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エルベレス@ダンジョン  作者: みっと
一幕 別れ、そして出会い
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第6章 デルフォイ

「これは…」


階段を降りた先は、開けた石畳の広場だった。中央にぽつんと小さな部屋があり、それを囲む壁沿いには、何体もの半人半馬(ケンタウルス)の像が整然と並んでいた。


これが、レオの“当て”だろうか。


慣れた様子で、レオが部屋の前で足を止めた。

「ここが入り口だよ」

君は慌てて彼の後に続き、装飾されたアーチ門から顔を覗かせる。


「入られよ」

中からくぐもった声が響く。レオに目配せすると、彼は促すように頷いた。


恐る恐る足を踏み入れると、部屋の中央に座る女性と目があった。チリリンと涼やかな鈴の音が鳴り、神秘的な香油の香りが鼻を突いた。


冷たい空気がふわりと髪を揺らす。彼女を囲む4つの泉から、カランと神秘的な水音が響いた。

神殿(デルフォイ)へ、よくぞ参られた」

ベールに包まれた女性が水晶玉から顔を上げる。長い漆黒の髪に、全てを見透かすような鋭い瞳。両手の甲には、星の入れ墨が輝いていた。


「…彼女は?」

君が小声で尋ねると、レオも声を潜めた。

「オラクルさん」

「…人間?」

「さあね」とレオが興味なさそうに肩をすくめる。


改めて彼女に目をやると、何やら呟きながら水晶玉を一心に撫でていた。その姿はいかにも神秘的だが、テーブルに散らばった菓子の食べカスが雰囲気を台無しにしていた。


君は小さく咳ばらいをして、彼女に向き直った。

「…あの、ここは…」

「汝は小神託(しんたく)を受けるか?それとも大神託を受けるか?」

低く、威厳のある声。君は思わず目を瞬かせた。

「あ、あの…」

「汝は小神託を受けるか? それとも大神託を受けるか?」

彼女は再度そう言うと、水晶玉に目を落とし、黙ってしまった。


…これは、選ばなければいけないのか?

「…じゃあ…小神託…?」

「50ゾクミズ」

差し出された指輪だらけの手に、君は思わず眉を寄せる。

まさかとは思ったが、やはり…金、取られるのか...。

「50ゾクミズ」

再び繰り返された低い声に、君は渋々カバンを下ろす。どう考えても高すぎる。新品の靴が一足買える値段だ!

君が渋っていると、後ろから伸びてきた手が君を制した。レオだ。

「僕が出すよ」


その声に、オラクルの表情が凍り付いた。レオを捉えた彼女の目が大きく見開かれ、次の瞬間にはあからさまな嫌悪に歪む。チッと鋭い舌打ちが、静かな部屋に響いた。

「…あれ、僕嫌われてる?」

楽しげに目を細めるレオに、オラクルは心底嫌そうな顔でテーブルを指で叩いた。

「…50。現金のみ、釣りは無し」

「分かってるよ、急かすなって」

レオは肩をすくめると、慣れた手つきでテーブルに銀貨を五枚、滑らせるように並べた。

「はい、丁度」

レオのその態度に、オラクルが意外そうに眉を上げる。

「…今回は、ちゃんと金を持ってきたようだな」

その意味深なオラクルの一言に、君は思わずレオを振り返った。

「“今回は”?」

「僕は顔が広いんだよ」

レオが肩をすくめる。オラクルは何か言おうと口を開きかけたが、諦めたようにため息をついた。

「…まあ、よい。金さえもらえれば、妾は何も言わん」

彼女はそう言うと、一度咳払いをして、姿勢を正した。


「では、この預言者(オラクル)が、汝らに小神託を授けよう。よく聞け」

彼女はここで言葉を切ると、すっと目を閉じた。

君はごくりと唾を飲み込む。ダンジョンの神託…一体、どんな凄いものが…!


「泉の精はどこだ?今はどこかの泉に住んでいると言われている。」



君は次の言葉を待つが、それっきり彼女は喋らなくなってしまった。


「あの...?」

「汝は小神託を受けるか?それとも大神託を受けるか?」

そのまったく同じフレーズに、君は目を瞬かせた。

…まさか、これだけ?

