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エルベレス@ダンジョン  作者: みっと
二幕 過去と、真実
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第35章 おかあさん

「…おかあさん、なんで家の外に出ちゃ駄目なの?」


君はそう言って、キッチンで料理をしている女性の、少し色褪せた赤いエプロンを引っ張る。

女性は手を止めると、少し困ったように首を倒した。


「それは…お前には、まだ難しいと思うが…」


君は頭をかしげる。女性は静かに君を見つめていたが、さらりと長い金髪を耳にかけ、君の頭をそっと撫ぜた。

「大丈夫。あと少しで、もう、お前も隠れる必要は無くなる」

「そうなの?」

「ああ。だから今は、我慢してくれ」


君は大きく頷くと、にこりと歯を見せて微笑んだ。

「分かった。おかあさんの言う事、聞く」


君のその返事に、女性はどこか安心したようにため息をつくと、再度手元に目を戻す。


「エイミーは、本当にいい子だ。きっと…あの人に、似たんだな」


女性は独り言のようにそう呟くと、そっと自分のおでこの傷に手を当てた。その横顔に、一瞬だけ、切ない色が浮かんだような気がしたが、次の瞬間、思いついたように顔を上げる。


「そうだ。今日は、オムライスにしようか」

君はキラリと目を輝かせた。オムライス!

「でも、卵は高いって…」

「子供はそんな事気にしなくて良い。それに、今日は特別だ」


そう言いながら冷蔵庫を開ける彼女の、後ろ姿を眺める。何だか、どうしようもない不安に駆られて、君はぎゅっと、彼女の足に抱き着いた。


女性は一瞬驚いたような顔をしたが、小さく笑うと、君の顔を覗き込む。

「いい子は、ちゃんと人参も食べないとな?」

彼女の手に握られた人参を見て、君は頬を膨らませる。

「おかあさんの、いじわる」

「冗談、冗談」

女性はそう言って笑い出した。君もそれにつられて笑う。あったかい暖炉の火が揺れ、笑い声が家の中に響く。


「…ああ、そうだ。忘れないうちに一つ、やりたいことがあるんだ」

「やりたいこと?」

女性はキッチンテーブルに手に持っていた卵をそっと置くと、首を傾げる君を優しく持ち上げ、椅子の上に座らせた。

「そう。写真を、取りたいんだ」

君は椅子から垂れた足をばたつかせながら、顔を上げる。

「ご飯の後じゃ駄目なの?」

「だって、ほら…もし料理に失敗したら、全身炭だらけだと、せっかくの写真が台無しだろ」

そう呟きながら、壁のヘリにカメラを乗せる女性を見て、君は小さく笑った。

「…それに、今、この瞬間を撮りたい」

女性はそう言うと、君の服の皺を軽く伸ばして、そっと君の黒髪を優しく撫でた。

「これがあれば、側にいなくても、お前のことを思い出せる」

女性はそこで言葉を切ると、三脚に立てられた写真機のシャッターを押す。

「さあ、笑って。さん、に、いち…」


パシャリ


----------------


「…君は、誰?」


背後から響いた何者かの声に、君はビクッと体を震わせ、慌てて近くの木の後ろに隠れた。


「君も、子供?」


再度響いたその声に、君は恐る恐る頭をのぞかせる。


真っ白な雪のじゅうたんの上に立っていたのは、真っ赤な巻き毛の、一人の少年。年は3,4歳だろうか。緑色の大きな目に、暖かそうな羽毛のついた、仕立ての良いジャケットを羽織っていた。胸元の金色の留め具が、キラと光を反射して光る。


「お祖父様は、この村に子供は俺だけだって言ってたのに」


君は、何も言わずに再度、木の後ろに身を隠す。


…まずい。おかあさんの言いつけを破って、外に出ているのがバレてしまった。


「ねえ、名前は?」


そう言って手首を掴まれ、君は思わず飛び跳ねた。掴まれた手首から、彼の温もりがじんと伝わってくる。


「ご、ごめんなさい!」


そう叫んで動かなくなった君を見て、少年は不思議そうに眉を潜めた。だが、君の冷たい手首と、真っ赤な指先を見て、再度君に目をやる。


「外で雪遊びをするなら手袋をつけないと駄目って、お祖父様が」

「…持って、ない」


君はそう呟いて、ぎゅっと目をつぶって、俯いた。

「…ごめんなさい、家を出て」


少年は、再度首を傾げる。

「なんで、謝るんだ?」

「…家から出たら、駄目だって。お願い、おかあさんに言わないで」


君が言いつけを破ったことを知ったら、おかあさんはどんな顔をするのだろうか。君は、強く手を握った。


「…これ、あげる」


君が顔を上げると、少年は自分の手袋を押し付けるように君に持たせた。


「俺は、ジェームス。君は?」


「…エイミー」


「へえ、エイミー」


誰かに名前を呼ばれるのが、なんだかくすぐったくて、君は小さく身じろぎをする。ジェームズは独り言の様に「エイミー」と再度呟くと、小さな切り株にちょこんと座って、そっと自分の頭の雪を払った。


