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妖精は薔薇の褥で踊る  作者: うさぎのたまご
二章 薔薇は雨降る夜に狂い咲く
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種族と呪い


身体が何か柔らかいものに沈み、意識がゆっくりと浮上する。


 頬には柔らかいシーツの感触、どうやらうつぶせに寝ているらしい。


 フェルニアはぼんやりとした頭で考え、続いてしゅるしゅると後ろの紐が解かれる音がして、外気にさらされた背中をつぅっとなぞられるとぴくりと体が跳ねた。


「ん……アル、なにしてるの?」


 その瞬間、背中に這わされていた指が離され、名残惜しげに首をよじると背後の人物を確かめる。


 もう顔を見なくても分かる。

 アルだ。


 お湯を浴びたのか髪からは時たま雫が落ち、そのままフェルニアの背中に落ちて横へとつたっていく。


 じぃと見つめるとにわかに慌てだした。


「これ、は……ちがう。ただ……」


 目が覚めるとは思っていなかったらしく、目を泳がせるアルトレル。


 なぜ、こんなに怯えるのだろう?


 私はアルが何をしても怒らないのに。


「背中の……傷、消えてない、から、治せるかと……」


 次第に声は小さくなり、フェルニアは首を傾げた。


 背中の傷? 


 あぁ、刺された時のものか、確認してみるとあんなに深かった傷はみみずばれのようなものになっていた。これは父様が直したのだろう。


 治癒を専門としている人間なら全部治せただろうが、父様は治癒魔法があまり得意じゃない。何故知っているかと問われれば、今までフェルニアの怪我も病気も全て父様が見ていたからだ。父様はどうあっても私を外の人と触れ合わせようとはしなかった。


 家庭教師でさえ、アルが来てからは変えられて、魔道具――前世の記憶から引き出すのならばテレビ、パソコンのようなものを介してやり取りをさせていたのだから、ちなみにその時もフェルニアは厚手のベールを被っていた。


 おかげで人に顔も見せられないくらい醜い顔なのかと邪推される始末、言葉に出さなくても目の奥にある好奇の色は隠せない。


 自分ではそこまで酷くないだろうとは思うのだが、世間一般で言うと醜い部類に入るのだろうか? 余り他の人の顔を見たことがないから分からない。


 ……。


 まぁ、これは置いといても、どのみち背中の傷はすぐに消えるから問題ない。


 でも、アルトレルに治してもらえるのはいいかもしれない。


 アルがいなかったら、中途半端に治された傷に苛立ちを覚えたかもしれないが……ううん、多分気づきもしないだろうし、その前にこんな傷も負わなかっただろう。


 あの時人質にされたのが――例えばレオンだったとしてもフェルニアは迷わず自分の身の安全を取った。あれは……アルだからだ。


 薄情だとは思うが、後悔はしない。


 唇に薄く笑みを刷いた。


「治してくれるの?」

「ティア、が許してくれるなら……」


 アルトレルは寝ているときは普通に触ってくれたのに、起きているときは妙に固い。


 そこでフェルニアは、一度も『アルから触られたことがない』のに気付いた。


 正確にいうと、血が足りない時や正常な判断が出来ない時に触られたことはあるが、アルが冷静な時、自分が起きているときにアルトレルから触ってきてくれたことがない、だ。


 抱きしめるのも口づけするのも触れるのも全部自分から……。


「いい、よ」


 怖い可能性に思い当たった。


 嫌がられているわけじゃないと思いたい。


 これで嫌がられていたとしたら、もしかしたら今度こそ本当に泣くかもしれない。


 ぎゅっと目を瞑って小さな声で答えると、やがて緩慢な動きで背筋を指が愛でるように撫で、アルトレルの髪から滴った水滴が背中に落ちるとともに、ぞくぞくとした歓喜とも悪寒ともつかぬ震えが背中を駆け上って、はぁっと熱い吐息が口から零れ落ちた。


 シーツがクシャクシャになるほど握りしめて、これ以上の声が漏れないように唇を小さく噛みしめる。


(こえ、出したら、アル、多分やめる)


 現に少し震えただけで指の動きを止めたのだ。


 声でも出したらやめるに決まっている。


 ゆるゆるともう一度動き出した指が傷をなぞり、舌が傷跡を慎重に舐めた。


「ん……っ、ぁ」


 しかし温かいものが背中に触れた時は固く結んでいた唇から声が漏れ、


 声を出したことを瞬時に後悔したが、アルの手が止まることはなく、お腹の横にあった傷も同様に舐められる。


 シーツを握りしめていた手を、上から重なられて絡み取られ、強張った指を一本一本丁寧にはがされて宥めるように指先に口づけられた。


 ぐるりと体が反転して仰向けに寝かされると、腕を引かれて寝台の上に座る。


 そのまま肩にかろうじてかかっていた服の肩の部分がずらされ、今度はねっとりと、身の内にくすぶる熱をさらに煽るような動きに絡ませていた手に汗が滲み、慌ててとこうとするが、さらに強く握りこまれてしまうとそれも叶わない。


