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エルベレス@ダンジョン  作者: みっと
一幕 謎と、嘘
24/40

第22章 空っぽの鏡

森の中を歩いていると、木々の隙間からこそこそと囁き声が響いた。


「あそこに居たの…例のレオってやつじゃない?」

「あの銀髪に紫の瞳、間違いない。三大美女を全員食ったっていう…」

「全員?あのプライド高いサフィラも、誰にも靡かないエラーラも、飽きっぽいローナもか?」

「ああ。それ以外にもとびぬけた美人ばっかり。しかも、全員捨てたって聞いたぞ」

「今度は黒髪の人間を連れてるとか」

「人間?なんでまた。相当美人なのか?」

「いいや、普通の人間だ。いいざまだ、あいつも落ちたもんだな」


カサカサと、葉が笑うように揺れた。君は、思わず顔を隠すように俯く。

「…噂好きの木の精霊だ。気にするな」

エラーラが、短く言った。



少し行くと、生い茂った木の中に、小さな小屋がポツンとあった。扉を開けた瞬間、熱気と共に、鉄と油、そして微かな炭の匂いが鼻を突く。中は薄暗く、壁一面に並べられた武具が、部屋の中央で赤く燃える炉の光を鈍く反射していた。


「…どれ、見せてみな」


サフィラにそう言われ、君は慌てて剣を差し出した。

彼女は剣をそっと持ち上げると、刃を光にかざし、次に柄を軽く握り、数度、剣の重心を確かめた。その真剣な眼差しは、先ほどのものとは全く違う、一流の職人の顔だった。


「面白い…こりゃぁ、聖剣だぞ」

「せ、聖剣?」

君は目を見開き、思わずひょんな声を上げた。

なんかかっこいいし、特別な剣だとは思っていたが、まさか、聖剣?

道理で、光るわけだ!

「ああ。聖剣、エクスカリバーだ。一体、どこで手に入れたんやら」

君は、レオと行ったオラクルの信託を思い出した。たしか、これは…

「泉に剣を入れてたら、出てきて…」

その言葉に、サフィラは目を見開いた。

「泉に…?あんた、正気か?」

彼女は剣を置くと、信じられないものを見る目で君を見つめた。

「泉の精に呪われて、剣がただの鉄屑になるのが関の山だ。エルベレス様の祝福、か。とんでもない幸運を引いたね、あんた。聖剣エクスカリバー…あたしも初めて見たよ」


君は言葉を失った。あの時の出来事が、そんなにも危険な賭けだったとは…。


「めったに刃こぼれもしなければ、錆びることもない。手入れなんて不要かもしれないけど、使いやすいように研いでおこう」

「ありがとう、ございます」


君がそう言った時、ひょっこりと、小屋の入口からエラーラが顔を覗かせた。


「サフィラ、レオは?」

「あいつなら、上階段の近くで座ってるよ」

サフィラは、聖剣を研ぎ石に当てながら答えた。

「そう…」

先ほどまでの刺々しい態度が嘘のように、エラーラが顔を赤らめ、そう呟いた。彼女の長い金髪がさらりと揺れる。


サフィラが手を止めて、呆れたため息をついた。

「…さっさと話しかけてこいよ。今ならあいつ、一人だぞ」

「む、無理よ!さっきだって、久々すぎて…心臓が爆発するかと思ったもの!」


君は、一瞬固まるこのエラーラとかいう女…本当に再会早々、問答無用でレオに短剣を投げつけた女と、同一人物か?


「あら、あなたは、さっきの人間」

エラーラは君に気づくと、品定めするような目でそう言った。君はすっと目を逸らす。

「…さっきは、ごめんなさい。勘違いして…少し、口が過ぎたわ」

君が顔を上げると、エラーラがバツの悪そうな顔で俯いていた。

「あなた、レオの、仲間…なのよね。名前は?」

「エイミー、です」

「私はエラーラよ。よろしく」

君は、恐る恐る彼女の手を取った。


エラーラが優しく微笑むと、彼女の長いまつげが揺れ、花のような香りが広がった。君は思わず息を呑む。遠くから見ても美人だったが、近くで見ると、更に綺麗だ!


