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エルベレス@ダンジョン  作者: みっと
一幕 謎と、嘘
12/40

第11章 鏡

塔の中の、真ん中の部屋。その扉の前で、レオが足を止めた。


「ここだ。この中から蛇の音と呼吸音がする」

レオはそう小声で呟くと、君に向き直った。


「いいかい、作戦はこう。君はペルセウスがしたように、鏡越しにメデューサを倒す。くれぐれも、メデューサと目を合わせないように」

「…レオは?」

「僕は、君が石になった時に、元に戻す方法を考える役」

レオはそう言うと、扉の横で両目を覆った。


君は、何処か他人事なレオを横目に、手の中の手鏡に反射する、自分を見つめた。


不服だが…私が、やるしかない。この小さな塔の中、目が良いレオは、弓を撃つ前に石になって終わりだ。

それに、二人とも石になっては、元も子もない。不安でも、やはり一人でやるしか、ない。


君は片手に手鏡を握り、片手に剣を握り、頷いた。


「…じゃあ、行くよ」


レオの静かな声と共に、古い木の扉が軋む音を立てて開かれた。


君は、ぎゅっと目を閉じる。


途端に、空気が変わる。ひんやりとした空気に混じって、シュルシュル、シュルシュルと、無数の蛇が床を擦る不快な音が鼓膜を揺らす。暗闇の奥から、確かに何かの気配がした。


落ち着くんだ。直接見なければいいだけ…!


自分に言い聞かせ、顔を下げたまま恐る恐る目を開いた。そして、必死に左手の手鏡を覗くが、小さな円の中に、薄暗い部屋の一部が映るだけだった。

君は、ごくりと唾を呑んだ。襲ってこないと言うことは…寝ているのか。

助かった!


でも、よく考えれば…これ、すごくハードル高くないか?部屋のどこにいるかも分からないメデューサを、起こさないようにこの小さな鏡だけで見つけて、とどめを刺すなんて…。

自分で思いついておいてなんだが、脳筋作戦にも程がある。簡単に言ってくれたが、無茶な話だ。


…でも、ここまで来て、もう後戻りは出来ない。


やるしか、ない!


君は鏡を握りなおすと、小さく一歩、足を踏み出した。


その瞬間。


床の板が「ギィ」と音を立てて軋んだ。刹那、部屋中の空気が凍り付く。

「シャアアアアアアッ!」

君のすぐ耳元で、なん十匹ものヘビが一斉に鋭い音を立てた。石畳の床に、蛇頭の人影がゆっくりと立ち上がるのが映った。


気づかれた!

「ひっ…!」

思わず短い悲鳴を上げ、君は反射的に一歩後ずさる。その足が、床に転がっていた瓦礫に乗り上げた。

ぐらりと、君の視界が大きく傾く。


倒れる。

まずい。

そう思った時には、もう遅かった。


平衡を失った体は、なすすべもなく床に打ち付けられる。硬く目を閉じたまま、割ってはいけないととっさに突き出した手鏡が、めちゃくちゃな角度で闇を薙いだ。


その、直後。鼓膜を突き破るような絶叫が、塔全体を揺るがした。


「アアアアアアアアアア!!!」


それに続き、ミシミシ、パキパキという、湿った粘土が急速に乾いてひび割れていくような音が響いた。


そして、静寂。


あれほど騒がしかった蛇の音が、ぴたりと止んでいた。


何が…起きた?


君はそっと目を開くと、床に手をつきながら、恐る恐る手の中の鏡の角度を変えていった。

そして、鏡の中に映っていたのは、信じられないものに目を見開いたまま、硬直している美しい女性の姿。その髪は、苦悶にのたうつ動かなくなった蛇。彼女の全身が、灰色で動かぬ彫刻と化していた。


