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数値化された人々

ダイプル共和国では、全ての人間が数値化されデータ管理されていた。小学校に進学する段階で数字をつけられ、それからの競争の中で高い数字を得られなかったら進学、就職、結婚、社会保障など全てにおいて不利に働いた。3ヶ月毎にそれぞれの人間の数字は更新され、その決定方法まで細かく決められていた。


全ての人間が子供の頃から、数字を稼ぐことだけに価値をおいて生活していた。都会で大企業への入社を果たしたシャイもそんな若者であった。


シャイは数字を稼ぐために日々汗水を垂らして働いている。ある日会社で定年退職を迎えた先輩のペイと2人で話をする機会があった。


ペイは社内でも一二を争うほどに自分の数字を高めた成功者であり、シャイにとっては憧れの的である。シャイは自分もペイのように誰よりも数値を稼ぎたいということを伝えた。しかしペイの返答は意外なものだった。

「私は自分の人生を周りに認められるためだけに使ってしまった」

そう言うペイの目は後悔の念が溢れているようだった。

「なぜそれがだめなんです?それこそが我々が生きる意味ではないですか?」

「いらんことを言ったな。気にせんでくれ。お前はお前の信じているように頑張ればいい」

と言って立ち去ったペイの背中はどこか寂しげだった。シャイにとってはそれが意外でならなかった。


ある日シャイは仕事上である天文学者と出会うことがあった。名をレイコスといった。彼は新しい星を多く発見しているが、実用的な知識ではないとして国からは大して注目されていなかった。それもあって個人としての数値も低かった。


「あなたは数字を稼ぎたいとは思われないんですか?」

「自分が好きなことを出来ているからな、別に仕方がないわな」

レイコスは平然と答えた。シャイにとっては新鮮であるとともに、何という愚さかと衝撃を受けた。そんな人間には初めて会ったのだ。

「馬鹿げた男だと思ったか?だがわしの研究はこの国でこそ注目はされないが、外国では評価してくれている人が多くいるんだ。だから決して無駄なことをしているわけではない。この国での数値にだけはつながらんがね。しかし星空を見上げることがわしにとっては一番幸せなんだよ」


シャイはその晩レイコスについて考え続けた。最初は理解不能だと思ったが、しかしふと数値を稼ぐことに人生を費やしてそれに後悔をしているようだったペイに比べると、あの天文学者は本当に幸せなのかもしれないと思えてきた。


シャイにはパタラという交際相手がいて、もうすぐで3年ほどになる。シャイはパタラにプロポーズをすることにした。

「これから会社でさらに数字を稼いで誰もが認める存在になってやる。僕たちのそれぞれの数値なら、子供を生んでも幸せに育てられるさ。だから結婚してくれないか?」


この国の家族制度では、両親の数値によって子供の数字が決定する。だから誰しもが相手の数値を念入りに確認する。当然シャイもパタラの数値が高いことは確認している。


プロポーズの言葉を聞いたパタラは泣き始めた。それは嬉し泣きなのかと思っていたが、しばらくしてそうではないことが分かってきた。

「私は自分の数字を正直に伝えなかった。私の数字は本当は全然大したことがないのよ。でもそれを言ったらあなたに捨てられそうだったから口にすることができなかった。本当にごめんなさい」

「じゃあ嘘だったのか?これまで僕が知っていた君の数字は」

「そうよ。それでも私のことが好き?」

シャイが返答に窮したのを見て、パタラはさらに声を上げて泣いた。


「あなたは私を愛していたわけじゃない。ただ数字が大きい女なら誰でもいいのよ。それだけが人間を決める全ての基準なんだから」

「落ち着いてくれ。1回ちゃんと話そうじゃないか」

「どうせ別れてくれって言うんでしょ?数字のない女になんて、あなたは用がないはずよ。あなたはずっとそうよ。数字を稼ぐことしか考えていない。それだけがあなたにとっての生きがいで、そして自分と同じように生きている人間にしか興味はないんだから」

「そうじゃないよ。だけど」

シャイは言葉が詰まった。否定しようとしたが、パタラの言う通りなのである。数字以外に自分や他人を判断する基準を知らなかった。それをパタラは批判している。だけどこの国の人間はみんなそうじゃないか、そうしないと生活を送っていけないんだから仕方がないじゃないかと反駁したかった。だが今のパタラにそれを言うのはまずい。


シャイはこの日のことを友人であるカルクに相談した。彼は学生時代からの竹馬の友であり、シャイと同じように都会の大企業にて働いている。


カルクはパタラについて、

「そんな女はとっとと振ってしまうことだな」

と吐き捨てるように言った。

「数字にとらわれるべきではないなんて馬鹿なことを言うやつがたまにいるが、そんなのは戯言だ。そういうやつは才能がない自分を認めたくないからそうやって正当化しているだけだ」

「そんな1つの基準だけで本当に人間の優劣が分かると思うか?」

シャイは反論した。あれだけの苦しみを背負っているパタラについて、そんな一言で片付けてしまうのはあんまりじゃないかと思ったのだ。


「どうした?お前らしくもないじゃないか。昔からその基準だけを信じてやってきたんじゃないのか?そうすることでしか俺たちは幸せになれないんだ」

「幸せか、今の俺は幸せなんだろうか?」

「ちょっとは頭を冷やしたらどうだ。長年好きだった女が数字の低い女だったら誰だって動揺するさ。お前はそれでちょっとおかしくなってるんだ」

「カルク、俺には今のお前が幸せには見えないよ」

それだけ言ってシャイは出て行った。


シャイはあの日以来初めてパタラに会った。

「すまなかった。お前の言う通りだ。俺は数字を上げることで幸せになれるという信仰にとらわれていた。そのせいで君への愛情さえ失うところだった。でも本当に大事なのはそんなことじゃない。嘘じゃないさ。僕はあれから考えてそう思うようになったのさ」

「私こそ嘘をついていてごめんなさい」

「かまわないさ。改めて僕と結婚してくれないか?もう僕は会社も辞める。やりたいことができたんだ。もう数字を追うのはやめるよ。それでも君となら幸せになれる」

「お願いします」

2人は結ばれた。シャイの決断は、この国においては正気の沙汰とは思われないものである。しかし迷いはなかった。


シャイは天文学者のレイコスに再会して事の次第を全て伝えた。

「覚悟はできてるか?お前は好きなことをやってる俺を羨ましく思ったんだろうがな、世間とは冷たいものだぞ。常識通り生きていない人間というのは理解もされないし心ないことを言われるのが世の常だ。いずれにせよ幸せになるとは難しいことだな」

「覚悟ならできています。ありがとうございます。こんな決断ができたのもあなたと出会えたからです」

シャイは背を向けて歩き始めた。


レイコスは中断していた天体観測を再開した。今日は星がよく見える。1つ小さな星を見つけた。光り方も弱い。だけどひときわ存在感を放っているように思えた。

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