「仲間、か…」

サフィラが呟いた。

「おまえたちが、三人で冒険をしてるというのは…正直、信じがたい」

エラーラが頷く。

「私たちエルフは集団行動を好まないの。レオは特に、単独で動いていたし…一体、どういう経緯?」


「えっと…最初は、私がレオを助けて、二人で旅を始めて。三人目は、卵が孵って、悪魔になったというか」

「…卵?」

サフィラが怪訝な顔で手を止めた。君は慌てて続ける。

「あ、いや、それよりも…。貴方たちは…その…レオの…」


「あいつは、ただのしつこい客さ」

サフィラはそう言うと、再び剣を研ぐ作業に戻った。


サフィラの脳裏に、あの日の、試すような笑顔のレオが浮かぶ。

『…ねえ、お嬢さん。凄く良いエルフの矢をここで買えるって、聞いたんだけど』


「あいつは最初、木の棒から自分で作った弓と矢を使ってた。子供が工作したような、不格好な弓。でも、そのおもちゃみたいな弓で、何十フィートも離れたリンゴを撃ちぬいたんだよ」

サフィラはそう言うと、昔を懐かしむように君の剣をそっと撫ぜた。

「あいつの腕は本物だった。だから、私が一つ、良いヤツを作ってやった。そしたら、子供みたいに目を輝かせて…」

「じゃあ、今レオが使ってる弓は…」

「ああ、私の作った弓だ。だが…紐の張り方からデザインまで口出してきて、ほんとうに…困った客だった」


彼女の唇の端にほんの少しだけ、笑みが浮かんだように見えた。


「私は…襲われてるところを助けてもらったのよ」

エラーラが、壁に寄りかかりながら、どこか遠い目をして呟いた。

「魔物に囲まれて、もう駄目かと思ったその時に、颯爽と現れて。『おっと、お嬢さん、大丈夫かい?』って…ほんとに、呆れる…」

エラーラが顔をそむけた。

「白馬の王子様だと…思ったわ。私ですら手を焼いた魔物を一瞬でかたづけたと思えば、当たり前の事を何も知らない。料理もシチューしか作れないし、針や糸も見たことが無かった。だから、私が裁縫でマントの作り方を教えたの…でも、すぐに私より上手くなってしまった」

マントを握る彼女の頬は、赤く染まっている。


君は、思わず頭に浮かんだ疑問を口に出した。


「…レオの事が、好きなんですか?」

「「まさか!」」

二人の声が、完璧に重なった。


サフィラは顔を真っ赤にして、いつもより強く剣を研ぎ始める。エラーラはバツが悪そうにそっぽを向いて、自分の金髪を指でいじっていた。

「…私は、まだ怒ってるのよ。ある日、完璧なマント一つだけを残して、二度と姿を表さなくなった。何かあったのかと思ったら…今度はサフィラと話してるって聞いて…」

「そ、そうだったのか?」

サフィラが気まずそうに目を丸くした。君は眉を潜める。

「…これではっきりしたな。あいつは、ただ顔が良いだけのクズだ」


「…顔だけじゃ、ないわ」

エラーラが、どこか懐かしむように呟く。

「優しくて、気も利くのよ」

サフィラも、忌々しげに息を吐いた。

「しいて言えば…フルートも無駄に上手いのが腹立たしい」


君は、二人の会話を聞きながら、レオがシチューを作ってくれた時の優しい背中を、怪我をした時の的確な手当を、思い出していた。

思わず、小さな笑いが漏れる。

「うん。…あと、レオは、絵も上手」


君がそう言った瞬間、サフィラとエラーラが、同時にピタリと手を止めた。二人の視線が、君に突き刺さる。

「…レオが、言ってたのか?」

サフィラが、低い声で尋ねた。


君は目を瞬かせる。

「いや、彼の拠点に行ったとき、見た…」


その瞬間、小屋の空気が凍り付いた。


エラーラが持っていた短剣が、カランと音を立てて床に落ちる。


「レオの…家に…行ったのね…?」

エラーラの声が震えた。

「どこだ?どんな場所だ?意外と、汚くて散らかってたとか?」

サフィラが、前のめりになって詰め寄る。


「家というか、拠点というか…凄く整理されてて、物もほとんど無い。お二人は、行ったこと無いんですか?私は、てっきり…」

君がそう聞くと、エラーラが力なく首を振った。

「誰も、行ったことが無いのよ。彼の“家”にも、“過去”にも…」

「レオの、過去…」

君は、そう小さく呟いて、俯いた。

「…私、レオの事、何も知らない…」


「貴方だけじゃない。誰も、知らないのよ」

エラーラが、遠い目で窓の外を眺めた。

「誕生日も、年齢も、親も、全部秘密。私達エルフの情報網を総動員しても、まるで霞を掴むようだった」


「あたしは、人の表情を読むのが得意なんだよ」


サフィラが一度手を止め、君の聖剣の切っ先を指でそっと撫でた。

「だが…あいつだけは、どうも分からない。何を考えてるのか、何を感じてるのか。夜、隣にいても、どんなに触れ合っていても、心はいつも別の場所にあった」

君は複雑な心境で、頷いた。

互いの過去を詮索しないと、レオと約束したのに。彼の過去に勝手に土足で踏み込んでしまった罪悪感と、それでも彼のことをもっと知りたいという強い好奇心が、君の胸の中で渦を巻く。


