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エルベレス@ダンジョン  作者: みっと
一幕 謎と、嘘
28/40

間章 主人公


「…御用でしょうか、お父様」


レオは背後の扉を音もなく閉ざすと、深く頭を垂れた。

返事は無い。扉の横、影が最も濃い場所に立つ男は、闇そのものが人の形を取ったかのようだった。深く被られたフードの奥で、二つの光だけがレオを射抜くようにギラリと光った。

刹那、男の姿がふっと掻き消える。レオは一瞬遅れて、残された気配を追って隣の部屋へと滑り込んだ。

がらんとした部屋の中央で、男は待っていた。

「久しぶりですね、レオ」


そう言って振り向いた男の顔につけられていたのは、真っ白な仮面。フードの中の長く尖った耳に、ちらりと見える青白い肌。


「元気そうで、何よりです」


耳障りの悪い、ザラザラとした声。だが、レオにはそれが妙に心地よく感じられた。


「お父様こそ、お久しぶりです」

レオは再び深く頭を下げた。そして、顔を上げる。

「あの動物園の宝箱…お父様ですよね」

「バレてましたか」

男はそう言って、クックと喉の奥で笑った。レオは頷く。

「あまりにタイミングが良かったもので」

「私のプレゼント、気に入っていただけましたか?力の籠手に、鏡に、空中浮遊のポーション…」

「…あと、蛇の卵」

「卵?」

男が、首を傾げた。

「はて、卵は知りません。もともとあった宝箱に、中身を少し足しただけなので」

レオはぱちくりと目を見開く。

「てっきり、あれもお父様かと」


「…まあ、それはさておき」

男はそう言って、マントを整えると、何もない空間に、まるでそこに透明な椅子でもあるかのように、ゆったりと腰を下ろし、足を組んだ。

「偵察に行ってきましたよ」

会話の温度がすっと下がる。男の声から戯けた響きが消えた。

「この下に、巨大な城があります。しかし、城の番人には気をつけなさい。あれほど気配を絶っていたというのに、奴は私に気づいた。相当な手練れです。油断は禁物ですよ」

レオが、目を伏せた。

「お父様に気づくとは…三神器の守り手ですか?」

「いいえ。奴は三神器は持っていませんが、魔法の杖を持ってる。手に入れれば、きっと旅の助けになるでしょう」

「魔法の杖…分かりました」

レオが頷くと、彼の銀髪がさらりと揺れた。

「では、残る二つの神器は何処に?」

「ゲヘナでしょうね。いずれにせよ、あの番人を倒さねば話は進みません」

「有難うございます」

「勿論ですよ、レオ」

男はそう言うと、低い声で笑った。


「では、貴方の進捗を聞きましょうか」

そう言った、男の仮面の奥の目が、ギラリと光る。レオは音一つ立てずに鞄から銀の鐘を取り出すと、それを男に見せた。

「開会の鐘と、運命の水晶玉を手に入れたのですが...」

「ほう、サーター卿を倒しましたか」

男は満足げに頷いた。レオが、鐘をぎゅっと握る。


「水晶玉を…割ってしまったんです。僕の、不手際で…」


レオは、叱責を覚悟して、強く目を閉じた。


だが、帰ってきたのは、優しげな声だった。

「顔を上げなさい、レオ」

レオがバッと顔を上げる。男の深いフードの奥で、その目がすっと細められた。

「...運命の水晶玉、ノルンの第三の目。あの神器が見せるのは、テュールの思い描いた運命。あれは、信者を縛り付けるための縄です。割ってしまって正解ですよ」

レオは、静かに、自分の両手の小さなガラスの傷を見つめた。

「…テュールの、運命…?」

男が頷く。レオの手が震えた。

「では、彼女が見た『幼馴染の婚約』も…テュールが仕組んだと?」

「水晶玉を使ったのですか。ええ、それがあの娘を動かす、最も効果的な餌という判断でしょうね」

「そんな…」

レオは、ガラスで傷ついた掌を、強く握りしめた。


「…ロキ様の策略的な思想を鼻で笑うあの“秩序の神”…私を貶めたあの偽善者の顔が歪むのが、今から楽しみでならないですよ」

