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エルベレス@ダンジョン  作者: みっと
一幕 別れ、そして出会い
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第3章 犬

「その血よりも真っ赤なマントは、わざと目立つために着てるのかい?」


シチューを食べ終わった君を、レオがじっと見つめながら呟いた。

「“私を見つけて~”って叫んでるみたい。…あれ、もしかしてそれが狙い?」

その彼の問いに、君は思わず眉を潜める。

「…何が言いたいの」

「いや、純粋な疑問。ものすごく目立つうえに、あまりにボロボロすぎる。マントとしても防御具としても機能してないし、何の為に着てるのかなって」


そう言われ、君は自分の赤いマントに目をやった。穴が空き、破け、泥と返り血だらけのマントは、確かにボロボロだ。だが、捨てるには勿体ないし、何も着ないよりはマシだろう。


「思い入れがあるわけじゃないんだ。それなら…」

レオはそう言って立ち上がると、部屋の隅の古びた木の戸棚から、綺麗に畳まれた布を取り出し、それを投げて渡した。

「僕の予備の分、着ていいよ」

君は片手でそれをキャッチすると、バサッと広げてみせた。


それは、フード付きの美しいマント。柔らかい生地には繊細な金の糸の刺繍が所々に施されていた。色は一見夕暮れの灰色のようだが、動くたびに色味が変わり、森の新緑や田畑の茶色、夜の夕暮れの銀、涙の深紅にも見えた。羽織ると、まるで君の為に作られたように、ピッタリと体に馴染む。


「エルフの、マント…」

君は唖然(あぜん)として呟いた。


エルフの物は品質が高く、買おうと思うととても高価で、一般人が到底手を出せる物ではない。少しの間立ち尽くしていたが、はっとして慌てて持ち金を確認し始める。レオが慌てて両手を振った。

「それは君にあげるよ、お金はいらない」

君は目を見開いたが、すぐに訝しげな目でレオを睨んだ。

「どうして…こんな物を…」


ぱちりと、レオが目を見開いた。だが、直ぐにあははと高い声で笑うと、意地悪に微笑んだ。

「あれ、まだ言ってなかったっけ?」

レオはそう言うと、頭にかぶっていた深い緑色のフードをバサリと取った。


その瞬間、美しい銀髪が露になった。その間から、少し長く、とんがった耳が飛び出している。


「え、エルフ!」


君は思わず叫び、彼の美貌に息を呑んだ。

深く被られていたフードのせいで見えなかった、透き通るような白い肌に、ツンと高くて小さな鼻。絵に書いたような小顔に、キラリと輝くアメジスト色の瞳。それは、全てを奥底まで見透かしてしまうような、同時に何か深い秘密を秘めているような、穏やかで鋭い瞳だった。

隙間風が、レオの月光をそのまま束ねたかのような、流れるような銀髪を揺らす。彼が恥ずかしそうに微笑むと、ふわりと、森林のヒノキのような香りが広がった。


思わず目を疑うような、美少年という言葉では到底表せない、美しさ。


「当たり。ここでエルフを見るのは初めてかな?」

レオは恥ずかしそうに微笑むと、君の手の中のマントを指さす。

「実はそのマントも、僕が作ったんだよ」

「つ、作った?」

君がそう聞くと、レオは楽し気に頷いた。

「僕は手が器用だから」

「でも、こんな高価な物…!」

君の焦った声に、レオがにこりと微笑んだ。

「これからの旅の仲間への、先行投資さ」


君は、ぱちくりと目を瞬かせた。

…今、なんて?


「旅の仲間、って言ったんだよ、恩人さん」

レオはそう言うと、君の目をまっすぐに見つめた。


「僕に、君の旅のお供をさせてくれ」


沈黙が辺りを包む。君は、マントを握ったまま、動けないでいた。


「…駄目かい?」

レオが、探るように君の顔を覗き込む。


君の唇からこぼれたのは、自分でも驚くほどか細い声だった。


「…ごめん」


その一言に、レオが目をすっと細めた。

「理由を、話してもらえるかな」


理由、なんて。

仲間、という言葉が、鈍器のように胸を打つ。脳裏に焼き付いて離れない、暗闇に消えていく白い毛並み。

そう、あの時、私は決めたんだ。

「…仲間は、もう、作らない」

「なぜ?」

レオの瞳が、まっすぐに君を捉えた。

「…それは…」

「話して」

彼のあまりに優しい口調に、彼のあまりに鋭い瞳に、彼のあまりに暖かい体温に。

君の口が、勝手に開いた。


「私は…仲間を見殺しにした」


君は僅かに躊躇いながらも、言葉を続けた。


「…私は...仲間を見捨てて、逃げた」


抑えていた感情が溢れ、ぽろぽろと涙が頬を伝って床に落ちた。

「私に…仲間を持つ資格なんて…無い」

言うつもりのなかった言葉が、堰を切ったように溢れ出してくる。


「あの時…私のせいで、シロは…!」


なぜ、会ったばかりの彼にこんな話をしてしまうのだろう?


