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エルベレス@ダンジョン  作者: みっと
一幕 別れ、そして出会い
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第5章 冒険

「…どうしたの?」

その問いに、君は、バッと顔を上げた。


「なにか、あった?」

いつの間にか、レオが君の顔を覗き込むように座っていた。君は衝動的に、手の中の写真を隠すように、それを握った。


何か、言わなくては。だが、必死に口を開いても、酸欠にでもなったように、言葉が出てこない。


「ゆっくり、深呼吸して」

レオは優しくそう言うと、そっと君の脈を測った。そして、素早く腰の水筒を差し出す。

「水、飲んで」

君はごくりと水を飲み込むと、再度大きく息を吸った。


「…ごめん。もう大丈夫」

「良かった」


レオはそう言うと、探るようにじっと君を見つめた。

「なにがあったの?」


レオに言われて、君は目を逸らす。

…聞く、べきか?この、写真の事。

君の指先が、写真の角に触れてカサリと小さな音を立てた。


だが、聞いてどうなる?拾ったと言われてしまえば、それで終わりだ。


「…少し、昔のことを、思い出しただけ」

君がそう言ってうつむくと、レオが静かに目を細めた。

「昔の事、ねぇ…」

レオの探るような視線が、君に突き刺さる。それに耐えきれず、君は自分のカバンを開くと、隠れるように手を突っ込んだ。そして、手の中の写真を奥底に押し込んだ時、食べかけの携帯食料が目に入り、それを取り出した。

「…お腹、空いてる?」

君は目を逸らしたままそう呟いて、彼にそれを一欠片彼に渡した。


するとレオは、先程までの様子が嘘のように、喜んでそれを受け取った。

「いいの?やった、いただきます」

彼がそれをぱくりと頬張り、パラと乾いた粉が床に落ちる。

「うん、携帯食料って味だ」

「それはどうも」

君の返事に、レオが困ったように眉を下げた。

「怒るなよ。これからは、僕が美味しい物を作ってあげるから」

その一言に、君の動きが止まる。

「…“これから”?」

「マントの代わりに、一緒に旅に出るって約束だろ?」


君は、自分が羽織っているエルフのマントに目をやって、レオに視線を戻した。

「…そうだっけ」

「そうだよ。大変だったんだよ、それ作るの」

そう言ってマントを指差すレオの顔を見て、君は思わず目を逸らした。

「でも、レオにメリットが無いように見えるんだけど」

「それが、あるんだよ」

レオはそこで言葉を切ると、少し考え込むようにして、口を開いた。

「実は、僕一人じゃ、“海”を越えられないんだ」

「海?」

「そう、この少し下に海の層があるんだ。そこに居るボスを倒さないといけないんだけど、奴が少し厄介でね」

彼は君をチラと見ると、すっと視線を床に戻した。

「僕たちの出会いも何かの縁、君の剣の腕を僕に貸してくれ。代わりに僕は、このダンジョンの知識と、この(弓使い)を君に貸すよ」


レオはそう言って、壁に掛けてあった弓を手に取った。華美な装飾こそないものの、流れるような曲線に磨き上げられた滑らかな銀白色の木でできたその弓は、レオの美貌に劣らず、美しい。

認めよう。これは、良い弓だ。でも…

(使い手)の実力が見たいって?」

君の心でも読んだかのように、レオがそう言った。

君は頷く。お荷物を抱えるのは、ごめんだ。

「…良いよ、見せてあげよう」

彼は悪戯に微笑むと、さっきの携帯食料の包み紙を拾い上げた。そして、部屋のドアを大きく開け、その先に続く、長く薄暗い廊下を指さした。

「さあ、好きなだけ遠くに行ってくれて構わないよ。準備ができたら、君のタイミングでその包み紙を落としてくれ」

レオは君に包み紙を手渡すと、矢筒から矢を一本抜いて、廊下を見据えるように目を細めた。


君は、手渡された小さな紙切れを見つめ、目を見開く。

こいつ…正気か?

この廊下、30メートルは余裕であるだろうか。それを、この暗闇で、たった一本の矢で、この小さな紙切れを、撃ちぬくだと?


