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妖精は薔薇の褥で踊る  作者: うさぎのたまご
二章 薔薇は雨降る夜に狂い咲く
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汚れの塊



 途中レオノールのキャラ? が壊れるかもしれません。






「あー、で、娘ちゃんに髪の色が変わった理由言ったか?」


 ひとまず許してもらい、ほっと息を吐くと同時に半眼で問いかける。どうせレオノールのことだから言ってないのだろうなと思いながら、


「うん、そうだね。まずは娘ちゃんって呼び方止めてくれないかな」

「……おまえが名前教えなかったんだろうが」


 はぐらかされてじっとりとした目つきで睨む。

 そうここだ。


 自分がレオノールに信用されていないんじゃないかと思う所は、赤ん坊はこの国では生まれて一ヶ月経たないと名前で呼んではいけない決まりになっているため、レオノールの妻は娘の名前が決まる前に亡くなり、レオノールの性格が変わったのだ。


名前はつけているらしいが、それ以来、長女に異常な執着を見せたレオノールは誰にも教えなかった。


 エリクセルは名前ぐらいと呆れを隠せなかったが、無理やり聞こうとした人間が次の日横領の罪がばれて左遷になったと聞いて口を噤んだ。


 横領の罪があったから正式に裁かれただけで、なかったら濡れ衣――なんて考えたくもない。


「……ア、だよ」

「え?」


 一人でぞっとしていると、ボソリとレオノールが何かを喋ってエリクセルは聞こえないと聞き返した。


「フェルニアだよ」


 その顔は少し強張っているけど、以前の――妻が亡くなる前の面影が覗いている。名前を教えてくれたのは心に余裕ができたからだろうか? それとも自分を信用してくれた?  どちらかというと死にかけたというならばやっぱり危険なのだと監禁でもしそうだと思ったのだが……。


「俺に教えてもいいのか?」


 恐る恐る聞き返すとニコッと笑われた。

 こちらは中身のない空っぽの笑みだ。


「もうすぐしたらね。社交界に出そうと思うんだ。そしたら誰も名前を知らないなんてことにはできないだろう」

「……、……、……、……気分でも悪いのか?」


 うん、そうとしか思えない。


8年間娘を監禁して、使用人の数を限界まで減らし、屋敷の警備を頭がおかしいのかと思うくらい強化させ、娘の姿どころか名前すら他人――いや、愛していなく、信用もしていないが一応妻にも教えないほど、心の狭くて独占欲が強いレオノールが、娘を人目に晒す。


きっと気分が悪いか、拾い食い……はないから頭でも打ったのだ。


もしくは姿を誤魔化したレオノールじゃない人間。


しかしそれもあり得ない。さっきレオノールが自分にあてた氷の刃物は、空気を極度の冷気で固めた高等魔法で、元々持っていた力以外にもバランスやセンス、繊細な力の扱いが問われる……取りあえず素人、魔法を初めて16年しかたっていない者でも一瞬凍結できるか出来ないかの難しいものなのだ。

