私は主婦、ディーバ・デモニクス。《2》
連合国家ニブルヘルム第六都市スレイニール。
属する複数の巨大要塞都市の中でも特に芸術に秀でた芸術都市。人が通る大通り、街路樹、街灯、噴水、建物といった人の手を加えれるモノは全て都市に住む芸術家達によってデザイン、造形されている。更には街中を心地好いオルゴールの音色が流れ、訪れる人々の五感全てを楽しませようとしてくれるそんな街だ。
そんな芸術都市に来た私と娘のレーエン。その目的はお洋服の購入と後から合流する夫を交えて短いながらも家族旅行を楽しむ為である。
実は私自身、第六都市ははじめてで。第七都市以外のニブルヘルム七大都市には脚を運んだ事がなかった。
夫は第七都市の魔獣使いという建前上、国から依頼され他の都市に出向くことはあったのでこの第六都市にも詳しいだろう。
さて、どんな街なのだろうと巨大な門を抜けた私達は今・・・
「なんだお前は! ソレはなんだ!?」
検問を喰らっています。
馬車を取り囲む大勢の兵士。第六都市特有の彫刻が施された鎧と槍に身を包んだ人間達は腰が引けながらも槍を私達に向けている。いや、正確に言うなら馬車の上で寝ている“モノ”に向けている。
「なにかと言われましてもまだ幼い黒翼竜ですがなにか? あと娘が起きてしまうで大声を上げないでください」
馬車の上で寝息をたてているのは全長三メートルの黒いワイバーン。夫曰く南の火山帯に生息する竜種の中でも最大勢力を誇るらしい。更に言うなら全長三メートルと言ったがまだまだ子ども。成体すれば最低でも十メートルを越えるとか。この子は夫が従属させている魔獣のNo.2で娘のお気に入り。ホント胆が座っている娘である。
「れ、黒翼竜だと!? そんな魔獣を連れこの第六都市になんのようだ!?」
未だに大声を上げている兵士達。徐々に険悪になっていく空気。
「隊長! 魔獣使い殿をお連れしました!!」
そんな空気の中に表れたのは翼の翼と脚を持つ美しい女性の魔獣翼令嬢を連れた第六都市の魔獣使い。
小柄な少女であるその魔獣使いは馬車の上で眠る黒翼竜を見て目を見開き、相棒である翼令嬢と共に私の前へと震える足取りで歩み出てきた。
「だ、第六都市、守護獣士のカミュ・ハーメルンです。あ、あ、貴女の、も、目的を教えてください!」
震える身体を押さえつけて必死に声を絞り出す少女。元来彼女は気弱な正確なのだろう。翼令嬢も実際は直接な戦闘向きではなく、気性穏やかな支援型の魔獣だ。そんなコンビを全面に出して何を考えているのだここの兵士達は。自分達ははるか後方にいるし。
思わず同情してしまった私は珍しく溜め息をついた。それにビクリと肩を震わせた少女を無表情の細めた目付きで馬車の上から見つめる。
「ハーメルンさん」
小さく彼女のファミリーネームを呼ぶ。それを掻き消さんばかりの声援を兵士達が彼女に送っているが無視。正直話しが進まないので彼女と話す事にした。
「支援型のあなたを前面に出しているあの兵士達を黙らせて下さい。このままでは本当に娘が起きて泣き出してしまうので」
「え?」
呆けた声を出した彼女は視線をゆっくりと私の膝の上にまで下げる。そこには門を潜る少し出前で眠りについたゴスロリ姿の赤ん坊。少し眉間に皺を寄せていて今にも起きそうな雰囲気の我が娘レーエン。
「お願いできますか?」
「は、はい。ピューレ、お願い」
主の指示を受けて翼令嬢は小さく口を開いた。同時に兵士達の声が嘘のように聞こえなくなる。しかし、彼等の口は動いている。これは翼令嬢が使う魔法で空気に干渉するモノ。馬車の周辺に空気の壁を作って音を防いだのだ。
それを確認した後に私は彼女に自分の身分証明書であるギルドカードを差し出した。