思わず顔を上げた先にあったのは、さっきまでの柔らかいレオとはまるで別人のような…自信に満ち溢れた、鋭い刃物のような、瞳だった。彼が弓を握ると、目に掛かっていた銀髪がさらりと揺れる。

その、凍るような余裕の笑みに。ゾクリ、と背筋が痺れる。


「ほら、行った行った」

レオに背中を押されて、君は長い廊下を進み始めた。


…自信満々に、好きなだけ遠くに行っていいと言っていたな。

見せてもらおうじゃないか。彼の“実力”を。

君は、廊下を歩く足を速め、突き当りで立ち止まった。ふと振り返ると、もう拠点の扉も、漏れる明るい光も、廊下の深い闇に飲み込まれてしまっていた。


何も見えない。聞こえるのは、ぽつりと天井から水が滴る音だけ。


君は、言われた通り、左手に紙切れを握りしめ、それを高く掲げた。


そして、合図も無しに。


そっと、手を開いた。

はらり、と。小さな銀の包み紙が、君の顔の前を落ちていく…。


刹那。


空気を切り裂く、短く鋭い音がした。


瞬きする間もなく、君の耳元を、剃刀のような風が撫でる。

遅れて、トン、と。背後の壁に何かが突き刺さる、乾いた音が響いた。


君は呆然と、自分の空になった左手を見つめる。床に落ちたはずの包み紙は、どこにもない。


君は、震える手を押さえながら、ゆっくりと壁に目をやった。


そして、息を呑んだ。


君が立っていた場所からほんの数センチ横。石壁の、ちょうど君の顔の高さに、一本の矢が深々と突き刺さっていた。


そしてその矢の先端は、あの小さな包み紙の、ど真ん中を寸分の狂いもなく貫いている。


まだ微かに震える矢羽根を見つめながら、君は、全身が痺れるのを感じた。


暗闇の中、何十メートルも離れた、落下する紙を、音だけを頼りに。


「…当たった?…」


遠くから、木霊するようにレオの声が響いた。


君が壁を見つめたまま動けずに突っ立っていると、闇の中から、レオが音もなく現れた。

「これで僕の実力、信じてくれたかい?」

彼は壁に刺さった矢を引き抜くと、貫かれた包み紙をひらりと君に手渡した。


自分の目が信じられない。だが、彼は、やって見せた。

この実力…只者ではない。弓の名手という言葉でも生ぬるいほどの、才能と、努力。

「この弓の腕で。海を越えられないから、私と旅がしたいと…」

「海の層の奴は特殊なんだ。普通の敵じゃないんだよ」

肩をすくめて、レオがそう言った。


…彼は、何かを、隠している。


君の本能が、そう言っていた。


目的はなんだ?彼が探しているのは…丁度いい、肉の盾だろうか。確かに、私はその役にはもってこいだ。


「嘘じゃないよ。本当に倒せなくて困ってるんだ。君も海の層に着いたら分かる」

レオが呆れたように呟いた。君は彼を横目に、目を伏せた。


彼の言葉の真偽は、正直、どうでもよかった。

シロを失ってから、このダンジョンはただひたすらに静かだった。終わりのない灰色の通路を、たった一人で歩き続ける。その沈黙が、冷たい水のように、じわじわと心を蝕んでいく。だが、彼の存在は、確かな「音」だった。