適性もあるし、現在この国ではこれを使えるのはレオノールだけ、自分には氷系の魔法は向いていなかった。どちらかと言うと土や炎の方が得意だ。


結果、前の決闘の時に出した炎をレオノールの魔法で凍り付かされると言うあり得ない事態が起こったのだが……。基本、氷よりは炎が強い。


しかしレオノールの氷の冷たさは別格だ。身体じゃなくて心まで凍りそう。

エリクセルは心の冷たさがそのまま魔力に籠められているのではないかと思っている。


「なに? 僕だって別にフェルニアを一生監禁するつもりはないよ」


 現実逃避をはかっていたところに話しかけられ、反応が遅れる。


「そう、か」


 てっきり小さいうちから自分好みにして、妻の身代わりでもさせようと思っているのかと思っていたのだが……。


「いや、それはどうでも良い」


 うん。友人の犯罪疑惑、良くはないけど、今はどうでも良い。


「えっ、というか娘ちゃ、あー、フェルニア嬢はどこに行ったんだ?」

「アルの所だよ」

「オオカミの巣!」


 普通の人間よりも遥かに極上の血に相手は飢えている。

 思わずミイラみたいになった少女の姿を想像して叫んでしまった。


「面白いこと言うね。アルならちゃんと限度をわきまえているから大丈夫だよ。間違ってもガツガツ貪ったりしない。――あいつみたいに」


 目が深遠な深い闇を宿して唇が酷薄な笑みを刷く。


 あいつ……とは8年前のあの事件の犯人のことを指しているのだろう。

 偶然か必然か、それも吸血鬼、娘――フェルニアの状態も相当酷かったらしい。肉体の損傷だけでもいつ死んでもおかしくなかったと、そしてそれにレオノールが気を取られている間に犯人は逃走、まだ捕まっていない。


 だから――レオノールの闇は未だ濃く、その悲しみは深い。


 凍てつくほどの憎悪を感じて、エリクセルは目を伏せた。


 もう忘れろと言いたいけれど、言えない。


 その復讐はレオノールの生きるための糧にもなっているはずだから、


「でも……もう飢え死にしているんじゃないか」


 そうだ。17日近く別の血しか飲んでないあの少年でさえ目が霞みかけていたのだ。こんなにも時間が経ったのだったらどれだけ食いつないでも死ぬだろう。


「あの時は――フェルニアも生まれたばかりで身体の組織がよくできてなかったし、アルトレルがフェルニアの血に固執するのにはまだほかの理由がある」


 だから、生きてるよ。と続けるレオノールの声音に鳥肌が立って、ぶるっと震える。


「……そう言えば結局、この間の誘拐って、何が目的だったんだろうな?」


 凍った空気を霧散させようと必死で別の話題を振る。

 が、


「べつにどうでも良いよ」


 と言うレオノールの言葉で終わった。

 ……。


「いや、それはないだろ。おまえが息子に興味がないのは知っているが、今回はフェルニア嬢だって絡んでいるかも……最初からそれが目的だったと言う可能性だってある」


 そうだ。こいつの妻の、ええとエヴィータだったか……?


 彼女が命令したことを無視して、娘を刺した魔術師は死んだとあらかたのことはレオノールから聞いていたが、やはり納得がいかない。


 どうして子供がこの屋敷から出られたのか、会ったこともないはずのレオンを助けに――。


「違う。どうでも良いと言ったのはこの件が公になることがないからだよ」


 見てこれ、と胸の内ポケットから掌ほどの大粒の宝石を取り出し、レオノールはにっこりと笑った。


「公にしないであげるって言ったら、喜んで全財産さしだしてくれたんだ。こんなもので償えるはずがないのにね」


 苛ついたようにぐっと宝石を握りしめる。


 どうやら今回の犯人は金でレオノールの怒りを鎮めようとしたらしいが、逆効果だったみたいだ。さらに怒りが増幅されたらしく、口元が引きつっている。


 エリクセルはこのようすだともう本人は海の中か土の中に埋まっているかもしれないと思いつつ、首を傾げた。


「ていうか、どうやってここから出たんだ、おまえが出したのか?」


 やはり一番気になるのはそこだ。


 少なくとも子供が一人で出られる程、すかすかな警備をレオノールがするはずない。


 見る間に氷に覆われていく宝石を見つめる目がふっと細まった。


「別に……僕が結界を張りなおす一瞬の間に屋敷から出たらしい」

「おまえ、それはすり抜けられても文句は言えないぞ。寧ろよく今まで持ったな」


 ふてくされるレオノールに心からの称賛を送る。


 本来結界は維持するのが難しいし、こいつの屋敷全体を2重に囲んでいるとなれば、魔力の消費も大きいだろう。しかも一日中それだけに集中しているわけではないので、ちょっとでも意識が逸れると消える。


