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妖邪隠静  作者: 瑠璃
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第一章


草木も眠る丑三つ時


朱雀門−−平城、安京大内裏、外郭十二門が一。方は南。朱雀大路の先、宮城に通ずる其は、陽が西の方に沈むと、妖、もののけが闊歩すると言われ、日没後其処を歩く者は、滅多に居なかった。


「おーい、メシー!金ー!!」

其処で声を上げる青年が一人。歳は十と八つぐらいだろう。名を緋瑠ヒリュウといった。


「っかしーなぁ・・・」

頭を掻きながら、独り呟いた。奇妙なことだった。此の時分に、朱雀門に一匹も妖がいない。


「うーん・・・」

低く唸って瞼を閉じた。彼の癖だった。視覚を封じることで、身体中の神経を研ぎ澄ませるのだ。


「・・静かすぎる・・・」

暫くして、緋瑠が呟いた。その通りだ。物音一つ、否、風の音すらしないのだ。と、彼が面を上げる。背後に感じる微かな気配、否、妖気。その口許にフッと笑みが零れた。


雲一つ無く、十六夜の月に照らされた空に、その声は朗々と響き渡る。


「丑三つ時の朱雀門−−−腰に据えた刀の柄にてを掛ける−−−静かな方に−−−ジリ、と音をたて両足で踏ん張る−−−隠れ家も−−−鞘にも手を掛け、柄をぐっと握りしめた−−−無し・・・!!」


ギィンッ!


抜刀と略同時に刀独特の金属音が闇に響いた。

身を翻し、背後から刀を振るってきた敵と向き合う。


刀を両の手で構える細身の人間の姿。肩まで伸びた艶のある黒髪。闇に映える白い肌。紅い唇は微笑を浮かべるが、瞳は長い前髪に隠れて、よく見えない。まだ若い、緋瑠とそう変わらないであろう歳の青年だった


(女?男・・・だな)


そんな事を考えていると、敵が次の太刀を振るってきた。後ろに飛び退り、ギリギリのところで身をかわした。


「あっぶねー・・・・ッ!!?」

背後に感じた気配、と、強い殺気。その瞬間、


「ぐあっ・・・!!」


背中に焼けるような痛みが奔った。傷口から生暖かい血が流れ出して背中をつたい、斬られたのだと分かった。


「っく・・・ぅ」

何とか体勢を調えようとするが、身体を動かそうとする度に背中に激痛が奔る。

(畜生、眼が霞んできやがった・・・)


気付けば、敵はしゃがみ込んだ彼の前に仁王立ちし、頭上高々に刀を構えている。

ビュッ


空を斬る音とともに刀が振り下ろされる。

眼を固くつむり無言で神に祈った−・・・


「や、やめろーっ!!」


耳をつんざくような叫び声が辺りに響いた。声は頭の上からだった。

恐る恐る眼を開き、顔を上げると、振り下ろされた刀は自分の額から一寸ばかりのところで止まっていた。刀の持ち主を見上げると、きつく眼をつむり、苦しげな表情で静止している。


