表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エルベレス@ダンジョン  作者: みっと
一幕 別れ、そして出会い
9/29

第8章 扉

オラクルの奇妙な神殿を後にして、迷宮の構造がまた単調な石造りの通路に戻り、いくつかの階層を抜けた頃。

あの泉での騒動で生まれた妙な連帯感も、目の前の現実的な問題によってすぐに霧散してしまう。


「…扉が、開かない」

レオが、呟いた。


階段を降りた先の、小さな部屋。そこで、レオが目の前のたった一つの扉を睨めつけていた。

「開かない?」

君のその疑うような声音に、レオは再度扉を全力で押して見せた。だが、扉はやはり、びくともしない。

「鍵はかかってないんだ。多分、時間が経って扉が歪んでる」

「…レオって、力弱いね」

君は思わずそう呟いて、ハッとした。レオがムッとした顔で、突き刺すように君を睨みつけていたからだ。

「じゃあ、君が開けてみろよ」

レオに促され、君は扉の前に立つ。ノブを握って、押したり引いたりしてみるが…やはり、動く気配もない。レオがそれを見て、フンと鼻を鳴らした。

「ほら見ろ、君だって開けられないじゃないか…」

君はレオの言葉を横目に、足を後ろに引いて、力を込める。レオが首を傾げた。

「おい、何を…」


だぁああああん!!


君が一気にドアを蹴り飛ばすと、衝撃音と共に砂埃が舞い上がった。レオはあんぐり口を開けたまま、固まっていた。

「まじか…」

埃が落ち着いてくると、視界が晴れてきた。彼の目に映ったのは、粉々に砕け散った無数のドアの破片と、その奥に続く、暗い一本の道。

「開いたけど?」

君は胸を張る。レオが頭を抱えた。


その時だった。レオの長い耳が、ピクリと動く。

「静かに」

レオはそう言って、シッと人差し指を口に当てた。

「数は…、10はいる!敵だ!こっちに向かってくる!」

レオはそう言うと、素早く弓を取り出した。君の耳にも、だんだんと複数の何かが地面を擦るような、不気味な音が届き始めた。

「そんな、なんで急に…」

「寝ていたところを起こされたとか」

まさか、さっきのドアキックのせいか?

「ご、ごめん…」

「…今は、こっちが先だ」

レオはそう言って立ち上がると、矢を何本か掴み、弓に番えた。君はそれを見てうなずくと、剣を鞘から取り出し、構える。

「援護をお願い」

「了解」

レオがマントのフードを深く被ると、彼の姿は部屋の壁と同化して、消えてしまったかのように見えた。彼は影から影へと音もなく移動し、気づけば壁の高い位置に身を潜めていた。


君はそれを確認すると、前に向き直り、剣を強く握った。


薄暗い廊下の奥から、足音と金属の擦れる音とともに、異形の影が奥から近づいてくる。

通路はあまり広くなかったが、奥へと長く続いている。剣は、君の手の中で、まるで太陽を凝縮したかのような眩い光を放っていた。


「行くよ!」

そう言って、走り出した。

まず、先頭を走ってきた緑色のオークの腕を切り落とし、返す刃で首を刎ねる。すかさず、隣から襲い来る、俊敏な狼男(ワーウルフ)の爪を盾で弾き、がら空きになった胴へ剣を突き刺した。

前衛の敵は手強いが、跳んでくる矢で、レオが的確に数を減らしてくれているのが分かった。

これなら、行ける!

