一家の主、ゼノアール・デモニクスだ《2》
木漏れ日差し込む森の中。蝶は飛び回り、小鳥達はさえずり歌う。
こんな日は森に山菜狩りがてらピクニックもいいだろう。
「「うおぉおおおおぉおおお!!」」
こんな状況でなければだが
「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」
全速力で走る俺とロドリゲスさん。立ち並ぶ木々は矢のごとく後ろへと流れて行く。
俺たちは逃げているのだ。それはもう脱兎の如く。
背後に迫るのはかわいらしいデフォルメされた熊の縫いぐるみ達。見るだけなら癒されるであろうその姿。・・・右腕が筋肉隆々の豪腕でなければだ。
キラーベア
元々人里近くには寄り付かない魔物で見た目愛くるしい姿をしているが先ほど説明した通り右腕が筋肉隆々なのが特徴。
群れでの行動を基本としておりチームワークは抜群で雑食。
それはもうなんでも喰う。野菜やら果物やら魚やら鳥やら魔物やら人まで。
その危険度からAランクへの登龍門とまで言われる魔物。Aランクの者でも皆好んで相手したくない魔物であり、多くの者がトラウマを持っている魔物だ。
その魔物に追われている理由は走る俺の腕の中で必死に謝りながら泣き叫んでいるお嬢さんにある。
ついてくるなと念を押しておいた領収の妹だが隠れてついてきたのだ。それも俺の従属である灼銅狼に気付かれないように、風下からの追跡と体臭、気配気配を消すというかなり高価な魔導具を使うという念の入れよう。しかし、森の奥でキラーベアと鉢合わせ。悲鳴を上げたので俺たちが回収、今に至る。
「キラーベアってのはいつやっても嫌な相手だなぁ!?」
Sランクのロドリゲスさんが愚痴るのも無理はない。今背後からは大量の熊が迫っている他に奴等が殴り飛ばした木やら岩が飛んで来ているのだ。未だに無傷でいるのは守りとして連れてきている宝石獣が展開している障壁のおかげである。
「このままじゃじり貧だぞどうする!?」
「俺が迎え撃ちます! ロドリゲスさんは彼女を連れて先に行ってください!!」
この言葉に腕の中にいる少女の目が見開かれる。
「な、ゼノアールさ「分かった! 」」
信じられないと反論する彼女を無視してロドリゲスさんは了承。俺は灼銅狼の背中に彼女を乗せ、従属達に命令を下す。
「我が従属ども姫を連れ魔人と共に駆けよ! その身に傷一つなく護り通せ!!」
命令に従い宝石獣は頭の上から灼銅狼に飛び写る。
「お嬢は任せろ! てめぇめも死ぬんじゃねえぞ」
「頼みます!」
互いに激励を飛ばし俺は脚を止める。ロドリゲスさん達が見えなくなった後、背に掛けてあるハルバートを手に周囲を見渡す。
いつしか殴り飛ばして来ていた岩や木々の雨は止んでいた。代わりに取り囲んできているキラーベア。奴らの注意は完全に俺へと向いた事を確認して
「さて、悪いが貴様らには俺の下に下って貰うぞ」
魔獣を従える力を行使する。
「ロドリゲス様! なぜゼノアール様を置いて行かれたのですか!?」
森の中にお嬢の怒鳴り声が木霊する。顔を真っ赤にし、目尻に涙を浮かべながら俺を睨み付ける少女。
俺はその眼差しに屈することなく、むしろ呑み込まんばかりの殺意を瞳に宿し睨み返していた。
「貴方はそれでもSランクの冒険者ですか!? 魔人の肩書きは只の飾りですか!?」
しかし、頭に血が上がっているようで彼女はそれに気付いていない。
仕方ないこの小娘の頭を冷やしてやるか
「お嬢がついてこなければこんなことにはならなかったのだがな」
この言葉に彼女は息を飲んだ。
「言ったはずだ俺達は俺達を守って戦えるほど強くないと。魔人なんぞ大それた肩書きを持ってはいるが所詮は人間だできる事に限りがある。俺達二人だけならただ狩るだけで済んだが、お嬢が来たおかげで俺達の最優先事項が生きて帰るからお嬢を無傷での生還に変わった」
「わ、私など自業自得、置いていけばーーー」
