表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エルベレス@ダンジョン  作者: みっと
一幕 別れ、そして出会い
8/29

第7章 泉の精

「…やってみる」


君のその返事に、レオは満足げに微笑んだ。

「そうこなくっちゃ」

彼はオラクルに向き直ると、部屋の隅にある一つの泉を顎でしゃくった。

「オラクルさん、この泉を使ってもいいかい?」

「…好きにせよ。だが、何が起きても妾は知らぬぞ」

オラクルが、呆れたように息を吐いた。

君はレオと一度目を合わせると、決意を固めて頷いた。鞘からシュッと剣を抜き放ち、ゆっくりと透き通った泉の水面へと近づける。水のひやりとした冷気に当てられ、君はごくりと唾を呑む。

…本当に、大丈夫だろうか。

不安を振り払うように、君は剣の先を水に触れさせると、そのまま柄の根元ギリギリまで、祈るように沈めていった。

するとどうだろう、透明だった水が段々と濁り、底の方からブクブクと泡が浮かび上がってくるではないか。君は慌てて剣を引き上げると、身を乗り出して水面を覗いた。

「これが、泉の精…?」


そう呟いた、その時だった。


シュルシュルという不快な音が響き、腐臭が鼻を突く。汚泥のように濁った水面がぐにゃぐにゃと揺れた次の瞬間、大量の蛇が濁流のごとく溢れ出してくるではないか!


「毒ヌママムシヘビだ!噛まれると死ぬぞ!」

レオの焦った口調に、血の気が引いてゆく。足元で蠢くヘビの塊に思わず後ずさると、水に濡れた剣が赤黒く錆びてしまっていることに気づいた。

「…そんな!」

「落ち着け」

レオが、腰からエルフの短剣を取り出した。君も慌ててレオと背中を合わせると、咄嗟に剣を構える。だが、この狭い空間で、どうやって襲いかかってくる小さな蛇を斬ればいい?!

「言っとくけど、僕近距離は苦手だからね!」

レオはそう言うや否や、素早く短剣を振るった。その剣裁きは、まるで流れる水のようで、君ですら見とれてしまうほど美しい。パワーと一撃の重さ重視の君の戦い方とはまるで違う、無駄な動き一つない、正確に急所だけを突く洗練された技術。…これが、彼が“苦手”な近距離戦闘。

「よそ見するな!」

レオの叫び声に、君ははっとして我に返った。刹那、一匹の蛇が、死角から飛びかかってきたではないか!


「危ない!」

ドン、とレオが君を突き飛ばした。刹那、ガブリ、と鈍い音がして、蛇の牙が深々と突き立てられた。

「レオ!!」

君が叫ぶ。が、レオはチッと舌打ちをすると、素早くヘビを切りつけた。

「僕は大丈夫だ!集中しろ!」

彼の声は普段と変わらず力強い。だが、その額には脂汗が浮かび、顔からは急速に血の気が引いていた。

君は混乱しながらも頷くと、思考を振り切り、目の前の敵に集中する。四方八方から響く、鱗が床を擦る音と、シューシューという威嚇音。君は低く身をかがめ、襲い来る牙を剣で弾き飛ばす。 背後でレオの息遣いが、少しずつ乱れていくのが分かった。