そう確信して、目の前に現れた、力任せに棍棒を振るう化け熊(バグベア)を切りつけようと、剣を持つ手に力を込めた、その瞬間だった。通路の奥の闇で、何かが一瞬光ったのを捉えた直後、空気を引き裂くような鋭い風切り音が耳を打つ。考えるよりも早く、君は咄嗟に身を捩った。

刹那、骨が砕ける鈍い感触が腕の芯から全身を駆け巡り、一瞬遅れて、灼熱の鉄杭を打ち込まれたかのような激痛が君を襲った。

「ぐ、ぁッ…!」

悲鳴にならない声が喉から漏れる。慌てて左腕に視線を落とすと、深々と太い槍が突き刺さっているではないか。傷口から溢れ出る血が、君のマントをどす黒く濡らしていく。

痛みと、それ以上の驚愕で、思考が焼き切れる。痺れで腕の感覚がなくなり、左手の盾が鉛のように重い。

「しまった…!」

このままでは…戦えない!どうする!

貫通している、折るのは無理だ。抜くしか無い。だが…その後の止血が間に合うか?

はっとして顔を上げると、次の槍を君目がけて投げようとしている、半人半馬(ケンタウロス)の姿が目に映った。背後からは、まだ息のあるバグベアが唸り声をあげて迫る。

まずい。槍が刺さったままでは、両方避けるのは無理だ!


その時だった。


轟音と共にバグベアの巨体が地面に叩きつけられた。ほぼ同時、ケンタウルスも悲鳴を上げ、握っていたはずの槍を力なく手放す。その手首には、見慣れた銀色の矢が深々と突き刺さっていた。


「エルフの矢、レオ!」

安堵の息とともに、強張っていた力が抜け、膝が崩れ落ちそうになる。

助かった…!

「大丈夫か!」

君の視線が、壁の装飾の上で弓を構えるその一点へと吸い寄せられた。ヒュンヒュンと君の横を通り過ぎていく銀の矢は、君を守るように次々と敵の脳天へ吸い込まれてゆく。

「まだ生きてる、油断するなよ!」

その叫びにハッとして、君は顔を上げた。君の目に、唸り声をあげながら、立ち上がろうとしているバグベアが映った。

君はごくりと唾を飲み込む。迷っている時間は無い。今、やるしかない。

君は歯を食いしばり、震える右手で、自らの腕を貫く槍の柄を、掴んだ。


「う、ああああッ!」


叫びと共に、君は槍を力任せに引き抜いた。肉が裂け、筋が断ち切れる感触が腕から全身を駆け巡る。一瞬、視界が真っ赤に染まり、熱い血飛沫が頬に飛んだ。槍の穂先が抜けると同時に、傷口から堰を切ったように血が溢れ出す。声にならない叫び声と共に槍を床に叩きつけると、唇を強く噛んだまま、服を破った布で、腕をきつく縛った。


「…動けるか」

レオの声が背後から響いた。君はゆらりと立ち上がると、右手で剣を強く握った。

「まだ…戦える」

君は大きく深呼吸をすると、雄たけびを上げているバグベアを睨みつけた。

大丈夫だ、左腕は極力使わない!君は一気に床を蹴ると、バグベアの股の間に滑り込み、勢いよくその太ももを切り裂いた。ズキリ、と腕の傷口が開き、ジワリと血が滲む。

君の背後で、バグベアが膝から崩れ落ちる音が響いたが、君はそれどころではなかった。耐えがたい痛みに、貧血で視界がぼやける。…まだだ。あと、残りは…!

そんな君の目に、廊下の奥から湧いてくるように現れる敵の影が映った。

「…キリがない!」


君の様子を見て、レオの瞳が、初めて焦りの色に揺らめいた。

「…撤退だ!あの脇道に逃げ込む!」

君は慌ててレオの指した道を見た。細い道、その先に、古びた看板が掛かっている部屋が目に入った。

「行けるか!」

「簡単に言ってくれる…!」

君は剣を強く握り直した。…無茶な賭けだが、やるしかない。


君は、レオの援護を信じて、ただ一点、脇道だけを見据え、深く深呼吸をした。


「今だ!」


レオの叫び声を背に、君は走りだした。道をこじ開けるように、剣が眩い光を放って、モンスターの壁に大きな穴を開ける。レオの正確な射撃が、死角から君を狙う敵を次々と射抜いていく。

「あと少しだ!」

レオの叫び声が響いたと思うと、腕を一気に掴まれ、二人で部屋の中へ雪崩れ込むように転がり込んだ。君は振り返りざま、全体重をかけて重い木の扉を閉める。


ガチャン!


