全てを賭けてでも
彼は――言った。
この世界は『操り人形と真実の恋を』通称『操恋』という乙女ゲームの中の世界だと。
舞台はこの国の城。つまり王宮乙女ゲームで、題名は攻略対象全員に操り主――決して逆らえない相手がいて何でも言うことをきく操り人形と化しているということでそこからとり。そして多かれ少なかれ彼らは不幸。ヒロインはその操り糸を真実の愛や恋とやらで絶ち、様々な障害を乗り越え、二人、もしくは複数で幸せになるというストーリー。
逆ハーレムルートが存在している時点でフェルニアはそのゲームの幸せのありかたには大いに疑問を覚えるが、そんなことを聞くほどこの話に興味はなかった。
そしてイレギュラーである私がこの世界に生まれたことで、少しずつ物語が壊れていると……。
物語が壊れれば、世界も壊れ、今大陸にすんでいる人間、生きとし生けるものは死に至ると……。
何を馬鹿な、と笑い飛ばさなかったのは、ひとえに彼の顔があまりにも真剣だったのと、自分に前世の記憶が戻ったからだろう。そして――それはあまりにもフェルニアの身近にいる人物と似ていた。
『それで?』
全部を聞き終わったフェルニアは無表情で聞いた。
声を震わせたりはしない。
目を細めて笑う少年に嫌な予感がした。
『そなたのその様子を見る限り気付いたと思うが……さっき話したジェラルディ・フィオバレス、今はそなたの元でアルトレルと名前を変えている』
彼が話した攻略対象の中に知っているかもしれなかった人物は三人、
一人はレオン・ブラッドベリー。
ゲームの彼は幼い頃から母親に心と身体、両方に両方の暴力を受け、自分を愛してくれる人間はいないと思い込み、それでも母親に自分を見てほしくて暴力に耐え、健気に育つ薄幸の美少年、というものになる。
もう一人はレオノール・ブラッドベリー。
彼はシークレット中のシークレットで、攻略対象として出てくるとか出てこないとか……そこもどうでも良い。
彼らはヒロインと恋愛でも結婚でも修羅場でも青春でも好きにすればいい。
問題は彼が今言ったジェラルディ・フィオバレスだ。
彼は吸血鬼の長の眷属だったが、とあることから人間の大陸に流れてきて、その後は運悪く奴隷商人に捕まってオークションにかけられ、彼を購入した王に無理やり血の楔を穿たれた後は忠誠を誓わされ暗殺者として城で飼われることに……。しかしその環境ははっきり言って劣悪、次第に彼の心は壊れていき――そんな時ヒロインに会った彼は心を救われる――とかこういう感じのストーリー。
まず、高位の吸血鬼はめったに流れてこない。今回アルトレルが流れてきたのが初めてだ。
そんなのが二人もいるわけがなく、外見的特徴と幼い頃の性格が一致している。
アルトレル以外に考えられなかった。
小さく唇を噛みしめて俯く。
アルトレルがフェルニアのことを好きじゃなくても別に構わなかった。
だけど、アルトレルに一番近い場所を奪われるのは我慢ならない。
彼はそんなフェルニアの心境を察したのか辛そうに、それでいてどこか興味深そうな目でフェルニアを観察している。
「そなたが生まれたことで世界は壊れる。いや、もう既に壊れているか……? そしてそなたは戻りたいと言ったアルトレルの元へ――戻してやってもいい。ただし条件がある」
「条件?」
自然と口調が厳しくなる。
当然だ。この流れで条件など禄でもないに違いない。
「生き返る条件――私はまだこの世界に壊れてほしくない。そのためにはこの物語を完成する必要がある。だから、そなたが生まれたせいで、本来の道を通れなくなりヒロインに会えなくなった人物、攻略対象をすべて王宮へと集め、その上でヒロインの恋を成就させればいい」
足元が崩壊する。と言うのはこのことを言うのだろうか?
二度とアルトレル以外の攻略対象と関わるなでも良かったし。
王宮に近寄らずに、一生家に閉じこもっておけでも別に構わなかった。
でも、これは嫌。駄目だ。
「私に……アルトレルと他の人間の恋を手伝えと……?」
胸がズキズキと痛む。
「別に、そんなことは言ってない。ただ、手伝ってほしいと思っただけだ。彼女がレオンを望むのならレオンを、皆を望むのなら皆を、アルトレルを望むならアルトレルを……。出来なかった場合、あぁ彼女の望みがかなわなかった時は今度こそ我はそなたの命を取る。もし、途中でそなたが死んだり、失敗して命を刈り取られた場合は、そなたは奈落の底に落ちるぞ。成功して、寿命をまっとうしても同じこと、生き返るための代償はけして安くはない」
奈落の底とは生前に大きな罪を犯した人間が入れられる死後の世界。
そこに入れられた人間は、転生することも出来ずに永遠に苦しむと言われている。
それでも……いい。
もう一度会えるのだったら、この命も死後の安寧も全てを賭ける。
アルトレルのことをヒロインが好きにならなければいいのだ。
でも、もしも彼女がアルトレルを選んだら――私は世界を壊した方が遥かにいいと思うことだろう。
少年がまっすぐ射抜くように、言い聞かせるような声音を発す。
「後悔は……ないのか? 今なら引き返せる。我とここで暮らすことも出来るぞ。そなたが欲しがって手に入れられないものはない。我なら、そなたを幸せにできる。これから生き返ってもそなたには苦しいだけだ」
自愛の目、慈しむような言葉、フェルニアはそれを撥ねつけた。
それは、あなたが決めるのではない。
決めるのは私。
悲しいのも楽しいのも幸せなのも不幸なのも全部、私が決めるの。
――暗闇が白に塗り替わり、銀色の液体が身体を包む。
額に唇が押し付けられた。
そこから何かの映像――いや、記録が流れ込み、頭がぐらぐらと揺れる。
「せめて、我からそなたに祝福を授けよう」
触れる手は優しく、手から溢れるものは暖かい。
「そなたはこれから眠り続ける。前世の記憶とこの記憶、二つと記録がよい具合に溶けることを祈っている」
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目が覚めたら首に短剣を押し当てるアルの姿――
「だ、め……」
カラカラに乾いた喉から何とか声を絞り出し、
今度こそ意識は闇に呑まれた。
次もすぐに投稿します。