ちらとレオに目をやると、彼も眉を潜めたまま首を傾げていた。

「…オラクルさん、流石にもう少し説明してくれ」

「これ以上は有料だ」

オラクルが他人事のように肩をすくめた。ピキリと、レオの額に筋が走る。

「こんのぼったくり…詐欺で訴えるぞ」

「訴え…?」

レオの言葉に、オラクルが目を見開いた。

「わ、分かった、落ち着け」

そして、小さく咳き込むと、小さな声で呟いた。

「コホン…もしかしたら、剣を泉に沈めれば、精霊が見つかる…かもしれん」

オラクルはそれだけ言うと、レオを睨みつけた。

「これで満足か?」

「ありがと、オラクルさん」

レオがにこやかに礼を言うと、オラクルは少し顔を赤くして、忌々し気にフンと鼻を鳴らした。


味を占めたように、レオがニヤリと微笑む。

「じゃあ、今度は大信託を」

「1300ゾクミズ」

彼女はそう言って、当たり前のように手を差し出した。

君は思わず目を見開く。そんな大金、全財産をかき集めても到底足りない!

「うーん、1300か…」

レオが呟いて、ぱっと顔を上げた。

「大丈夫。見てて」

彼は小さく君にウインクすると、頭のフードを勢いよく取った。


絹のような銀髪が揺れ、彼の紫色の瞳が光に照らされキラリと輝いた。

「待て…やめろ…」

オラクルの声が掠れた。先程までの図々さが嘘のように、頬を赤くして固まっている。レオはそれを見てすっと目を細めると、そっと彼女のテーブルに手をついた。

「…ねえ、オラクルさん。昔のよしみで、少しだけ安くしてくれないか。ほら、この通り」

彼のあまりに繊細で今すぐにでも崩れてしまいそうな表情に、君も思わず息を呑んだ。オラクルも無視をしようと努めたようだが、そうしないうちに顔を真っ赤にして叫んだ。

「…1000だ!これ以上は安くせんぞ、この性悪エルフ!」

レオはぱっと机から手を離すと、待ってましたとばかりにニコッと微笑んだ。

「うん、それでいいよ。その代わり、“三神器”について教えてね」

カタンと、金貨が10枚、赤いクロスの上に置かれた。


君は、思わず息を呑む。…金貨なんて、平民なら一枚でも滅多にお目にかかれないのに、それを10枚。自分は貧乏ではなかったはずだが、ひと月は暮らせるほどの大金をこれほど無頓着に手放す人間は(エルフだが)、生まれて初めて見た。

…彼は、一体、何者なんだろうか。


オラクルは少し感心したように目を細め、それをしっかり数えて懐にしまうと、小さなため息をついた。

「…では、ゆくぞ。このオラクルの大信託、心して聞け」


彼女はそう言うと、すっと目を閉じた。途端、部屋のろうそくがすべて消えたと思うと、部屋の中の泉が呼応するように勢いを増す。そして、彼女の手の中の水晶玉が一気に光を放った。

「…魔除けを探さんとする、冒険者たちよ」

彼女の目が、ゆっくりと開かれた。黒かったはずの瞳は今や星屑のような淡い銀の光を放っており、その声は脳内に直接響いてくるような、美しい歌だった。


ゲヘナの奥深く、地面の振動する場所からモロクの聖地に入られよ。銀の│ベルの純粋なる音が汝に告げ,祝福されし燭台(しょくだい)の光が道を示す。モロクの本より読まれしルーンは、地を力強く揺らさん。魔除けを手にした赤き星は、三人の騎士が道を開くとき、天へと昇るだろう…


オラクルはそう言い終わると、そっと目を閉じた。水晶玉が徐々に光を失い、部屋の消えていたろうそくに再度小さな炎が灯った。

「い、今のは…」

「書いておいて」

レオに促され、君はポケットに入ったままの携帯食料の包み紙に、急いで歌を書き写した。


「釘をさしておくが…一番重要な神託を授けたのだ、これ以上の情報はあげられんぞ」

先ほどの威厳が嘘のように、オラクルがか細い声で呟いた。

「うん、ありがとう」

レオはにこやかに礼を言うと、君に向き直った。

その紫色の瞳が、悪戯っぽくキラリと光る。


「さて…『剣を泉に沈めれば、泉の精が見つかる』だっけ? 」

「え?」

「あの小信託だよ。早速だけど、どうする?試してみるかい?」

まるで君の度胸を測るかのように、彼は楽しげに問いかけた。


君は鞘の中の剣にちらと目をやった。このオラクル…胡散臭いが、嘘をついているようにも見えない。それに、泉の精というのも気になる。

君は一瞬ためらうも、レオの挑戦的な視線を受けるように、顔を上げた。


「…やってみる」


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