「2重にしたのは一つを張りなおすときに通り抜けられても、もう一つに引っかかるようにするためだったんだけど……。三重にしたほうがいいかな?」


「やめとけ、魔力枯渇で死ぬぞ。外にも出すことにしたのならそこまでしなくてもいいだろ」


「そう、だね」


 パキンッと音を立てて宝石が粉々になった。

 きらきらと輝いて落ちる粉は絨毯に落ちる前に溶けて消える。


「それで……どうするんだ?」

「……なにを」


 虚空を見つめるまなざしは空虚で何の感情もうつってはいない。


「分かっているだろ。吸血鬼だ。買い手はもう探してあるから後はおまえが売る、と一言いえばいい」

「……」


「一緒にいさせても後でおまえが後悔するだけだ」

「……」


「今回だって、フェルニア嬢は一回死んだんだ」

「そう、だね」


 そう、今回彼女は一回死んだ。それはあの髪の色と目の色が証明している。


 あの髪と目の色は貴いと喜ばれる一方で死にぞこないとも言われて蔑視されている。貴ばれるのは一回死んで生き返った奇跡の人と言う意味で、生き返った彼らが口を揃えてこの世界を作った人に会ったと言っていることから、


 蔑視されるのは死の概念を曲げて悪魔と契約したと教会の人間が主張しているから……根拠は生き返った全員が無残というか禄でもない死に方をしているからだ。


 おかしいのは左目の色が金色のままだということ、今まではそんなこと無くて、色が抜けるのは浄化されたからだと言われてきた。


 それが本当だったら――あの瞳はまるで汚れの塊みたいだなとエリクセルは思う。


「……そのことは、少し考えてみるよ」


 絞り出すような声に我に返り、慌ててにやけた笑みを張りつける。


「できるだけ早く決断しろよ。相手の方も喉から手が出るほど欲しがっていたからな」

「うん。ところでそろそろフェルニアが戻ってくるからここから出ようか」

「分かった」


 自分が吹っ飛んだせいで多少ひびが入った壁に修復魔法をかけ、乱れたクッションを適当な位置に置くとドアに手をかける。


「そういえばさ……、おまえよく俺のこと許したな。俺だったら絶対娘の唇を奪った奴なんか許せな……うぉっ」


 ドアを開けたら目の前に血まみれの少年がいて思わずぎょっと後ずさる。


 廃屋で遭遇した蛇族並に怖かった。

 ちなみに蛇族と言うのは全身がぬるぬるてかてかしている緑色の文字通りの蛇男である。

 差別するつもりはないが、あれだけは生理的に受け付けられない。


「……やぁ、アル」


 聞かれたかもしれないと顔を歪めたエリクセルとは対照的にレオノールは柔らかく微笑む。


 そして少年にしがみついて眠っている少女を見ると手を伸ばした。


「アル、血を落としておいで、フェルニアはこっちで入浴させておくから……」


 しかし伸ばした手は空を切った。


 少年が少女を取られないようにとぎゅっと抱きしめて一歩下がったのだ。血を含んだ髪の間から覗く目は敵意を湛えている。


 それにしばし口を押さえて俯いたレオノールはくしゃりと少年の髪を撫で、ふわりと顔を綻ばせた。


 その光景にエリクセルは息を呑む。


 レオノールは女性と散々浮名を流したあと、反動のように人に触られることを嫌ったのだ。エヴィータにもレオン――男児を生ませた後は指一本触れなかったし、たまに夜会で見ても冷え冷えとした空気を醸し出している。