「あ……やっ、ふ」


 何とかしてとこうと首を振るとあっさりと外されて、安心よりも強い不安と喪失感が襲う。首の後ろを固定していた手が耳朶に触れ、そのまま下りるときに首筋を撫でられて背中が反った。


「っ、ん!」


 撫でた手はそのまま寝台の上にぱたんと力なく落とされ、フェルニアはぎゅーとアルトレルの身体を抱きしめて詰めた息を吐いた。


 多分、いや、絶対今自分の顔は赤い。


 見られたくなかった。首筋に顔をうずめたまま考える。


 アルはこういう時に余計なことを言ってきたりしないからいい。


 落ち着いてきた頃、アルトレルの体温がいつもより高いことに気付いた。お湯を浴びたせいで赤く火照った肌はどことなく色香がただよっていて――。


 お湯……いつもより強めの香りがアルからする。


「ふ……」


 ちゅとアルの首に軽く唇を寄せて吸うと、アルトレルからは大きくはないが反応が返ってきて口元を緩めた。


 二人で寝台に倒れこみ、アルトレルはフェルニアの胸の所に頭を押し付けるような形になって腰に腕を巻きつけてくる。


 多分、明日になったら戻るのだろうなと考えると自然と苦笑いが浮かんで、それを隠すようにアルの頭を抱きかかえた。


 密着した身体からはお互いの鼓動がはっきりと読み取れ、安心する。


 トクン、トクン、一定の速さで動くそれは眠気を誘う。


 やがて疲労で瞼が閉じかけた頃にアルトレルがぽつりと口を開いた。


「わる、かった。病み上がり、だったのに……」


 ……自分が気を失うほど飲んだことを詫びているのだろうか?


 真下から赤い目に覗き込まれ、首を傾げる。


「アルが、謝ることじゃないよ」


 そう、アルトレルが謝ることじゃない。


 アルトレルはちゃんとあの時も気を付けていたし、ただ少し飢えが酷かっただけだ。


「でも……」

「いいよ。別に、それよりも……美味しかった?」


 クスクスと悪戯っぽく笑って人差し指で開きかけられた唇を遮った。

 謝罪なんて必要ない。泣きそうな顔を、しないでほしい。


「それは……」


 アルの表情がとろりと陶酔したようなものになり、一瞬後にはキュッとまた無表情に戻る。……可愛い。


 それと同時に思い出すのはあの時アルが言った言葉『置いていく』あれがこの世界に一人アルトレルを残したと言う意味なら、自分はアルトレルと一緒に居ることは不可能だ。


 それはゲーム云々ではなく、種族の違い。


 アルトレルは長命な吸血鬼で自分は短命な人間、どれだけ頑張っても百年がせいぜいだ。


 対してアルトレルは高位吸血鬼、吸血鬼で最も高い地位であるので、そもそも寿命がない。


 一緒には、いられない。


 でも、フェルニアが死んだりしたらアルも生きることは不可能だ。自分の血しか受け付けないのだったら、餓死するのが目に見えている。


 自分が沢山生きるのと、アルを私が死ぬ前に殺すの……どっちがいいだろう。自分がアルより先に死んじゃだめだ。また、この間みたいに苦しむことになる。


 それよりは、自分の手で……と思ってしまう。


 数秒考えてフェルニアは最初の選択肢を取った。


 理由は簡単、フェルニアにはアルが苦しまない為にでも、アルを殺すことは無理だ。

 

 でも、どうやったら人がずっと生きていけるのか……考えてすぐに思い当った。


 確か、ゲームの攻略対象に数百年生きている人間がいたはずだ。

名前は確か――エリクセル、だったか。


 理由は呪われて、だったが、アルと生きる為なら別に構わない。


 アルがヒロインを選んでも、生きるための糧になれるのだったら悪くはない。


「ねぇ、アル」


 頬を撫でて、喉の上下したところを軽く押す。


「二人でずっと一緒にいようね」


 内心を隠した穏やかな笑みを浮かべると、アルトレルは目を軽く見開いて嬉しそうに笑った。


 二人でいられるのは少しの間だけかもしれない。アルトレルが他の人を選ぶかもしれない。その可能性に今だけは蓋をして――。


 ゆったりと笑うフェルニアの顔には隠しきれない影が覗いていた。





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