「や、めろ・・・」

彼の首筋を汗がつたうのが見えた。


「!!?」


そのとき、彼の肩の辺りに淡い紫色の焔がちらついたのを、緋瑠は見逃さなかった。

「成る程、そう言うことかよ!」


緋瑠は懐を探り、札を一枚取出し、静止している青年に投げ付ける。彼の手を放れた札は、まるで意思を持ったかのように、的の肩辺りに貼りついた。


緋瑠は直ぐさま刀を脇に置き、両の手で印を結び叫んだ。


「徐!!」


青年の身体から紫色の焔が噴きだし、札に吸い込まれていく。


「ああぁぁァァァー!!」


絶叫し、苦痛に身をよじる。やがて、全ての焔が彼の身体から離れると、脱力したようにその場に頽れて動かなくなった。


緋瑠は、青年の身体から放れ、宙に浮いたままの札に、片手を突き出し、空いている手で印を結んだ。


「封!!」


そう叫ぶと、札に『封』の文字が浮き出た。


「ふぅ」


安堵の溜め息をついて、札に手を伸ばした。


ボウッ


緋瑠の指の先が札に触れた瞬間、札が発火してたちまち紫色の焔に包まれたのだ。

「なっ・・・!!?」


唖然とする緋瑠を前に、札はチリチリと灰になり、燃焼した。妖はー・・・ 眼を閉じ、大気に肌に妖気を感じとる。

妖気は離れていった。艮の方へと。


空は白みかけていた。


「逃げられた・・・」

独りポツンと呟いた。


足元を見下ろせば、さっき倒れたまま動かない青年。ハァーっと深い溜め息をついて、その傍らにしゃがんだ。両肩を掴んでガクガクと揺する。


「ん、うーん・・・?」

意識が浮上してきたようだ。


「おい、しっかりしろっ!」


揺すりながら少し大きな声で呼び掛けると、うっすらと眼を開けた。


「おい、大丈夫か?」

青年は緋瑠を見るや、眼をしばたいて、ハッとしたように身構えた。

「な・・・お前、失礼なヤツだな」

青年にそう言いながら立ち上がろうとすると、


「痛っ・・・!!」

背中に忘れていた痛みが戻ってきた。(さっきまで全く気にならなかったのに・・・)


痛みに顔を歪めるていると

「その傷は・・・」

青年がこちらを凝視しながら、消えそうな声で言った。

「あぁ、此は・・・

「ごめんっっ!!」


『何でもない』、と言おうとしたが遮られた。それも謝罪の言葉で。


「な、何・・・??」

いきなり謝られても、困惑するばかりだ。


「それ・・・」

青年は俯きつつ緋瑠の刀傷を指差した。


「その傷、俺のせいなんだろ?俺が斬ったんだろ??」

半ば叫ぶような声で、問い掛けられた。


「いや、お前のせいって言うか・・・まぁそう言えん事もないし、そうでないと言っても間違いではないというか・・・」


実際に斬りつけてきたのはこの青年だが、妖が取付いていたのなら、事情が事情だ。


「って、あれ?」

青年がいない、と思ったら背中に感じる温かい体温。


「おまっ、何やっt痛っってぇ!ちょ、傷に触んな馬鹿、痛ぇだろぅが!!」

声を荒げて怒鳴ったが、青年は動かず、静かに両の手をその傷に置いた。そして眼を閉じ、二言三言、呪文のような言葉を呟いた。それは今までに聞いた事のない響きだった。


「!?・・・」

傷口から、身体中に心地良い温かさが広がる。もう、傷は痛くない。否、それだけでなく身体全体の疲れを癒していくようだった。


暫くすると、身体から先程の温かさと疲れが消えて行った。


緋瑠は恐る恐る腕を伸ばし、背中に触れてみた。

傷は消えていた。


「お前、一体何を・・・」

背中に問い掛けるが、返事ない。


「おい、聞いてんのか?」

痺れを切らして後ろを振り返ると、再び深い溜め息が出た。


「全く、何なんだよ・・・」

地に伏して動かない青年。また気を失って−・・・否、此は爆睡というべきか。規則正しい寝息に溜め息も底を突いた。


東の方を見遣る。今は卯の刻だろうか。辰の刻を過ぎれば、此処も直に人や牛車が通るようになる。

緋瑠は無言で、爆睡する青年を肩に担いだ。


。。。。。


「ハァ・・・」

ドサッと音を起てて、羊歯の上に突っ伏した。身体の疲れは無い。逆に頭のほうがSOSを告げていた。昨夜一晩の内に起こった事に、正直頭が追い付かない。


「えー・・と、昨日俺は朱雀門に居て・・・」

事の始めから声に出して整理する。頭の中だけで悶々と考えていては、いつか頭がおかしくなってしまいそうだ。


「妖に取り付かれたコイツと打ち合って・・・」

声は朝の霧に消えていく。微かに聞こえるのは鶲のだろうか。


「斬られた・・・」

斬られた・・・か、そうだ、何故斬られた?何故あの時アイツが後ろに居た??緋瑠の脳裏に疑問が浮かぶ。


「あの時は確かに前にいた、よな、でその太刀を俺がかわして・・・・」

やはり背後に回り込む間があったとは思えない。


「よし、疑問壱だ。」

取り敢えず頭の隅に追いやる。


「で、斬られて止めを刺されそうになって・・・そうだ、何故刺されなかった?」

−ダメだ、考えるのは止そう−

「はい、疑問弐」


疑問参 何故妖に封式を 破られたのか

「完璧、だったよなぁ・・」

疑問肆 何故傷が治った のか

「あ、烏だ」


疑問伍 あの妖、何物?

