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Just Living  作者: 世良なずな


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1/1

自分の顔すら忘れてしまった

初投稿

第一話です。


 路頭に迷ってしまった。



 帰る家も職も無く、頼れる知り合いもいない。あるいはそれら全てを持ち合わせていたのかもしれないが、少なくとも今の僕には何もない。

 それもこれも、全ては記憶を失ったことが原因だ。




 遡ること数時間。

 人気(ひとけ)のない、薄暗い路地で目を覚ましたのが今朝のこと。

 石造りの硬い地面で横になっていて、寝ていたというよりも、倒れていたという表現の方が僕の状態に適していたと思う。

 まだ覚醒しきっていない頭を働かせ、何故こんな所で横になっていたのか思い出そうとして、何も思い出せないことに気がついた。

 例えば昨晩は飲酒をしていて、酔っ払った果てに記憶を飛ばしてしまった、などと仮定してみたものの、すぐに打ち切った。

 そんな次元の話ではなかったからである。

 ここはどこなのか、なぜ地面に倒れるに至ったのか、そもそも僕は誰なのか。



 何一つ覚えていなかった。



 あまりの出来事に現実を受け止めきれず、早朝の静けさの中、ただ途方に暮れた。

 不思議と恐怖心はなかった。

 しかし、自分の顔すらきれいさっぱり忘れてしまった僕ではあるが、衝撃が大きすぎたが故にかえって冷静になったようで、だんだんと本能が警鐘を鳴らし始めた。

 どうやら僕は、置かれた状況に危機感を持てるくらいの、最低限の知識が残っているようだ。

 自分に関することは全て忘れてしまったようなので、当然行く当てはない。今晩の寝床すら怪しいのだ。このままでは食いっぱぐれる未来が容易に想像できる。

 なんにせよ、このままでは生きていけないということが理解できるくらいには、知識があった。



 現実に直面し焦った僕は、せめて自分の家だけでも思い出せないものかと必死に頭を働かせた。

 しかし、僅かな可能性に縋ったものの記憶が蘇る兆しはまるでない。

 あまりにもまっさらすぎて、早々に自身の脳に見切りをつけた。今晩ベッドの上で眠るためには、記憶を取り戻すよりも、新しく寝床を確保する方が確実だ。



 失ってしまったものは仕方がない。前向きに生きようではないか。



 そうと決まればとにかく行動するしかない。

 そこでやっと、僕は薄汚れた石造りの地面から立ち上がった。そのまま腰を反らすと、パキリと乾いた音がした。石の上で寝ていたからか体のあちこちが痛い。



 静まり返った路地に人影はなく、ひとまず大通りに出るしかなさそうだ。

 早いところ宿を見つけるか、しばらくの間衣食住を提供してくれる人を見つけなければ、本当に今晩も野宿になってしまう。



 随分と長い間座り込んでいたようで、気がつけば薄暗い路地に、建物の隙間から陽光が差し込んでいた。

 風に乗って届く大通りのざわめきを手がかりに、歩みを進める。

 歩きながらあたりに視線を巡らせたが、いくら考えても見覚えのない場所だった。

 意識のない間に何者かにここまで運ばれたわけじゃなければ、少なくともこの近辺は一度通っているはずなのに、目に入るもの全てが新鮮で記憶になかった。



 しばらく進み続けると、やがて大通りへと出た。

 道の両脇には簡素な露店が隙間なく並び、その背後には二階建て、三階建ての建物が肩を寄せ合うように立ち並んでいる。人々の往来も絶えず、通り全体が熱を帯びているような、活気に満ちた光景が広がっていた。



 呼び込みの声や笑い声があちこちから飛び交い、風に乗って香ばしい匂いや甘い香りが鼻をくすぐる。

 それらがどのようなものなのか、知識として知っているのに、実際に目にするのは初めてのものばかりに思えて、思わず圧倒されてしまった。



 先ほどまで薄暗い場所にいたせいか、降り注ぐ陽の光がやけに眩しい。思わずローブのフードを深く被る。

 人の流れに身を任せるようにして大通りへ足を踏み入れ、宿を探す。



 露店に視線を奪われつつも、探しているのはあくまで宿だ。

 通り沿いに立つ建物の壁や扉、そしてその上に掲げられた看板を一つ一つ確かめていく。

 花屋には花の絵が、本屋には本の絵が。それぞれの店が、その店を一目で伝える印を掲げ、通りを行く者を招いていた。

 しかし、宿屋らしき印はなかなか見当たらない。



 これは人に尋ねた方が早いかもしれない。

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