「…約束するよ、言わないって」

「ほんと!」


君が思わず声を上げると、ジェームズはこくんと頷いて、顔を上げた。

「でも、その代わり。これからは、俺と遊ぼうぜ」


彼が吐いた小さく白い息が、白く凍って空に溶ける。


「いっつも一人だから、退屈してたんだ」

君が何も言わずに小さく頷くと、ジェームズはにっと笑い、君の手を引いて歩き出した。

「じゃあ、いいもの見せてやるよ。俺の、秘密基地なんだ」


少し歩いた先にあったのは、大きな木の根元にできた、子供一人がやっと入れるくらいの(うろ)。覗くと、中には木の実や綺麗な色の石が、宝物みたいに並べられている。

「すごい…」

「だろ?」

君は、キラキラと目を輝かせて頷いた。

「私も、集めたい…」


そう言って、ぎゅっと手袋を握りしめる君を見て、ジェームズが小指を立てた。


「じゃあ約束、毎日この時間ここで会おう」


君は頷いて、悴んだ小指を重ねる。


「うん、約束」


----------------


君は、静かにあの切り株の上に一人、座っていた。


ジェームズが遊び場に来なくなってから、三日が経った。


あの約束から、数週間。毎日、この場所で、この時間に、君たちはこっそり会っていた。雪投げをしたり、木の実を集めたり、隠れ家をつくったり。


…もしかして、忘れてしまったのだろうか。


君は、ジェームズがくれた手袋をぎゅっと握りしめて、はあと小さく白い息を吐いた。

もう、日が沈んでしまう。

静かに雪が降り始め、君はゆっくりと立ち上がると、とぼとぼと来た道をたどって、家に戻る。

戻らないと、そろそろ、おかあさんが帰ってくる時間だ。



四日目、冷たい隙間風で目を覚ますと、もう家におかあさんの姿は無い。いつも通り、朝早くに家を出たんだろう。


君はぼーっと少しの間雪降る窓の外を眺めていたが、弾かれるようにベッドから飛び起きると、慌てて手袋をつけ、マフラーを巻いて、ジャケットを羽織る。


今日こそは、ジェームズが来るかも。


そう期待したは良いものの、いつもの待ち合わせ場所は、昨日のままだった。彼の足跡も、ここに来た気配すらない。

君は少しの間切り株に座っていたが、覚悟を決めたように、立ち上がる。


彼を、探しに行こう。


おかあさんには、怒られるかもしれない。でも、ジェームズがもう二度と会いに来てくれなくなることの方が、ずっと怖かった。


君は、ジェームズがいつも来る方向に向かって、歩き出す。森の反対側、山のふもとの辺り。


だんだん歩いていくと、遠くに明かりがちらつき、だんだんと木で出来た家が何件か見え始めた。

きっと、どこかにジェームズが居るはず。君は根拠もなくそう確信して、鼻水を乱暴に袖で拭うと、深い雪の中、必死に足を進めた。


君の目が、一軒の家に止まった。真っ赤な旗が揺れる、一番大きくて、立派な家。そして、旗に書いてある、あの2本の剣のクロスの紋章。あれは、ジェームズのくれた皮手袋に付いていたのと、同じものだ。


君はその大きな建物に近づき、そっと窓まで近づくと、少しだけ顔をのぞかせた。


「…いいですか、ジェームズ様。あなたには、次期村長としての責任が…」


居た! 広い部屋に一人ポツンと座っている、赤い巻き毛の男の子。間違いない、ジェームズだ!

