田舎のメガネ少年、失敗魔法で世界を変える!?
「今日は基礎攻撃魔法の実技練習を行う。標的に向かって『ファイアボルト』を放て」
ルーヴァン王立魔術学院第二学年の実技室に、サクリア・バーン先生の厳かな声が響いた。王国随一の魔術学院として知られるこの学園では、魔法の成績が学生たちの将来を左右する。そのため教室の空気は常に緊張感に包まれていた。
「はい、先生!」
生徒たちが次々と標的に向かって炎の矢を放っていく。金髪に紺色の瞳を持つルーク・アーヴァインは、中程度の威力で見事に的中させた。茶髪のおさげにそばかすが愛らしいカリーナ・クリスタは、精密にコントロールされた美しい炎で標的の中心を貫いた。
「さすがカリーナ、完璧だな」
「いつも通り優秀ね」
クラスメイトたちの賞賛の声が上がる中、眼鏡をかけた中性的な少年、ルカ・グラジオだけが震える手で杖を握りしめていた。
「ルカ、君の番だ」
サクリア先生の呼びかけに、教室がざわめいた。
「また爆発するんじゃない?」
「窓ガラス、大丈夫かな?」
「今度はどんな惨事になるやら…」
ルカの魔力は学年最低レベル。これまでの授業では、簡単な魔法でさえ必ず予想外の大爆発を起こしていた。教師陣の間では「歩く災害」とまで呼ばれている始末だった。
「ル、ルカ…」カリーナが心配そうに見つめる。
「大丈夫だって、ルカ!」ルークが励ましの声をかけた。
ルカは深呼吸して杖を構えた。今度こそは、今度こそはまともな魔法を──
「ファ、ファイアボルト!」
その瞬間──
**BOOOOOOOOM!!**
教室全体が真っ白な光に包まれ、轟音と共に巨大な爆発が起こった。窓ガラスが粉々に砕け散り、机と椅子が宙を舞い、生徒たちは慌てて床に伏せた。
煙が晴れると、標的どころか壁に直径三メートルの穴が開いていた。隣の教室まで見通せる有様で、向こうの授業が中断されているのが見えた。
「またやっちゃった…」
ルカは頭を抱えてうずくまった。クラスメイトたちは呆れ顔で立ち上がり、制服についたほこりを払っている。
「もう慣れたけどさあ」
「今回は特に派手だったね」
「隣のクラス、可哀想…」
ルークが苦笑いしながらルカの肩に手を置いた。
「またかよ、ルカ!でも、みんな笑いすぎだろ」
カリーナは汚れた制服を直しながら、困ったような表情でルカに近づいた。
「ルカ…お願いだから集中して!このままじゃあなた…」
サクリア先生は穴の開いた壁を見つめながら、なぜか微かに笑みを浮かべていた。
「ルカ、次に期待しているぞ。君の魔法には…何か特別なものがある」
翌週の魔術理論の授業で、サクリア先生が重大な発表をした。
「来月、専攻決定試験を実施する。この試験の結果によって、君たちの専攻分野と将来の進路が決まる」
教室がざわめいた。ルーヴァン王立魔術学院では、専攻によって卒業後の道が大きく変わる。宮廷魔術師、冒険者ギルド、研究機関…すべてはこの試験にかかっていた。
「治癒魔法専攻なら王都の医療機関、攻撃魔法専攻なら軍や冒険者ギルド、制御魔法専攻なら研究機関への道が開ける。十分に準備をしておくように」
授業後、中庭で三人は並んで歩いていた。
「私は治癒魔法専攻を目指すつもり」カリーナが決意を込めて言った。
「人を助ける仕事がしたいの」
「俺は攻撃魔法かな」ルークが軽やかに答えた。「派手で分かりやすいし、性に合ってる」
二人がルカを見た。
「僕には…何もない」ルカが肩を落とした。
「魔力は少ないし、まともな魔法も使えない。きっと試験も爆発して終わり」
「そんなこと言うなよ」ルークが肩を叩いた。
「失敗したっていいじゃん。何か見つかるって」
「でも現実は厳しいのよ」カリーナが困った表情を見せた。「成績が悪いと…」
「分かってる」ルカが自嘲気味に微笑んだ。
「僕の爆発、威力だけは本当にすごいけど、コントロールできない魔法なんて、魔法じゃない」
三人は黙って歩き続けた。夕日が学園の尖塔を赤く染め、長い影を作っていた。
