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エルベレス@ダンジョン  作者: みっと
一幕 謎と、嘘
27/40

第25章 完璧

レオは、心の中で舌打ちをした。


腹が立つ。


居場所?幼馴染?そんなもんじゃないだろ。誰が見たって、気づいてないのは、君だけ。


…もういっそ、言ってしまおうか。

彼が好きなんだろ?自分でここに来ておいて、逆に僕に何をしてほしいんだ?慰め?同情?叱責?それで君は満足か?


レオは喉まで出かかったその言葉を飲み込むと、小さく深呼吸をして、床で小さくなっているエイミーに目をやった。


「…言い過ぎたよ。僕には幼馴染も兄弟も居ないから、君の気持が分からないんだ」


この苛立ちは、なんだ。


僕だって、別にエイミーが泣こうが喚こうがどうでもいいはずじゃないか。僕達はただの仲間で、僕は、彼女を利用してるだけ。いつもみたいに、適当にあしらえばいい。簡単だ、彼女が求める、“ジェームズ”を演じてやればいいだけなんだ。


…いや、違う。演じるだけじゃ、ダメだ。この女は、あの男に、なぜか執拗に執着している。そのせいで、僕がどんなに演じても…。



…そうか。


彼女が僕に靡かないのは、この男の所為なんだ。


そうだ。エイミーが、僕の笑顔にも、言葉にも、優しい行動にも赤面一つしないのは。僕が衰えたわけでも、彼女が特別なわけでも無く。この男のせいなんだ。


…何故?何故あの男なんだ?なんで僕より、あんな普通の人間を選ぶ?


あんな奴より、僕の方が顔もいいし、きっと料理だって上手いし、手先だって器用だ。女の子の扱いだって、経験だって、僕の方が、もっと…!


『…嫉妬、してる?』


いいや、してないね。僕が嫉妬?あり得ない。あんな奴とこの僕が比べられてるって事に、腹を立ててるだけだ。


「…なんて、言うの?」


エイミーが、呟いた。


「ジェームズが、遠くに行くのが怖くて、変わってしまうのが、怖い。彼の時間が止まればと、そう…思ってしまう」


ばっと、エイミーが、顔を上げた。その手は震え、目は恐怖と不安に見開かれている。


「こんな、彼の不幸を願うような酷い考え…こんな…」

エイミーが、縋るようにレオの袖を掴んだ。

「…この感情を…なんて、言うの?」


レオが、目を伏せた。


「…さぁ、知らない」


—--------------------------


ジェームズが、結婚。


その事実が、鎖のように君を縛り付けた。


マイアは真面目だし、努力家だ。きっと、いい奥さんになる。私なんかより気も利くし、料理も上手だ。私は、友達として、幼馴染として、ジェームズの幸せを願って、2人を祝福するべき…なのに。


彼が結婚したら…私は、どうなる?


稽古から帰ってきても、彼は家で待っていてくれない。ご飯だって、もう一緒に食べれない。皆に陰口を叩かれても、彼は助けに来てくれなくなる。


泥沼の様な不安が、君をどんどんと飲み込んでゆく。


あの息の詰まるような村で、彼は唯一私の居場所を作ってくれた。

なのに、彼が居なくなったら。私は、また、1人になる。


シロを失った時みたいに、たった1人。


…嫌だ。一人は、もう二度と。


君は強く手を握りしめると、顔を上げた。



「…地上に、戻る」


君がそう言うと、レオが動きを止めた。

「…なんだって?」

「ジェームズの所に戻る。そして、私は生きてるって伝える。三神器の一つを手に入れた、レオっていう心強い仲間がいる。この調子で、私は、魔除けを手に入れてる。だから、待っててって、そう、伝えに行く」