錆びた(かんぬき)をかける音が、奇妙なほど大きく響き渡った。

君は扉に背中を預けたまま、ずるずると床に座り込む。レオも、君の隣で荒い息をつきながら、崩れるように座り込んだ。

「…助かった」

どちらからともなく漏れた声は、疲労と安堵に震えていた。


薄暗い部屋に、ぼうと明かりが灯った。闇の中に、ランプの光で照らされたレオの顔が浮かび上がった。

「腕、みせて」

君は槍が刺さった左腕に目をやった。傷口が燃えるように熱く、巻かれた布は君の血で赤く染まっている。

レオは君の前に跪くと、一枚の布切れとカバンから緑のポーションを取り出した。そして、慎重に君の腕に巻かれた布を外してゆく。

「いたっ…」

君は痛みに顔を顰めた。

「回復のポーションだよ。しみるけど我慢してね」

彼は布切れにたっぷりポーションをしみこませると、それをそっと君の腕に巻いた。すると不思議なことに、シュワシュワと奇妙な音に続き、だんだんと、刺すような痛みが清流に流されるように和らいでいく。君は、ゆっくりと左手を持ち上げる。

「おっと、しばらくは安静に」

「ありがとう」

君はそう言うと、静かに床を見つめた。

「…ごめん」

本当に、不甲斐ない。結局私はまた、守られてしまった。

「いいや、サポートしきれなかった僕のせいでもあるから」

レオが優しく首を振った。

「僕こそ、ごめん。数を見誤った。君が無事で良かったよ」


そう言いながら心配そうに君の腕を見つめるレオの整った横顔に、君の胸が小さく跳ねた。


傷口の、チクチクとしたむず痒い感覚を押さえるように、君は、右手をそっと巻かれた布の上に置いた。


彼の紫色の瞳に映っているのが、計算なのか、演技なのか、それとも、信頼なのか。君には、分からなかった。



レオから目を逸らすように、君は部屋を見渡した。


そこは、普通の部屋…ではなかった。異様なまでの獣臭に、床に散らばっている毛や争った形跡、それに…踏みつぶされた、ピーナッツ。

「…これは、一体…」

そう呟いた君の目に、古い大きな木の看板が目に入った。そこには、ギリギリ読める掠れた字で、こう書いてあった。


"デイビッドの│お宝動物園トレジャー・ズーへようこそ!”


「…動物園…?」

「もしかして…さっきの大量のモンスター達は、ここに入れられてたとか」

レオが眉を潜め、そう呟いた、その瞬間。

ドン、ドンと、体当たりするような音に続いて、閉めたはずの重い木の扉が軋み始めた。二人の顔から、安堵の色が消える。


「…早く、脱出しないと」

レオの低い声に、君は頷いた。扉が破られるのは、もはや時間の問題だ。

「下階段を探すんだ!」

ランプを掲げながら、レオが叫んだ。揺れる一つの灯りだけを頼りに、君たちは薄暗い部屋の中を走り出す。だが、床はひび割れた石畳の上に土や瓦礫が散乱しており、まともに歩くことすら難しい。

君は瓦礫を蹴って道を作り、レオはランタンを低く掲げて床を照らしながら進む。二人の荒い呼吸音と、背後で激しさを増していく扉の破壊音だけが、部屋に響いていた。

「ここには無い!」

君がそう叫んで、立ち上がったその時。ドスン、と音がして、君の足が何か大きなものに躓いた。

「わっ!」

「どうした」

その音に、レオが慌てて駆け寄り、ランプで君の足元の床を照らし出した。 そこにあったのは、下階段では、無かった。


埃を分厚く被った、古びた一つの木箱だった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