君は思わず、優しくドアを叩いた。だが、ジェームズは気づいていないようだ。


今度は、少し強くドアを叩く。そして再度、もう少し強く。

ガン、と、思ったより大きな音が響いて。


ジェームズが、バッと顔を上げた。ばちりと、君と目が合って、彼は目を見開く。

やっと気づいた!君は嬉しくなって小さく手を振るが、ジェームズは引きつった顔で必死に首を振った。


「…誰か、居るのですか?」


その、低い声に。君は、咄嗟にしゃがみ込む。


「いいや?きっと風の音だよ」


そのジェームズの声を最後に、音が止んだ。君は、再度恐る恐る、窓から顔を覗かせる。


その瞬間、大柄な女性と、ぱちっと目が合った。


「…子供?」


まずい。


「走れ!」

ジェームズがそう叫んだのと、君が走り出したのは、同時だった。

「居たぞ!あそこだ!」

後ろで大人たちの声が聞こえる。君は振り返らないで走り続ける。

冷たい風が頬を打つ。凍てつく空気が肺に流れ込み、君は思わず咳き込む。

雪に足を取られ、君は転んでしまう。立ち上がろうとするも、積もったばかりの雪は柔らかく、うまく立ち上がれない。

「居たぞ、捕まえろ」

次の瞬間、何者かに足首を掴まれる。必死に暴れるも、軽々と持ち上げられ、さっきの大柄な女性の顔が、目の前に現れる。

「…見ろよ、ホントに子供だ」

君を取り囲むように、四人ほどの女性が物珍しそうに君を見つめた。

「青い目に…黒髪…だと?一体、誰の…」

世界から、色が失われるような、感覚。そして。


「私だ」

背後から響いたのは、聞き慣れた声だった。


----------------


「すぐ、戻ってくる」


そう言って君の頭を撫でる優しい手に縋りつくように、君は必死に叫ぶ。

「ごめんなさい…!私が、言いつけを、破ったから!」


「謝らないでいい。お前のせいじゃない」

女性はそう言うと、ぎゅっと君を強く抱きしめた。

潤む瞳で見慣れた景色がぐにゃりと歪む。暖かさと、冷たさと。石鹸と、古い布の混ざった匂いに、君は強く彼女の赤いマントを握った。


その時、扉の外から、くぐもった声が響く。

「…あの黒髪、間違いない。ただ掟を破るだけじゃなく、他国の奴と…」

「そりゃひでぇ。ダンジョン送りも納得だな…」


黒髪、掟、他国。小さな君の脳みそは、その言葉の真の意味は理解できずとも、気づいてしまった。


「…私の、せいなの?」


その君のあまりに静かな一言に、エマが動きを止めた。

「違う。お前のせいじゃない。私のせいなんだ。お前は何も悪くない。全部、私のしたことだから」


夜の海の底を切り取ったような、深い蒼の瞳が真っすぐに君を見つめている。その自分とまったく同じ色の瞳に、君は思わず、目を逸らした。


「…いいか、これから、お前はジェームズと一緒に住むんだ。少しの間だから、いい子にするんだよ」

君は俯いたまま、ゆっくりと首をふる。涙がポロポロと目からこぼれ落ちる。

「いやだ、私はおかあさんじゃないと嫌だ」


エマは困ったように眉を下げていたが、頷くと、ぎゅっと君の小さな手を強く握った。


「絶対に、帰ってくるから。その時はもう、隠れる必要もない。また、三人で暮らすんだ」


君は顔を上げる。すると、手首に、何かがきゅっと結ばれた。

「…持っていてくれ。これで、()()は、お前とずっと一緒だから」

彼女の長い三つ編みを括っていた赤い組紐。君は手首につけられたそれを茫然と見つめていた。


「でも、もし私が帰ってこなかったら…それを、あの人に、返してくれ」


「時間だぞ」

家の外から声が響いて、ドンドンとドアが叩かれる。彼女が立ち上がると、長い金髪が絹のカーテンのようにふわりと舞った。

「今行く」

彼女はそれだけ短く言うと、机の上の一枚の白黒写真を大事に半分に折り、そっとポケットに仕舞った。


ドアの外には、武器を持った大柄なヴァルキリーが二人、縄を持って立っていた。

エマの力強い手首が、ギリと縄で縛られる、その乾いた音。家の周りに集まった村人たちの、好奇と侮蔑の混じった囁き声。扉が開いた瞬間に流れ込んできた、肺を刺すような冬の空気。


「おかあさん!」


彼女は、振り返らない。


「帰ってこなかったら、私がおかあさんを探しに行く!早く大きくなって、強くなって、絶対に、会いに行くから!」


君の手首の赤い組紐が、シャラリと揺れて。


バン。


ドアが、閉まる。


その重い音を最後に、君の世界から色が、音が、温度が消えていく。


降りしきる雪はいつの間にか濃い霧に変わり、家の温もりは冷たい土の感触へと移ろいでいた。


君は、泣いていた。一人、深い暗闇の中で、一枚の破れた写真を握りしめて。


霧の向こうで、人影が揺れる。記憶の中と寸分違わぬ、長い金髪の女性。

彼女の唇が、音もなく動いた。


「…ごめ、ん、エイ、ミー…」


その姿が陽炎のように揺らぎ、不鮮明になってゆく。そして、その哀しげな表情は、次の瞬間、歪んだ笑みに変わった。透き通るその手の中に、いつの間にか、大きなハンマーが握られている。


刹那、凍るような殺意が、君を突き刺した。


「...さようなら、エイミー」


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― 新着の感想 ―
Poor Amy, she didn't deserve all of this. So that's why the villagers were mad at her and she had to…
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