君は水晶玉を手に、立ち上がった。

「道は覚えてる。すぐ戻ってくるから、レオはここで待ってて」

君がそう言って、部屋の出口に向かって一歩踏み出した、その瞬間。


「待て」


凍てつくように低い声。 振り返るより早く、レオの腕が、君の腕を掴んだ。

「…本気で、言ってる?」

腕が、ミシリと痛む。彼の紫色の瞳が、怒りの色に揺らめいていた。

「僕の名前を使って、彼を安心させに、ダンジョンを出るだって?」

「…離して、レオ」

君が彼を振り払って、ドアノブを握ったその時。レオの、冷たい声が響いた。


「…帰れないよ、エイミー」


ドクンと、心臓が揺れた。

「このダンジョンは、一度入ったら二度と出られない。君の旅が終わるのは、魔除けを手に入れるか、君が死ぬか。その時だけ」

タラりと、冷や汗が背中を伝う。

「…そんなルール、私は知らない」

「“生還者ゼロの、死のダンジョン”。君なら分かってると思ったんだけど」

そのレオの、あまりに冷たくて、静かな声が。君の背中に、冷たい釘を打ち込むように響いた。

君の手が、震える。

「でも、やってみないと…」


「僕は、見たんだよ」


振り返ると、レオの瞳が、君を突き刺した。


「ダンジョンに送られてきた、死刑囚の罪人。最初は魔除けを手に入れようと意気込んでたけど、この迷宮の理不尽さに気づいてしまった。彼は、自分は魔除けにたどり着く前に死ぬだろうと、悟ったんだろうね」


レオの声には、何の感情も乗っていなかった。


「扉は、あっさり開いたよ。外の眩しい光が見えて、彼は勝利を確信して、笑いながら一歩踏み出した」

レオはそこで一度、言葉を切った。

「…次の瞬間、彼は絶叫した。彼の身体が、内側からの圧力で、風船のように膨れ上がり始めたんだ。そして、目や鼻から、黒い血が噴き出して、最後には…木の実みたいに、破裂した」

レオはゆっくりと君に顔を向けると、真っすぐに君を見つめた。

「外に出ることはできる。でも、生きては出られない。このダンジョンに一度入った者は、外に出た途端、身体が内側から引き裂かれる。理由はわからないけど、きっと呪いみたいなものさ」

ハンマーで顔面を殴られたように、君はガクンと膝をついた。

「…そんな…そんなの…!」

息が詰まる。暗い、冷たい水の中に、一人で沈んでいくみたいだった。

「そんなの…あんまりだよ…」

魔除けを手に入れなければ、もう二度と、彼に会えない。もう二度と、あの暖かさに、触れられない。

君はマントをぎゅっと握ると、顔を上げた。


最後に、もう一度だけ。もう一度、あの顔が見たい、あの声が聞きたい。


君は、最後の希望に縋るように、レオの服を掴んだ。

「帰れないなら、せめて…もう一回だけ、ジェームズを見せて」


ピクリと、レオの動きが止まる。

「無理。そんな何回も立て続けに使える物じゃない」

君はレオの袖を半ば強引につかんだ。

「この運命の水晶玉なら、出来るかもしれない」

「無理だって。こういう強力な魔法アイテムには、必ずクールダウンがある」

レオは振り返らずに呟いた。君は、再度レオの袖を引く。

「試してみて。それで無理なら、納得する」


君のその、懇願するような声に。レオが、チッと舌を鳴らした。


「…だから、無理だって言ってるだろ!」

そう言って彼は、振り返りざま、君の手を乱暴に振り払った。


刹那、パシン、と乾いた音が響いて。


君の手から、水晶玉が、滑り落ちた。


宙を舞う、ガラスの塊。その深海を閉じ込めたような球体が、スローモーションで、冷たい石畳へと落ちていく。

レオが、目を見開いた。君が、咄嗟に手を伸ばした。

次の、瞬間。


パリンッ!


甲高い、耳を裂くような音がして。水晶玉が冷たい石畳の上で、粉々に砕け散る。中から、行き場を失った光の粒子がふわりと舞い上がり、そして、虚空に溶けて消えた。

しん、と。 時が、止まった。

君は、自分の手を、ただ、見つめていた。そして、ゆっくりと、視線を、床に散らばる無数の輝く破片に移した。

「あ…」

レオの、掠れた声がした。

「…そんな、僕は…そんなつもりじゃ…」

君は、何も言わず、その場に膝をついた。そして、震える指先で、欠片を一つ、そっと、拾い上げた。 その鋭利な断面が、君の指を小さく切り裂いて、赤い血が、ぷくりと、玉になった。