 酷い時はうたた寝をしたときに夢に見たらしく、真っ青になって執務室についているシャワー室に駆け込んで皮が剥けるほどごしごし擦って全身真っ赤になって出て来た。


 幾らなんでも擦り過ぎだ。


 からかいたかったが、ブツブツと誰もいない壁に向かって謝罪の言葉を繰り返すレオノールは真剣な顔で――あまりにも怖すぎて笑うことすら無理だった。


 そのレオノールが娘以外の人間に触れて、作っていない笑顔を浮かべる。

 青天の霹靂だ。


「脱衣所に後ろ向きで立っているんだったら。近くにいるのはいいよ。……アデル、フェルニアとアルトレルを浴室に連れて行って」


「はい、旦那様」


 突然近くからかけられた声にはもう驚かない。


 彼女にとってはレオノールの傍にいることは当たり前で、そのレオノールといつもいる自分が彼女に会うのは絶対で、


 二人を先導するようにドアを開けたその姿を見ているとレオノールに少年が向き直った。


「強く……なるから、少しだけ待ってほしい」


 レオノールを見ているはずの目はまっすぐとこちらを射ぬいている。

 エリクセルはやっぱりさっきの会話聞かれたかと顔を引きつらせた。


「分かった。頑張ってね」


 ぽんっと少年の肩を叩くレオノール、何となく少女の顔を見ていると少年と目が合って慌ててあさっての方向を向いた。


眼力だけで人を殺す魔法があるのだったら、今頃自分は死んでいるかもしれない。


 ぱたんっと背後の扉が閉じられてエリクセルはうわぁと顔を顰めた。


「これ、どうすんだ?」


 エリクセルが指さすのは廊下の曲がり角から続いている血の跡、べったりと付いたそれは多分、あの地下からずっとここまで続いきているだろうことを安易に想像させる。


「メイドにふかせるよ?」


 何を言っているんだと言いたそうな目におまえこそ何をと睨み返す。

 血の跡で全く動揺しなく、隠す気もなく平然とメイドに拭かせるからここがモンスターハウスと呼ばれるようになったのだ。


 子供の人体実験から始まり、庭の紅薔薇が美しいのは下に死体が埋まっているなどと実に多種多様な噂が流れて、いまや城下の人々の噂の的、


 中にはこの家は代々呪われていると言うのまである。馬鹿かと言いたい。


 この家はレオノールが王家から降りるときに新しく作られた家名で、代々というかできて8年、伝統など欠片もないし、死体なんてものも埋まっていない、はずだ。


「あぁ、それから、アルの教育係は君に任せるから、明日からここに移っておいてね」

「え……?」


 その言葉にパキンと凍り付く。


「……あいつ、頑張ると言っていたが、教育係を付けろとまではいっていないだろ。というか早く売れ」

「売るのは少し考えるって言ったよね。それから教育係もつけずにどうやって強くなるの? 荷物をまとめる時間がないなら明後日まででもいいよ」


 必死で言い返した言葉はあっさりと返され狼狽える。


「え、ちが……」

「君が借りている宿の老夫婦、宿が明日突然、瓦礫の山になっていたら路頭に迷うだろうね」

「二人ぐらい、俺の給料で……」

「何もしていないのに施しを受けて裕福に暮らすとなると、他の貧民から怒りを買って殺されるかも、可哀そうだね」


 ささやかな抵抗はにっこりと効果音が聞こえそうな程の笑みと共に封じられ、ぎりぎりと奥歯を噛みしめる。


「……わかった」


 いつもお世話になっている老夫婦に迷惑はかけられない。何の見返りもなく優しくしている彼らは自分の唯一の癒しだ。

 この友人のせいで日々痛みつけられている胃を癒してくれる唯一の人たちなのだ。


「それから、アルは飲んだ血を覚えられるから、いつでも匂いを辿って君の元へ行きつけるよ。寝首を掻かれないように気を付けて」

「……」


 冗談だとしても笑えない。


 なぜなら、自分は少年が先ほどの会話を聞いたことを知っているからだ。


 と言うことは当然、唇を奪ったと言うものも聞いているはず……。


 エリクセルはここに移った後は甲冑を着て寝た方がいいかもなと溜息を吐いた。






 なかに出てくるアデルと言う女性は『憎悪に塗れても』にでてきたレオノールが唯一弱いところを見せる使用人です。


 次の投稿は明後日の8時30分、視点はフェルニアで、甘くなります。



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