それに、この少年は何かを知っている。私の記憶の、あの写真の謎を。


君は一度ため息をつくと、顔を上げた。

「…分かった」

レオがぱあと目を輝かせた。

「でも…条件がある」

君は、そこで一度、言葉を切った。

「手に入れたアイテム配分は、その場で話し合い。お金は半分。そして…」

君は続ける。

「イェンダーの魔除けは、私が貰う。」

それを聞いて、レオが面白そうに目を細めた。

「うん。それで構わないよ」


「それと、もう一つ。貴方にも秘密があるように、私にも話したくない過去がある。だから、お互いの過去は詮索しないと約束して」

「いいよ。約束しよう」

レオはピンと小指を立てて、微笑んだ。


「じゃあ今度は、僕が聞いても良いかな」

彼はそう言って軽く咳払いをすると、椅子に座り直す。

「君は、イェンダーの魔除けで…何をするつもりなんだ?」

「地上まで持ち帰って、魔除けをテュール様に捧げる。それが、私達(ヴァルキリー)の使命」

そうすれば、テュール様の正義の元、戦争のない、真の平和が訪れる。


「テュール…ラウフル国を統べる、武力と正義の神か」

「知ってるの?」

君が顔を上げると、レオが頷いた。

「もちろん知ってるよ、信じてはないけど。僕達エルフは、エルベレス様の信徒だから」

「える…べれす」

「そう。その御名を大地に刻んで繋がりを築けば、本当の祈りが届くのさ」


エルベレス。聞いたことのない神の名前だった。

「本当の、祈りって…」

君が言い終わる前に、レオが口を開いた。

「コホン…ともかく。世界平和は、魔除けを捧げた“結果”だろ?僕が聞きたかったのは、魔除けを神に捧げた“報酬”に、君が何を願うか、だよ」


…“報酬”。

君はその言葉を何度か、頭の中で繰り返した。


「僕がよく聞くのは金だけど、君は?美貌?力?それとも権力?」

レオが指を折って探るように首を傾げた。


「…考えて、なかった」


それが素直な答えだった。

この、生存者ゼロのダンジョンで、自分が魔除けにたどり着ける未来が、よく見えなかった。

村を出た時の君は、ただ一心に、あの村から逃げたかった。

ずっと、息が詰まりそうだった。次期村長になるジェームズの隣に、自分が居るのが耐えられなかった。彼に迷惑をかけるだけの存在。彼の未来を曇らせるだけの影。 彼が優しければ優しいほど、その罪悪感はナイフのように胸に突き刺さった。

そこに現れた、ダンジョン。本気で良い賭けだと思った。“世界平和”のために、命を捧げた尊い少女。成功しても失敗しても、私は“英雄”になるのだから。

…でも、ジェームズと離れて、シロを失った今、ここでの死が、どれだけ理不尽で、どれだけ無意味かを、気づかされた。

レオの言う通り、自殺も、戦死も、結局は、同じ所へ行く。

シロが守ってくれた命を、ジェームズが信じてくれた私を、こんな場所で終わらせてられない。

それに、やっと手に入れた自由を、手放すわけにはいかない。

「だから…“報酬”も、考えておく」


「…変わってるな、君」

レオが、楽し気に小さく笑った。

「でも、面白くて僕は好きだよ。さっきまでの自殺願望者よりよっぽどマシ。これなら、僕もやりがいがあるってものさ」


レオはそう言うと、パン、と手を叩いて空気を変えた。


「じゃあ、ここから本題。魔除けを探してるなら、まずは『三種の神器』を見つけないといけないだろ?」

三種の神器。君も、聞いたことがあった。魔除けの、三つの守護者。

「どこにあるの」

君がそう聞くと、レオが頭を掻いた。

「そこまでは僕も知らない。でも、僕に当てがある」

「当て?」

「そう。準備が出来たら、彼女に会いに行こう」

レオはそう言うと、大きく欠伸をした。


彼が目を(しばた)かせるのを見て、君は彼が寝ていないことを思い出した。

「私が見張りをするから、レオも少し休んだほうが良い」

レオが首を振った。

「大丈夫、疲れてないから」

「…遠慮しないで」

「してないよ。エルフは寝ないのさ」

君は訝しげにレオを見た。寝ない?そんな生き物がいるのだろうか?


「…これは、ほんとだよ。僕は、もう何十年も寝てない」


レオはそれだけ呟くと、弓矢と、壁にかかっているツルハシを掴み、準備されていたカバンを背負った。君も慌てて支度をすると、髪を高い位置に結びなおす。


「…時は、来た」

レオはそう呟くと、部屋の隅にそっと置いてある、とっくに枯れて、乾ききった│烏草頭ウルフスベーンの花の小枝を、さっとポケットに突っ込んだ。

「…レオ?」

君に呼ばれ、彼は振り返ると、にこりと優し気に微笑んだ。

「さあ、行こうか。ついてきて、下階段はこっち」

手を引かれて君は歩き出す。冷たく湿った石の壁が続く通路に、君の足音だけが響く。


「ここだよ」


彼の目の前には、下階段が、真っ暗な口を開けていた。


「さあ。二人の冒険の、始まりだ」


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