ある牧師が言った
題名の『妖精は薔薇の褥で踊る』の『褥』は『しとね』と読みます。
要するに薔薇の花びらでできたお布団、ベッドと言うわけです。
ある牧師が言った。
『おまえは悪魔なんだ』と
少年はそれを瞬きもせずに見つめた。
『知っている』
透き通るような声。
畏怖を覚えるほど白く細い両手に鎖が嵌められ、美しい顔は仮面で隠された。
足の裏に感じるのは冷たい鉄の地面。
普通の人間なら恐怖で泣き出すであろう状況に、少年は赤い唇を歪めて嗤っていた。
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仮面越しに突き刺さる視線、執拗なものから淡々としたものまで、しかしどれをとっても心地いいものではなく、少年は銀細工の檻の中で目を細めた。
――この中の誰かに買われるなんて吐き気がする。
そう自分は売られたのだ。牧師に。
ここは俺みたいな異種族を購入しようとする人間が集まる場所、
やっと奴隷商人から逃げたのにまた逆戻り――。
仮にも神の声を伝える者を嘘でも名乗るのならば、中身ももう少し白くなってほしいと思ったが、所詮こんなものだと自分を嘲笑った。もっと早くに逃げればよかったと少し後悔する。けれど、逃げてもまたすぐに捕まっただろうと考えを改めた。
何故なら少年は吸血鬼だったから、この大陸には様々な種族があるが、その中でも吸血鬼は格段に希少だ。だからこそ人気もある。
他の種族のように醜くもないし、人を奴隷にすることは恐れられるが、血の楔で縛ったら自分の命令に完全に従う。共通するのは漆黒の髪と赤い目、これは吸血鬼以外に持っていない色で、誰もかれも信じられないほどに美しい。位が高ければ高いほど美しく、その中でも自分は最高位だった。
なんでここに来たのかは覚えていないが、一族に見放されたと言うことは、自分は何かをしたのだろう。疎まれるようなことを……
遠い記憶を辿っていると仮面に手がかけられ、会場にどよめきが走った。横で司会が喋っているがそれも聞こえない。続いて何度もお金の額を叫ぶ声がする。
あぁ、始まったのだろう。
唾を飛ばし合う人間は美しいとは思えない。どれほど高価な服を着ようと宝石を身に着けようと醜い。冷めた目で一人一人を見ていると何かを吟味するような顔をした男と目が合った。数秒見つめ合い、ふいと目を逸らされる。
そういえばこの目で見つめると人は恐ろしいと言っていたなと思い、小さく瞬く。
喧騒の中、大きくはないのに威厳がある声が響き渡る。会場が静まりかえった。
そのあまりの額の大きさに――口を開いたのは先ほどの男、目を逸らしたのは俺が怖かったわけではなかったらしい。
檻に黒い幕が垂らされ、鍵が男の手に渡る。視界が遮られる前に見たのは、蜜色の髪に青い目の男がこちらを見てうっそりと微笑むもの――。
――こうして俺はレオノール・ブラッドベリーに大量の金貨と引き換えに買われた。