「第七都市守護獣士であるゼノアール・デモニクスの妻、ディーバ・デモニクスです。御同輩であるハーメルンさんには申し訳ないですがこのギルドカードをお渡ししますので確認してきてもらってもいいですか?上で寝ている黒翼竜も夫の従属だと分かるはずですので」
「ぜ、ゼノ様の奥様ですか!? し、少々お待ちください!!」
だから娘が起きるから静かにしてくれと言っているのに。そんな事を思いつつ慌てて兵士達のもとへと走って行くハーメルンさん。途中一度転けたが気にする余裕もないのか直ぐに起き上がり再び走り出す。因みに確認を取っている間も翼令嬢はこの場に取り残されたまま。
「貴女の主はどこか抜けていますね」
なんとなく声をかけた翼令嬢は小さく苦笑するだけだった。
「確認が取れました。デモニクス夫人には大変ご迷惑をお掛けして申し訳ありません」
小一時間ほどしてやっと戻ってきたハーメルンさんはいの一番に私に向かって頭を下げた。私は直ぐに頭を上げさせて気にしていない意志を伝える。
「ハーメルンさんの事は気にしていません。私の話しをきちんと聞いてくれましたし、いの一番に頭まで下げてくれました。一番先に頭を下げなければならない人物は謝罪の言葉もありませんが」
細めた目付きで離れた場所にいる兵士達。特に隊長格の人間を睨み付ける。顔を青くして数歩下がってしまった彼等にハーメルンさんは苦笑する。
「仕方ありませんよ。魔獣使いが保護されだしたのも魔帝戦争が終わってからですし、守護獣士制度が確立されたのは一年前ですからまだまだ慣れてない人が多いんです。ですから兵士さん達の事はわたしに免じて許してあげてください」
「わかりました。今回の事は水に流しましょう。ところで馬車を預けたいのですがどちらに話しを通せばいいでしょうか?」
「あ、ご案内します。あとここ第六都市は女性の魔獣使いもよくいらっしゃるので最近中型から大型の魔獣を預けられるように魔獣用の寄宿舎もできました。ですので黒翼竜もそちらにお預けできます」
「わかりました。案内をお願いします」
ハーメルンさんの案内で私は馬車と黒翼竜を預け彼女の案内で歩き出す。耳に入ってくるオルゴールの音色で娘は未だに心地好い夢の中。持ってきた荷物である大きなアタッシュケースは彼女の好意で翼令嬢に持ってもらっている。
「この度はどういったご用件でいらしたんですか? お買い物ですか?」
「それもありますが今回は一応家族旅行のつもりです。夫も今晩か明日には合流予定なので合流したら観光しようかと」
「ゼノ様もいらっしゃるんですね? それでしたら小型の魔獣なら一緒に入れる宿がいいですね。確かゼノ様は黒翼鳥と宝石獣を連れていたはずですから」
よく知っているな。と感心半分、疑惑半分の目でハーメルンさんを見る。そういえば彼女はゼノアールの事をゼノ様と呼んでいる。あのへたれ中二スケコマシこんなところでもフラグを建てていたか。徐々に黒い何かが沸き上がりつつある私に気付いたのかハーメルンさんは慌てて弁解する。
「あ、あの私は別にデモニクス夫人からゼノ様を取ろうなんて考えつませんよ!? 確かにゼノ様のことはお慕いしてますがそれは尊敬からであって、夫人の事も尊敬しています。あんな凄い方の奥様になられてお嬢様までお産みになられたんですから」
「ハーメルンさん。私の事を御姉様と呼ぶことを許可します。私も貴女の事をカミュと呼びましょう。さ、貴女の言う宿に案内してください」
ハーメルン、カミュの両肩に手を置いて大きく頷く。
なんていい子だろう。これまでの雌は夫に、私最愛のゼノアールに色眼鏡を使う雌猫ばかりだった。この少女はゼノアールと私を尊敬していると言ったのだ先ほどの態度といい、今といいすばらしいの一言に尽きる。
機嫌を良くした私は意気揚々と歩き出し、カミュは“ハイ、御姉様”と苦笑しながら追いかけ、やがて一件の宿に到着した。