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妖精は薔薇の褥で踊る  作者: うさぎのたまご
一章 妖精が踏みしだくは薔薇の花
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行くところ

 これはレオノールがエリクセルに氷の刃を突きつける少し前のことです。




 アルは何処だろう?


 最後に首に剣を押し当てた姿が瞼の奥に焼き付いて離れない。


 もはや先ほどの出来事はフェルニアの頭の中から消え去っていた。


 フェルニアは廊下を子供が走れるギリギリの速度で見て回り、とある瞬間ぴたりと止まった。


 あの少年は、戻すと言った。


 アルの所へ私を戻すと……だから、大丈夫アルは生きているはずだ。

 一度頭が冷えると別の可能性も出てくる。


 父様――レオノールのルートは攻略対象を全て攻略し、逆ハーレムルートまで全てしないと開かないのだ。逆ハーレムでさえ奇跡と言われるこのゲーム、さらにレオノールを逆ハーレムのメンバーに入れるのだったら、それこそ魔力と知力と体力をレベルギリギリまで上げて、それでもセーブとロードを繰り返して百時間以内ではけして辿りつけないと言う幻のルート……もはや鬼畜としか言えまい。


 そんな父様のルートにでは、物語のシナリオが少々変わるのだ。


 例えば……逆ハーレムエンドだとできないが、ヒロインが彼一人を攻略する時、ハッピーエンドだとレオノールの王座乗っ取り計画が成功し、王妃になる。その時の鍵はアルトレルだ。他のルートでは失敗したり心を入れ替えたりして成功はしないが、このルートでだけ、この国の王がレオノールに代わり、アルトレルは幼い頃一回ここに引き取られた後、この屋敷の地下で洗脳され、城にまた売りつけられるという過去になってしまう。そして二重スパイを続けあっさり勝利と……。


 なぜここまで細かく分かるのかと言うと、別れ際に額に唇を押し付けたもの――入って来た記録がこの世界に関する情報、というよりは乙女ゲームの情報だったからだ。


 もしかしたら父様は最初からそのつもりだったのかもしれない。

 沸々と怒りがこみあげてくる。


 王様になりたければ一人で成ってほしい、アルトレルを巻き込まないでほしい。決まったわけではないが、そうなると取り戻すのだったら早い方がいいだろう。


 もう、城の手に戻ったら取り返せなくなる。


 一人で決め、もう一度廊下を走り出す。


 しかしずっと寝ていたためかすぐに息が切れて、小走りになった。はっと大きく息を吐いて曲がり角を曲がろうとすると躓き、腰に手が回されて身体がふわりと浮く。


「っ……‼」

「――フェル、ニア?」


 一瞬、固く目を瞑り、次に開けた時目の前に会ったのは探していた父様の顔。


 不思議そうな声、フェルニアと呼ぶまでにかなりの空白があったそれに違和感を抱き、すぐに正体に行き着いた。私は今まで父から一度も名前を呼ばれたことがないのだ。てっきり忘れていると思ったが覚えていたらしい。


 フェルニアを見て、一瞬驚いたような顔になり、少し顔を険しくさせる。


 いつものフェルニアだったらこれ以上機嫌を損ねないように何も喋らないのだが、今そんなことにかまっていられる程、余裕がなかった。


「アル……」


絶句しているレオノールの首の所をぎゅっと握る。


握るというと可愛らしく聞こえるかもしれないが、実際の所は絞めたと言う方が正しい。


「アルは、どこ?」


 目が暗い光を帯びるのが分かり、声は自然と冷たく鋭くなる。


 抑揚がない声は淡々としていて、虚ろな目が人形のような外見をひきたてている。


 レオノールは一度嘆息して少し首を傾けた。


「……まず何で――フェルニアが泣いているのか教えてもらってもいいかな? そしたらアルトレルの所に連れて行ってあげるよ」

「ここに……居るの?」


 軽く目を見開く。本当はもっと驚いたのだが良くも悪くもこの顔は表情が乏しい。


 嘘かもしれないと思ったが、いつものように視線が逸らされなかったので身体から力が抜ける。ここに居るのは本当だ。


「他にどこか行くところがあるの?」


 柔らかな苦笑、予想しなかった返しに瞬く。


 あるはずないよね。と続けられた声に安堵して襟を握っていた手を解いた。


 なんだか父様と久しぶりにまともに話した気がする。

 母様のことを訊いた日以来だ。


 どこか新鮮な気持ちになったが、もう一度何で泣いているのと催促されて言葉に詰まった。本当は泣いているのではなく、多少、目が潤んだくらいだが、今まで一度も――いや、生まれた時以外は泣いたことのない子供がそんな顔をしている時点でよっぽどのことがあったと思われても仕方ないだろう。


見せかけだけとはいえ心配してくれる父にアルトレルがいなくなったと思った。ましてやあなたに売られたと思ったなんて口が裂けても言えない。


「フェルニア、アルの所に行きたいよね」


 もう一度催促される。言わないと……アルに会えない。


 頭が真っ白になって――唯一残ったのは先ほどの出来事。


「人が……起きたら近くに男の人がいて……、口に触られて怖くて……」


 たどたどしくなりながらも一生懸命言葉を紡ぎ、肩を震わせる。


 本当はちっとも怖くなかったが、これしか思いつかなかったのだ。

 刹那、父様の雰囲気が氷のようなそれに変化した。


 あれ、と思うが、フェルニアが見た時にはその空気は霧散していて首を傾げるばかりだ。


「よく、言えたね……。分かった。アルの所へ連れて行ってあげる」


 ためらいがちに伸びてきた腕に頭を優しく、ぎこちなく撫でられて驚く。


「あ……?」

「嫌、だった、かな」


 悲しそうに歪められた顔には気付かないで自分の髪の毛を握りしめる。


「髪の毛が……」


 そう、重たい藍色だった髪は、今は水色、青みがかかった銀色と言った方がしっくりくるような色になっていたのだ。長さも腰までだったものが足首まで延びている。さっきの少年と同じ色。


「……フェルニアの髪の毛は、僕が見つけた時からこうなっていたんだ。目の色も変わっている。綺麗な銀色と……金だ。左目の色は変わっていない。でも、フェルニアに似合っているよ」


 しきりに髪の毛を気にするフェルニアに安心させるように微笑むレオノールを見て、フェルニアは気味悪く思われたのかと溜息を吐く。


 なぜならその笑顔の裏には隠しきれないほどの影が覗いていたからだ。何かが気に障るか、嫌なことを思い出しでもしたのだろう。


 しかし特に自分では変わったとは思えないので、精神的には何も感じなかった。なぜならフェルニアの容姿の色が変わるのは覚えている限り二回目だからだ。今、分かったのだが、自分の顔は前世と同じ、だから髪が黒から藍色、藍色から水色に変わっただけ、目の色も黒から金と紫。金と紫から金と銀にかわっただけだ。


 そのまま成り行きで抱きかかえられたまま運ばれると、廊下の隅から小さな女の子が見ているのに気付いた。


 あの目はとてもよく似ている。あの人に――。


「……父様」

「なに」


 やけに機嫌がよさそうな顔がこちらに向けられて、フェルニアは軽く首を傾げた。


「あの子は、だれ?」

「君が知る必要のないことだよ」


 迷わず断定する。


 髪を撫でる手は壊れ物を扱うように丁寧で、フェルニアは落ち着かない気分になった。




エリクセル••••••おわりましたね。


 明日は2話投稿します。

 最初の投稿は午前11時、もう少しで甘くなります。


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