「…ともかく、気をつけな」

サフィラが、研ぎ澄まされた剣身を君に手渡した。


「あいつはまるで、綺麗な空っぽの鏡みたいな男だから」


その一言に、君は、なんて返せばいいのか分からず、黙って、うつむいた。


だが、はっとして剣を受け取ると、慌てて懐を探し始める。

「えっと、おいくらですか…」

「良いよ、まとめてレオに払わせな」

「そう…ですか」

君は、自分の手の中の聖剣をじっと見つめていた。


「…あの、サフィラさん。最後に、一つだけ」

君は、顔を上げた。聞くべきではないかもしれない。

…でも、知りたい。


「エルフは…寝ますか?」


その問いに、サフィラは一瞬きょとんとしたが、やがて可笑しそうに頷いた。

「人間の寝るのとは少し違うが、あたし達だって休息は必要だ。夜になれば横になるし、目を閉じる。意識は、夢とも(うつつ)ともつかない、記憶の森を彷徨うのさ。それを、空想と呼ぶ者もいれば、夢と呼ぶ者もいる。人間と同じで、私たちも心と体を休めなけりゃ、疲れて体も動かないよ」

君は、そっとエクスカリバーを鞘に納めた。


エルフは、寝ない、と。レオはそう言った。実際、これだけ一緒に旅をしてきて、レオが寝ているのを、君は見たことが無かった。


君は、震える声を抑え、もう一度顔を上げた。


「お二人は…レオが寝てるのを、見たことがありますか?」


その問いに、今度はサフィラの表情から笑みが消えた。彼女はしばらく考え込むように顎に手を当て、やがて、訝しげに首を傾げた。


「変な質問だな。…だが、言われてみれば、無い」

「私も…無いわ。夜を共にしても、目を覚ました時には、いつも…風みたいに消えているから」

エラーラが目を伏せる。

「あいつの事だ。きっと、どこか一人になれる場所で昼寝でもしてるんだろう」

「私、見たいわ、レオの寝顔」

エラーラの悔しそうな声が、背後で響いた。


君の耳には、もう何も入ってこなかった。


君は、黙ったまま、鞘に納めた剣の柄を握りしめた。


—----------------------------------------------------------


「クソエルフ、持ってきたぞ」


サフィラのぶっきらぼうな声に、レオが顔を上げた。丁寧に鞣された鹿革の矢筒に入った、青白い光を放つ、20本の銀の矢。

「ありがとう」

「1000ゾクミズ」

「高っ。」

「あたしのエルフの矢だぞ、当然だ。でも、強度と威力は保証しよう」

レオは渋い顔で財布を開いた。サフィラの後ろで、エラーラが鼻で笑った。

「あら、払えないのかしら?なら、今回だけ、私が代わりに払ってあげても...」

レオは金貨を十枚サフィラに手渡すと、立ち上がった。

「はい、1000ゾクミズ、丁度」

「まいどあり」

その金貨を受け取るサフィラの指先が、一瞬だけ、レオの指に触れた。はっとして、彼女はすぐに手を引いたが、彼女の瞳が、ほんの一瞬、寂しそうに揺れた。


レオは矢筒を背負うと、君とナルフに手を振った。

「ナルフ、エイミー、行くよ」

「悪魔さん、うちと遊ぼうよ、お願い」

「却下だ」

ナルフは頭にしがみついているローナを引きはがすと、レオの後に続いた。


彼の過去。彼の秘密。君が知っているレオは、彼のほんの一部でしかないのかもしれない。

一体、レオは何者なんだろうか。


「エイミー?」

レオに呼ばれ、君はハッとする。

「今、行く」

君は胸に渦巻く疑問を振り払うように、慌ててレオの後を追った。


「レオ、もう行っちゃうのー?」

ローナが唇を尖らせて、君たちを見ていた。

「クソ野郎、次会った時は、もう少しゆっくりしていけ」

サフィラはぶっきらぼうにそう言うと、フンとそっぽを向いた。

「…レオ」

そして、最後に、エラーラが静かに口を開いた。

「元気で」


レオは何も言わず、目を伏せた。


「…行くよ」


レオが、そう短く呟いた。

「また、遊びに来てね~」

ローラの無邪気な声が、だんだんと遠ざかってゆく。


君は、静かに彼の背中を見つめていた。


レオというエルフの輪郭が、少しだけはっきりと、そして同時に、もっと分からなくなっていく。


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― 新着の感想 ―
Hmm, so all of his exes never had seen Leo sleep, pretty strange. When I read the previous chapter I…
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