うように頭を小さく振ると、レオンはとろりとした笑みを浮かべた。


「だから、何も心配しないでください」






 ほのぼの、とは程遠くなりましたね……。エリクセル視点も入りきらず……。

 それから夏休みが終わり、学校が始まったので、投稿は不定期になります。一週間以上は空けないつもりなので、宜しくお願いします。

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