「気配を完全に消して、近付いてきた揚句に、俺の封式を破って・・・そういやぁ封印してから逃げられたのは初めてだな」

他約一両


ふぅっと息を漏らして仰向けになった。あれこれ考えている間に、日の出を迎えていた。


「しかし、まぁ・・・」

頭を少し傾けて、横で寝ている青年を見た。あの場から少し離れた此処に運んできて寝かせ、羽帯も掛けてやった。眼が覚めれば、先程の疑問に多少なりとは答えて貰えるだろうか。


「俺って優しいよな・・・」

「うん」


独り言に返事が返ってきた。


「だろ・・・ってお前!起きてたのかよ!!」


「うん」

仰天して声の主の方をみると、うっすらと瞼を開き、濡れ羽色の瞳だけこちらに向けていた。


「眼が覚めてたんなら言えよ。心臓が止まるところだっただろ!」


「うん」


何故だろう、また溜め息がでる。もうあまり気にしないことにした。


「で?お前は大丈

「背中の傷は大丈夫?」

−コイツに話し掛けて終いまで言わせて貰えなかったのは初めてじゃない気がする・・・−


「おう、大丈夫」

とりあえず答える。


「そう、よかった」

青年はそう言うと、何処を見るでもなく目を逸らしてしまった。


緋瑠は色々と聞きたい事がある中から、一番妥当と思われる質問を選んだ。


「お前さ、名前は?」


「・・・藤玖ヒサキ

再びこちらに目を向けて言った。

「そうか。じゃあ、藤玖」


「うん?」


「俺はお前に聞きたい事が山ほどある」


「うん」

−うん、しか言えないのか コイツ・・・−


「だから、その前に俺に聞いておきたい事は無いか?話を途中で遮られれるのは、もぅ御免だからな」


緋瑠は多少、皮肉ったつもりだったが、特に気にする様子もなく、

「あんたの名前」

とだけ言った。


「あぁ、そうだな。俺は緋瑠だ。ここらで妖を滅っして食ってるんだ。」と答えると、藤玖は目を見開いて言った。


「妖を食べるのか!!?」


−殺していいかな・・・−

「違う、そうじゃなくてだな・・・あぁ、もぅ!」

緋瑠はガバッと身を起こして言った。


「俺は妖を滅っして金を稼いでるんだ、解るか!?んで、その金で食って生活してんの!つまり、妖=金、金=飯、妖=飯な訳だ!分かったか!?」


「うん、大体は」

藤玖はそれに対し、真っ直ぐ緋瑠の目を見て言った。

「よし、言ってみろ。何が分かった?」


−コイツ絶対解ってない−


「ぇっと、あんたの名前は・・・緋瑠。」


「・・・そうだ、思ったより伝わっていて良かったよ」

先程の細やかな望み−疑問に答えて貰えるだろうか−は、既に消え去っていた。


緋瑠は脱力して再び羊歯の上に仰向けに倒れた。陽は高くなっていた。


会話が続かない。しかし、何も話さない事には始まらないので、緋瑠は必死で言葉を探した。幾つかの寺や神社から、鐘の音が鳴りだした。正午の鐘だ。皆各々で打ちだすので、一発目からずれている。

鐘の響くなか、以外にも二人の沈黙を破ったのは 藤玖の方だった。


「この國には、幾つ正午があるのかな・・・」

「さぁ?この國の寺神社の数だけあんじゃねぇの?」

緋瑠が其に答える。


「や、一人二人位は、息ピッタリの住職が居るかもよ」

藤玖が突っ掛かる。


「阿吽の呼吸で?」


「うん」

他愛もない会話が続く。


次第に二人は自分の事について話し出した。


「緋瑠は、妖退治が仕事なんでしょ?それって誰にお給料貰うの?」


「依頼があった時は依頼主に貰うし、依頼無しの時は札を仕掛ける瞬間に妖から掏る事もある」

緋瑠は平然と答えた。


「ふーん、それは大変だ(オマケにがめつい)ね」


「藤玖はどうなんだよ?何して食ってんの?」

逆に聞く。


「人の怪我や病気を治したり・・・」うーん、と考えながら答える。


「そうだ、お前、法力使えるんだな」

そう、明け方からずっと考えて捻り出した『疑問肆』の答えだ。


「うん、でも・・・」


「でも?」


「あんま使いたくないんだよね・・・疲れちゃうから、あれ。治療しに行った人ん家で爆睡したら迷惑だろ?」

藤玖が答えた。


「じゃあ、どうすんだよ?」


「ん?お腹が空いたら?人ん家の玄関前で『御免下さ〜い』って言うんだよ」


「へぇ(そっちのがよっぽど迷惑だ)」


二人は更に話し込んだ。


「藤玖、親は?」


「ん、死んだよ」


−聞いちゃマズかったか−(でも、俺のも死んだし・・・)


「そっか、俺も

「ごめん、今の撤回」


「え・・・?」


「・・・殺した」


第一節 完

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