男は吐き捨てるようにそう言った。レオは静かに呟く。

「ロキ…カオティック国の統治神ですね」

「ええ。ロキ様が思い描く未来こそが、真の自由。その為なら、私は何も惜しく無い」

「そうですか…」

レオはそう言って、俯いた。薄暗い部屋で、石畳の冷たい床の硬さだけがレオの足に伝わってくる。


「…ともかく。あの、ヴァルキリーですが」

男のその一言に、レオの肩がビクリと跳ねた。

「上手くやっているようですね。彼女は優秀だ、この短期間であの成長は予想外でした」

その言葉に、レオは俯いたまま、呟いた。

「…彼女は…特別です。今までの冒険者とは違う。強いだけじゃない、何かがあって……」


レオはそう言うと、再度俯いた。男が、仮面の奥で笑う。


「良かったです、最初の“あの方法”が効果的だったんですね」

「“あの方法”とは…」

レオの問いに、男は仮面の奥で目を細めた。


「私のマインドフレイヤーの事ですよ」


その言葉に、レオの呼吸が一瞬止まった。

「…マインドフレイヤーって、まさか、エイミーの犬を殺した、あの気色の悪いタコ頭では…」

「ええ。気色が悪いとは心外ですが」


レオの瞳が、震えた。

「では、やはり…あれは、お父様の…」

「おや、知らなかったとは言わせませんよ。」

男は仮面の奥で、不思議そうに首を傾げた。

「あの犬が食われるところを、貴方もあの場で見ていたではありませんか」


レオは何か言おうと口を開きかけたが、結局、何も言わずにそのまま静かに俯いた。


「…もしかして、あの女に情が移りましたか?」


レオの顔を覗き込むように、男が首を傾げた。レオは弾かれたように顔を上げる。

「…情?いえ、まさか、そんな」

「そうですか」


男は大げさに微笑むと、氷のように冷たい手でそっとレオの頭を撫でた。柔らかな銀髪がさらりと揺れる。

「レオ。貴方なら出来ると、信じていますよ」

レオの顔が、少し赤くなった。

「…はい、お父様」


「この物語の主人公は、初めから、貴方ですから」


男はそう囁くと、手を離した。

「…では。私たちの“約束”の為に」

その一言に、レオの目がギラリと光った。男はそのまま、闇に溶けるように、一歩後ろへ下がる。するとその輪郭は揺らめいて滲み、まるで水に落とされたインクのように、部屋の暗闇へと静かに広がって消えていった。

後には、あの仮面と同じ、何も映さない静寂だけが残されていた。


レオはしばらくの間、その場に縫い付けられたように立ち尽くしていた。そして、息が詰まるような闇から逃れるように、無意識に壁の僅かな隙間から漏れる、星屑のような微かな光に手を伸ばしかけ、そっと指先を震わせた。

「…エルベレス様…」

その蝶の羽ばたきよりも静かで消え入りそうな声は、直ぐに天井からの水の垂れる音にかき消された。レオは、ぎゅっと手を握ると、顔を上げ、音を立てずに廊下を走り抜け、部屋の扉に手をかけた。

彼は、一度だけ深く息を吐く。すると、彼の顔にいつもの完璧な笑顔が戻って来た。

そっと扉を開け、まず目に入ったのは、壁際で安らかな寝息を立てるエイミーの姿。だが、その視線がもう一人へと移った瞬間、レオの動きが凍り付いた。

壁にもたれかかって座っているナルフ。彼は、眠ってはいなかった。暗闇の中で、その血のように赤い瞳だけが、扉を開けたレオを真っ直ぐに見据えていた。


「レオ殿」


静寂を破ったナルフの声が、鋭いナイフのようにレオに突き付けられる。



「何処に、行かれた?」



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― 新着の感想 ―
Hmm, I do wonder who placed Naruf's egg in the chest, could it be that it was Amy's mother as a way …
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