涙で景色が滲む。彼の穏やかなアメジストの瞳に見つめられていると、まるで昔から知っている誰かに話しているような、不思議な安心感に包まれる。シチューの温かさも、このマントの柔らかさも、全てが過去の幸せだった日々を思い出させ、今の孤独を浮き彫りにするようだった。


「ごめん、私は…」


「君の仲間は、君を守って死んだ。違うかい?」

君の言葉を遮って、彼は言った。その声は低く、真剣であった。

「なぜ、それを…」

「それくらい、分かるよ」

ここで彼は言葉を切った。


「…君は、あの犬を見捨てたわけじゃない」


その言葉に、君の涙がピタリと止まった。

…犬?

今、犬と、言ったのか?

「シロを…知ってるの?」

君のその一言に、レオが目を見開いた。

「…え?」

「シロが、犬だって…なんで、知ってるの」


その、一瞬。レオの顔から、一切の感情が、消えた。


途端、ゾクリと背筋に悪寒が走った。感情的になっていた頭が、冷水を掛けられたように覚める。

その、凍るような彼の瞳に、君の手が、無意識に剣の柄を探して床を這った。


「…君が、言ってたじゃないか」

そのひょんとした声に、君は弾かれたように顔を上げた。目の前にいるのは、心底混乱したように眉を潜め、首を傾げる少年だった。

「さっき、君が寝てた時に…寝言で言ってたんだよ。あまりに君がうなされてたから…一体どんな夢を見てたのかなって思ってたんだけど」

レオはそう言うと、心配そうに目を伏せた。


…言われてみれば。確かに、何か夢を…見ていた気がする。


「うん。ずいぶん、苦しそうだった。それだけ、君は辛くて…孤独だったんだろ?」

その澄んだ紫色の瞳に真っ直ぐに見つめられ、君は思わず息を呑んだ。その吸い込まれるような優しい瞳に、その森林のような君を包み込む柔らかな香りに。剣をまさぐっていた君の右手が、動きを止めた。


…そうだ。私は、ずっと、一人で…!


「君は、悪くない。君の、せいじゃない。」

レオが、畳みかけるように、君に囁いた。

「…この迷宮の悪意が、君から彼を奪ったんだ!」


バッと、彼に肩を持たれ、君は言葉を失った。


迷宮が…シロを、殺した。


そうだ。私は悪くない。私は、無実だと、そう、思いたい。

…でも、本当に、そうか?

迷宮に来たのは、私。自分を過信して、アイテム欲しさに危険度の高いノームの鉱山に足を踏み入れたのも、私。シロを置いて逃げたのも、私。


君は彼の手を振り払った。

「違う…私は、何も守れない」

「そんな事は無いよ」

レオが、再度君の手を取った。

「君がいなければ、僕はあそこのトラップで死んでた」

レオが困ったような顔で微笑んだ。君はそれを振り切るように首を振った。


「もう…生きる理由がない!」

君の声が、震えた。


レオが、そっと君の黒髪を撫でる。

「仲間を忘れないために、君は生き続ける。どうか僕に、その手伝いをさせてくれ」

「でも…!」

レオは君の顔を上げさせると、君をやさしく抱き寄せた。


「…大丈夫。君は、独りじゃない」


その、レオの言葉が。


君の心の奥底の、古い記憶と、重なった。


小さな手が、そっと君の黒髪を乱暴に撫でる。石を投げられた傷を、そっと拭く。

大丈夫、俺が傍にいるから。お前は、一人じゃない、と。

そう言って、くれたっけ。


…本当に、お節介だ。


彼も、レオも。


張り詰めていたものが、ぷつりと切れる。抑えきれなかった温かい涙が、レオの肩を濡らした。

「…ごめん」

君は、レオから身体を離すと、乱暴に涙を袖で拭った。

仲間を、忘れないため。そうだ。私が、ここで死んだら、シロも…“彼”だって。私の中から、消えてしまう。


君は、床を見つめたまま、呟いた。

「もう…少しだけ。生きる努力を、する」

「うん。信じるよ」

レオの微笑みが、やさしい春風のように君をそっと照らす。

「だから、もう無理はしないでくれ。いいね?」

そのレオの笑顔が、その温かい優しさが。君の脳裏で、赤毛の幼馴染と重なった。君は、思わずオパールのネックレスを握りしめる。


それを見たレオが、首を傾げた。

「…それ、素敵だね。どうしたの?」

そう言って君のネックレスを指差しながら、レオが目を細める。


「これは…私の故郷で」

「へえ、ヴァルキリー村の名産品か何か?」

「…違う、多分…隣の村で買ったんだと、思う」

君のその曖昧な言い様に、レオが眉を潜めた。

「多分?」

「私は…一度も、村の外に出たことが無いから」

「へぇ…」

レオが、楽し気に口角を上げた。君は、手の中の大きなオパールに目をやった。その艶やかな表面が虹色の光を反射して、キラと輝いた。

「これは、貰った」

「誰に?」

レオは瞳の奥だけを鋭く光らせて、身を乗り出した。


「…ジェームズ」

君は頷くと、目を閉じた。


あの時は思い出せなかったジェームズの顔も、段々と形を取り戻してゆく。


次期村長、君の幼馴染、そして、村でたった一人の、男の子。


瞼の裏に蘇るのは、雪の匂いがした、出発の日の朝の記憶だった。


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