「それで俺達が依頼を達成して領主に妹は死にました。報酬をくださいと言えってか? それで領主は納得するのか? いいか? それをやってしまうと第七都市の冒険者ギルドに依頼が来なくなっちまうんだよ。そうすると路頭に迷う奴等が何人も出ちまう」
「し、しかし!」
「それ以前になぁ」
未だに反論しようとするお嬢に決定的な言葉を突きつけた。
「アイツが怪我なり、死んだりしてみろ。お嬢は胸はってアイツの嫁と娘に顔を見せれるのか?」
「あ、・・・ぁ、あ」
お嬢は顔を真っ青にして崩れ落ちた。
ようやく頭が冷えたようだ。小さく溜め息をついた俺は彼女を護る為に側に控えて周囲を警戒している二匹の魔獣に目を向け言った。
「だがアイツはお嬢が言うようにこの国で一二を争う魔獣使いだ。簡単にくたばったりはしねぇよ。そいつらの従属がまだ有効な内は大丈夫た。だがな・・・」
魔獣達はある一点を睨み威嚇していた。
森の奥に視線を向け俺は舌打ちをする。
「なるほどな。キラーベアがこんな人里付近まで降りてきたのはアレが原因か」
お嬢を護るように立ち、背中から無骨な大剣を片手で抜き取る。
「お嬢、そいつらと一緒に逃げろ」
「な、何かいるのですか?」
顔を青くしている彼女は震える身体に鞭を打って灼銅狼の背中に跨がる。よし、どうやら冷静な判断はできるようだな。
「キラーベアが何故人里の近くまで降りてきてるのか俺には疑問だった。奴等は凶暴だが基本臆病だ。群れで敵わない相手や人間を避けて生活している。それが何故ここにいるのか、その原因はコイツだ」
森の奥に赤い光が灯る。それはゆっくりと近付いてきてやがてその姿を見せた。
細長い体躯に長い四足の脚に爪。薄暗い深緑の鱗に鋭い棘を持つそれ。
「国際ギルド連盟認定危険度Sクラス。竜属の中でも知性、凶暴性、残虐性が高い固体。翆賊竜バラキアス。コイツに住処を追われたんだろうよ」
「りゅ、竜種」
「もう一度言う。俺が戦闘に入ると同時にそいつらと逃げろ。宝石獣の障壁は強力だが竜種にはほとんど意味がねぇ。振り返らず、脇目もふらずに村まで逃げろ。そして第一都市の竜使いの小娘を呼べ」
俺は大きく息を吸い込む。同時に褐色の肌が熱を持ち湯気があがる。大剣が赤く熱され風に舞って触れた木葉が燃えて散る。
「ーーーー」
口から溢れ出す湯気。今、俺は国に名を轟かす魔人と化す。別に勝てるとは思っていないが負けるとも思っていない。お嬢が逃げ切り、応援を呼ぶまで切り結べばいいのだ。小僧は生きているはずだがアイツには荷が重すぎる。それにまだまだ若い妻子持ちにこんな危険な目に遭わせる訳にはいかない。なに、ほんの二三日の耐久戦だどうってことはない。森の中で戦うには最悪の相手だがここはそれなりに広い広場だ。何とかなる。
「いくぞごるあーーー」
気合いと共に斬りかかろうとした刹那。目の前に光の柱が降った。膨大な熱量を持つそれは翆賊竜を轟音と共に呑み込む。しばらく続いたそれはやがて治まり、消え去った翆賊竜がいた場所は地面が抉れ、地が焼け焦げていた。そこに竜の姿はなく。俺達はただ茫然とその場に立ち尽くすだけだった。
「アイツあんなモンで俺の監視してたのか」
冷や汗を流しながら光の柱が降ってきた空を眺める。視線の先には丸く抉れた雲。
「・・・まぁ、今回はおかげで助けられたよ。ありがとな」
苦笑しながら空に向け小さく手を振った後に俺は村に向けて歩き出した。
「・・・・・」
馬車に揺られながら私は膝の上に乗せていたモノを折り畳み、小さく溜め息をつく。
まったく世話の焼ける人だ。私が介入するよりも自分が力を行使すればもっとはやく事が済んだのに。
「貴女のパパは思ったより早く此方に来れそうですよ」
「あぃ♪」
傍らで横になっている娘が嬉しそうにはしゃぐ。
まぁ行使するにしろあの人は簡単に力を行使しないだろう。それは私達がいるから。その事に嬉しさを胸に秘めて視線を前に向ければ目に入ってきたのは巨大な城壁。第六都市スレイニールだ。
「さ、今日はゆっくり休んで明日、パパと町を回りましょう」
明日を楽しみにしながら私達は巨大な門をくぐり抜けた。