もう、ジェームズの声は、聞こえない。 もう、彼の姿を、見ることはできない。 もう、二度と…。

欠片を見つめる君の目から、ポロリと、涙が一粒垂れた。

その時。

ガチャリとドアが勢いよく開かれ、冷気をまとったナルフが現れた。

「完璧に習得したぞ…!氷の魔法を!!」

ナルフはそう言うと、右手を突き出した。その手のひらに、だんだんと氷が形成されてゆく。

「見よ!我が真の、雪のじょうお…」


ナルフはそこまで言って、固まった。


割れた水晶玉に、涙を流す君。そして、立ち尽くすレオ。


「…レオ殿…一体、何を…」


ナルフの氷のような一言に、レオがばっと顔を上げた。

「ナルフ、まってくれ!僕が悪かったよ、ホントに!」

レオはそう言うと、君に向き直った。

「なんらかの魔法の力で、組み合わせたら治るかもしれない!それか…普通の水晶玉を何処かで手に入れる。それで、また、繋げるから!」

レオが、必死に床に散らばったガラスの破片を集め始める。彼の手が震えた。

「きっと、他にも外とつながる方法はあるはずだよ!僕が見つけるから!」

ガラスを触るレオの長く白い指に、小さな赤い傷ができてゆく。

「僕が、何とかする!僕が…!!」


君が、パシッと、レオの手首を掴んだ。

「もう、いい」

レオが、ハッとして顔を上げる。

「…ごめん、僕、ホントに、壊すつもりは…!」

君を見つめる彼の瞳は焦りと後悔で震え、その手は驚くほど冷たかった。


君は、今まで見たことないような、レオを見て。


思わず、小さく、噴き出した。


「レオも、パニックになるとき、あるんだね」


レオが、目を瞬かせた。

「え…?…ごめん、その…」

君は再度小さく笑うと、困ったように微笑んだ。

「いや、なんかレオって完璧人間なイメージがあったから。意外」


君は、膝の埃を払って、立ち上がる。

「いいよ、もう。帰れないって分かった今、ジェームズを眺めてる場合じゃないもんね」


ナルフが、ほっと安堵の息をついた。レオが申し訳なさそうに俯く。

「…お詫びに、なんでもするよ。僕が、出来る事なら…」

「良いって」

君は床の砕けた水晶玉から目を外し、顔を上げた。レオが、居た堪れなさそうに俯いた、その時。


彼の長い耳が、ピクリと動いた。

レオが、バッと顔を上げた。


「…敵か?」

ナルフがそう聞くと、明後日の方向を向いて動きを止めていたレオが、首を振った。


「…いいや、風の音だ」

レオはそう言うと、先ほどまでの動揺が嘘のように、落ち着いた表情で、顔を上げた。

「ガラスは、僕が片づけておくよ。君たちは、今のうちに休んでおいて」


そう言われて、君は大きなあくびをした。確かに、ノルンの城を出てから色々あって、あれ以来寝れていない。


「ほら、君も、そこならガラスも飛んでないと思うよ」

レオはそう言うと、反対側の壁側を指さした。

「お詫びと言っては何だけど…見張りは僕に任せて、君はゆっくり寝て」

「でも、時間が…」

そう言ったは良い物の、君の体は心身ともに疲れ果てていた。ちらとレオに目をやると、彼は困ったような、申し訳なさそうな顔で君を見つめていた。

「…数時間で起こして。そのあと、直ぐに出発する」

「分かった」

レオはそう言うと、君の膝にそっとマントを掛ける。


「では、我もお言葉に甘えさせてもらうぞ」

ナルフはそう短く言ったと思うと、ばたりと床に倒れて寝てしまった。



しばらくすると、エイミーの安らかな寝息が部屋にこだまし始めた。


レオは一人、音を立てないように注意深く、床に散らばった破片を革袋に集めていく。一つ、また一つと、ガラスを拾い上げるたびに、胸の奥が小さく痛んだ。

彼は集め終えた袋の口を締めると、静かに君の寝顔に視線を移した。自分のせいで涙を流したその瞼を、指先でそっと拭ってやりたい衝動に駆られ、レオは固く拳を握りしめる。


その時だった。


部屋の隅の、何の変哲もない石壁から、すぅ、と、ありえないはずの冷たい風が吹き抜けた。それは、レオの銀髪を微かに揺らし、ある種の「合図」のように、彼の肌を撫でた。

途端、レオの表情から、すっと感傷が消えた。 彼は音もなく立ち上がると、エイミーが完全に眠っていることを確認し、床に転がって動かないナルフを一瞥する。

レオが静かに立ち上がったその時、その魔力とも殺気とも違う異質な冷気に、ナルフの瞼がピクリと動いた。レオは、気づかない。


そして、音もなく開かれたドアの外には、何者かの影があった。


「…御用でしょうか、お父様」


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― 新着の感想 ―
Not me popping a vein seeing Leo jealous and ruining Amy's day. It was great seeing him crack from h…
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