専攻決定試験の日がやってきた。学園の大講堂には全学年の生徒と教師陣が集まっていた。試験は公開制で、実際の戦闘を想定した魔物の幻影との戦いだった。
「ルーク・アーヴァイン、前に出ろ」
ルークの番がきた。彼は軽やかなステップで試験場の中央に立つと、現れた狼型の魔物幻影に向かって鋭い氷の矢を放った。威力は中程度だが、正確で無駄がない。見事に魔物を撃破すると、会場から拍手が起こった。
「合格だ。攻撃魔法専攻を認める」
次はカリーナの番だった。
「カリーナ・クリスタ、前に出ろ」
カリーナは落ち着いて試験場に向かった。現れた複数の魔物幻影に対し、彼女は巧みに治癒魔法を応用した浄化結界を張り、制御魔法で動きを封じ、最後は精密な攻撃魔法で仕留めた。完璧な連携技に、会場は感嘆の溜息に包まれた。
「素晴らしい。治癒魔法専攻を認める」
そして、最後にルカの名前が呼ばれた。
「ルカ・グラジオ、前に出ろ」
会場がざわめいた。今度はどんな爆発が起こるのか、生徒たちは期待と不安の入り混じった表情を見せていた。
「爆発して終わりでしょ、どうせ」
「今度は講堂が吹っ飛ぶんじゃない?」
「先生たち、結界の準備は大丈夫?」
ルカは震える足で試験場に向かった。ルークが拳を握って応援し、カリーナは祈るように手を合わせていた。
現れたのは巨大な熊型の魔物幻影。ルカは杖を構えたが、手の震えが止まらない。
「僕には…できない」
その時、サクリア先生の声が響いた。
「ルカ、君の魔法を信じろ。失敗を恐れるな」
ルカは目を閉じ、深く息を吸った。そして杖を高く掲げた。今まで「失敗」と呼ばれ続けた自分の魔法に、初めて正面から向き合った。
「僕の魔法よ…」
「ファイアボルト!」
**BOOOOOOOOOOOM!!!**
今度の爆発は桁外れだった。講堂全体が眩い光に包まれ、魔物幻影どころか試験場の魔法陣そのものが消し飛んだ。爆風で観客席の生徒たちが座席に押し付けられ、教師陣も慌てて防御結界を展開する始末だった。
しかし、煙が晴れた時、誰もが息を呑んだ。
爆発の中心にルカが立っていた。そして彼の周りには、虹色に輝く魔力の光が渦巻いていた。その魔力の純度と量は、まるで宮廷首席魔術師クラスのようだった。
「これは…」サクリア先生が驚愕した。
「低魔力でこれほどの現象を起こすなど…」
「これは失敗ではない」
サクリア先生の声が静まり返った講堂に響いた。
「これは新しい魔法だ。従来の理論を超えた、未知の領域への扉だ」
会場がざわめいた。ルークは目を見開き、カリーナは感動で涙を浮かべていた。
「ルカ・グラジオ。君には新設する『未知魔法研究専攻』への道を用意しよう。君専用の、特別な専攻だ」
ルカは信じられない思いで先生を見つめた。
「本当に…僕の魔法に価値が…?」
「ああ」サクリア先生が頷いた。「君の魔法は確かに制御が困難だ。しかし、その可能性は無限大だ。これまで誰も踏み入れたことのない領域への、第一歩かもしれない」
試験後、夕暮れの中庭で三人は再び歩いていた。
「マジでお前、危険物扱いだな!」ルークが笑いながら背中を叩いた。
「でも、すげーよ。あの爆発、学園の歴史に刻まれるって」
「本当にすごかった」カリーナが感慨深げに言った。「ルカ、あなたの魔法…とても美しかったわ」
ルカは空を見上げた。夕日が雲の隙間から差し込み、学園を金色に染めている。
「僕は…この魔法を研究して、必ずみんなを守れる力にしてみせます」
「その時は俺たちも手伝うからな」ルークが笑った。
「もちろん、私たちはずっと友達よ」カリーナも微笑んだ。
三人の影が夕日に長く伸びていた。失敗だと思われていた魔法が、実は新たな可能性への扉だった。ルカの本当の冒険は、今始まったばかりだった。
初めてハイファンタジー系の物語を書いてみました。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
もし少しでも楽しんでいただけたなら、感想やブックマーク、評価をいただけると励みになります。