「大丈夫じゃ…ないでしょ!」

君は歯を食いしばり、さらに剣を振るった。焦りが君の動きを加速させ、床を埋め尽くしていた蛇の数がみるみる減っていく。


やがて最後の蛇を仕留めると、部屋には静寂が戻った。


君が安堵の息をもらした、その時。君の目に映ったのは、苦痛に顔を歪め、ふらりと膝から崩れ落ちる、レオだった。ぴしりと、君の心臓が凍りつく。

「レオ!!」

「ごめん…まずかった、かも…」

そのか細い声に、全身から冷や汗が噴き出した。

君は咄嗟に彼に駆け寄り、その肩を両手で掴む。苦痛で歪む顔に、浅い呼吸。腕に空いた小さな二つの穴からタラりと血が垂れ、彼の服を赤く染めた。

恐怖が、鷲掴みにするように心臓を締め付けた。脳裏に、暗闇へと落ちていく白い毛並みがフラッシュバックする。

…まただ。また、自分のせいで、仲間を失う。

絶望に、ぎゅっと目を閉じた、その時。


背後から呆れたようなため息が響いた。


「いい加減にしたらどうだ」

その声に、レオがぱちりと目を開けた。その瞳には先程までの苦悶の色はなく、むしろ「いいところだったのに」とでも言いたげな、つまらなそうな色が浮かんでいた。

「あれ、バレてた」

「え?」

君は混乱してレオとオラクルを交互に見る。オラクルが、忌々し気にレオを睨みつけた。

「…汝、毒耐性を持っとるだろう」

それを聞いて、レオは悪びれる様子もなくカラリと笑った。

「流石オラクルさん、大正解」

状況が飲み込めない君の前で、彼は何事もなかったかのようにすっくと立ち上がり、服の埃を払った。

「昔、毒矢を作ろうとして色々実験してたからね、その時に耐性が付いたんだよ。だから大丈夫って言ったじゃないか」

「…一体、どうやって…」

君の声が震えた。オラクルが肩をすくめる。

「特定のモンスターの死体を食べると、耐性がつくことが稀にある」


ゾクリと、君の背筋が凍った。


その瞬間、脳裏にあの日の光景がフラッシュバックする。彼が差し出してくれた、あの温かいシチュー。

『…もし僕が、毒の耐性を持ってたら?』

あの時の冗談めかした彼の声が、やけに鮮明に蘇る。 あれは、もしもの話などではなかった。


あの時と、同じだ。


「…大丈夫なら、なんで倒れたりしたの、レオ」

絞り出すような声で、そう、呟いた。レオは一瞬だけ少し気まずそうに目を逸らすも、すぐに君の瞳をまっすぐに見つめ返して、真剣な声で言った。

「…騙すような真似して、ごめん。でも、君に、大事な仲間を守るためなら、僕は本当に命を懸けるってことを、見せたかったんだ」

レオが、優しげな笑顔でにこりと微笑んだ。

「それに、君の実力も見てみたかったしね」


「…でも、息切れしてたし…顔色だって…」

「言ったでしょ、僕近距離苦手なんだって」

君は、言葉を失った。安堵と、試されたことへの怒りと、そして彼の真意を測りかねる混乱が、胸の中で渦を巻いた。


…そうか。私は、試されていたのか。


君は、彼の本心を探るように、じっとその紫の瞳を見つめる。


「まあ…無事だったなら、良かったけど…」

そう呟く事しか、出来なかった。


「お詫び…といっても、何だけど。もっかいだけ、試してみないかい?泉の精探し」

君は、自分の耳を疑った。

「レオ、何言って…」

「大丈夫、今度は僕が剣を入れるから。それに、アレより悪いことなんて相当無いんじゃないかな?」

レオは肩をすくめると、笑った。君は錆びた剣とレオを交互に見比べ、渋々彼に剣を手渡した。


「じゃあ、いくよ」

レオがそう言って泉の上で手を離すと、剣はボチャンと音を立てて水に落ちた。

「ちょっと、レオ!」

君は慌てて泉に駆け寄ると、中を覗き込む。そして、絶望した。剣は、深い泉の底まで沈んでしまっている。

「そんな…!」

君が声を震わせた、その時。


泉の奥から、ゆっくりと光る手が上がってきたではないか!


剣は眩い琥珀色を放ちながら、ゆっくりと水面に上がってきた。金色の美しく装飾された柄を、君の手が握る。ずっしりとした、しかし吸い付くように手に馴染む重みだ。

その刃は、もう汚れても錆びてもおらず、夜の太陽のようにキラリと光を反射して君達を照らした。

「…これは…」

「泉の精の、祝福だ」

オラクルが感心したように呟いた。

「…妾も、実際に見たのは、初めてだ…」


レオが、安堵の息をついた。

君は絶句して、そっと剣を撫でる。刀身から、微かな温かさが伝わってくるようだった。

「…すごい」

君の指先が、歯の根元に刻まれた文字を、そっと撫でた。古代のエルフ語…だろうか。君には、読めない。

「…ねえ、レオ…」

そう言って、顔を上げたその時、君はあることに気づいた。顔からサーっと血が引いていく。君はごくりと唾を飲み込むと、肘でレオをつついた。レオが顔を上げる。

「?どうした…」

そこまで言って、レオは口を閉じた。


彼も気づいたのだ、泉の精が出てきた泉が、噴水もろとも、跡形もなく消えていることに!

一つ消えたせいで部屋のバランスが崩れ、ものすごく不格好になってしまっている。


レオは一瞬考えるように目を閉じる。そして、頷くと、目を開いて、君の手を取った。

「…逃げるぞ!」


レオはそう叫ぶと、走りだした!君も慌てて後に続く。きょとんとしていたオラクルだが、泉がない事に気づくと、顔を真っ赤にして、叫んだ。

「おい!待て!!」

彼女の声が遠ざかってゆく。走りながら、レオが声を出して笑った。君も思わず笑いだす。

「貴様ら!お…覚えておけー!!」


薄暗い下階段に、二人の笑い声が響いた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