魔石の洞窟3
落ちた剣を踏んで一歩踏み出すと、フェルニアが剣を捨てて安堵したような顔をした魔術師の顔がまた強張る。
勝ち誇ったように笑ったエヴィータの顔も、理解できないと言うふうに戸惑ったアルトレルの顔もさらに困惑の色に染まった。
剣を持っているならともかく、丸腰で前進してくる気持ちが分からなかったのだろう。
「来るな! 動くなと言っただろう⁉ こいつを殺すぞ⁉」
フェルニアはまるで理解できないような目をする魔術師にひんやりとそれでいて艶っぽく酷薄に微笑んだ。
「いいよ」
「ッ‼」
魔術師とエヴィータが同時に目を見開いた。
アルトレルは少し安堵したように笑っている。
それを見て、アルトレルが本気でフェルニアが自分を見捨てると思っていることが分かった。この一ヶ月一緒にいたことは、アルトレルにとって簡単に捨てられる程軽いものだったのだろうか?
「な、何を……」
「聞こえなかったの? いいって言ったの。でもね、そのかわりアルを殺したあなたたちを、今度は私が殺してあげる。私ね、拷問系の魔法も少しは習っているんだ。すごく、痛いみたいだよ。昼も夜もない場所でずっと、殺してほしいって言うほど苦しめてあげる。どんなに懇願しても許さない。それでいいなら……いいよ。あとね、転移魔法、さっきあの人がやったでしょ。使えるようになったの」
すぐに殺すつもりだったからか、先ほどの魔法は隠されていなかったのだ。
よって過程も呪文も全て筒抜け、盗むことは簡単だった。
だから、逃げても無駄。
「ひっ‼」
無邪気に笑う。本当は嘘だ。
アルを殺してなんか欲しくない。
彼ら全員を殺してもフェルニアは満足しない。
何もない、空白の日に戻ることはもう出来ない。
手に光の玉を作り出して一歩踏み出す。
「く、来るな! 撃つぞ」
標準がフェルニアに固定される。
「っ、やめ……‼」
アルトレルが何か言葉を発そうとして激しく咳き込む。
光がこちらに向かってくる――良かった。
あえてよけずに肩と脇腹にそれを受け止めると、フェルニアは光を思いっきり弾いた。彼らはこれが爆発すると思っていたようだが、そんなことするわけない。アルがいるのだから……数秒目がくらんで前後不覚になるだけだ。
それでも彼らがはずみでアルを撃ったらいけないので先にフェルニアに向かって撃たせた。あれを作るのは少し時間がかかるから、一度打たせれば大丈夫。防ぐ気は最初からなかった。フェルニアは魔術に秀でているので跳ね返すことも出来たが、それだと多分洞窟は一気に崩れただろうし、血が流れている今、フェルニアから魔力はどんどん失われていっている。無駄なことには使いたくなかった。
彼らがアルを殺しても追いかける魔力もなかった。
洞窟が崩れているのは、先ほどフェルニアが魔術師を壁に叩きつけたからだ。その時に微量の魔力が出て、結果ゆっくりとヒビが入っている。でも、フェルニアを撃ったあの魔力が貫通して壁にぶつかったのでもう持たない。
支えを失ったアルトレルの体が傾ぎ、フェルニアは直前でそれを支えると、まだ壊れてない洞窟の壁に身体を押し付けて深く口づけた。
「ティ、ア⁉ んっ……や、め」
抵抗したいのか僅かにそむけたアルトレルの顔を固定させ、口の中に溜まった血を舌ですくい取ると薄く開いたアルトレルの口にそのまま入れ、顔を傾けるとそのまま舌を一生懸命動かして、拒むアルトレルの口に血を流しこむ。
「ふっ、ぁ」
アルトレルの唇の端から飲み込みきれなくて溢れた血が零れ、白く滑らかな頬に一筋の線を描いた。
大丈夫、これで洞窟の外に出した後もアルはかろうじて動ける。
唇が離れて脱力したアルトレルと近くにいたレオンを思いっきり押し、先ほどの転移術を応用した黒い穴の中に二人を放り込んだ。
「え……?」
「ティア⁉」
どこに出るかは正確には分からないが、この洞窟からは離れられるはず、
今のフェルニアにはこれが限界だ。自分も一緒に行きたいがそれは出来ない。
そしたら洞窟にいる彼らを足止めする人間がいなくなるから――自分が洞窟から出たら魔力を使いすぎて倒れ、転移魔法で洞窟から出た彼らに捕まってしまう。
だから、これが一番いいの。
「レオン、アルをお願い」
期待はしていないが一応頼んでみる。
アルトレルに苦しんでほしくなかった。
(茨、監獄の檻)
ゆっくりと心の中で呪文を唱え、
必死にこちらに手を伸ばしてくれるアルには――
多分今までで一番きれいな笑みを返せたと思う。
次回はアルトレル視点、明日の午後8時投稿となります。