「…うそ」

君は手鏡を落としそうになりながら、ゆっくりと顔を上げた。目の前には、驚愕の表情を浮かべたままの、蛇頭の女の完璧な石像が立っていた。


「大丈夫か!」

後ろからレオの声が響いた。


君はあっけにとられたままその場にへなへなと座り込むと、やがて込み上げてくる笑いを抑えきれなかった。

「エイミー…?」

レオが恐る恐る扉から顔をのぞかせた。そして、床に座っている君と、石になったメデューサを交互に見て、眉を潜めた。

「一体、何が…」

君は深呼吸して笑いを抑えると、レオに向き直った。

「私の勝ち」

メデューサは、鏡で反射された自分の石化凝視で、石になった。命がけの作戦も、覚悟も、全部が茶番に思えてくるほどの、あっけない勝利。


レオも、君に釣られて、笑い出した。

「まさか、メデューサを石にしたなんて!ペルセウスも啞然だろうね!」



二人で散々笑った後、ふと、レオが石になったメデューサに目をやった。


「噂通り…良い女だな。蛇頭が残念だけど」

レオはそんな事を呟きながら、手早く石になった彼女のポケットや首飾りなどを丁寧に調べ始めた。

少し経つと、レオが眉を潜めた。

「…持ってない」

「探し物?」

君がそう言うと、レオは顎に手を当てて、頷いた。

「ねえ、石になる前、メデューサ、何か持ってなかった?ほら、たとえば…鐘とか、燭台とか…本かも」

レオはそう言うと、再度辺りを見渡し始めた。

「見つけたら、僕に教えて」

君は彼の真剣な眼差しに頷くと、改めて部屋を見渡した。


他の層とおなじ石畳の壁、違うところといえば部屋のあちこちに置かれた石像だろう。恐怖に顔を歪ませた商人らしき男や、剣を振り上げたまま固まった屈強な戦士など、様々な人物の石像が転がっている。

レオの探し物。鐘か、燭台か、本。なんだか、この三つ、何処かで聞いたような…。


その時、君の目が、ある一つの石像に留まった。それは手に丸い盾を持った青年の像で、驚愕の顔のまま固まっている。彼の手の盾はピカピカに磨かれた銀色のシールドで、縁には綺麗な装飾が施されている。君が顔を覗かせると、それは鏡のように君の顔を映した。

「もしかして…青銅鏡の、盾?」

君の様子に気づいたレオが、楯を覗き込んだ。

「この盾の縁にある装飾、数百年前に流行した様式だよ。人間の冒険者にしては、ずいぶん趣味がいい」

レオはそう呟いて、さっと盾を撫でた。その時、彼の指に、何やら小さなへこみが当たった。

「…これは、なにか刻まれてる」

レオはその文字を読むと、目を見開いた。


Perseus(ペルセウス)


「…これは、ペルセウスの像か」

レオの言葉に、君は目を輝かせた。

「丁度、新しい盾が欲しかった」

君は手に持っている、焼け焦げてところどころ欠けているボロボロの木の盾をレオに見せた。

「なんで、ここまでひどくなるまで…」

レオが頭を抱える。

「でも、取るのかい?石になってるけど」

君は頭をかしげ、そして思いつく。私の力なら、盾を持っている腕の一本くらい…!


君は足を大きく振りかざすと、思いっきりペルセウスの石像を蹴った!


ごっつん

「…!」

鈍い金属と石がぶつかる音がして、君の右足に激痛が走る。


レオは君の行動に唖然として、パチパチと目を見開いた。

「…君は、アホなのかな」

レオは笑いをこらえながら、うずくまって動かない君に目をやる。

痛い!木のドアを粉々にできるくらいだから石像も行けるかと思ったのだが、流石に無理だったか!

レオが、もう我慢できないとでも言うように、腹を抱えて笑いだした。

「アハハ!まさか石像を蹴るなんて!脳筋とはまさに君のことだね」

君は足をさすりながらレオを睨みつける。レオはヒッと声を上げて笑うのをやめた。

だが、その時なぜか、この頼もしいエルフが、一瞬だけ、ただ笑っている少年に見えた気がした。


「…ほら、石を壊すときはこれを使うんだよ」

レオはそう言うと、カバンからツルハシを取り出した。

「これ、ダンジョン探索の基本」

「…持ってるなら、先に言って」

君はそう言ってレオを睨みつけると、床に座り真っ赤に腫れた足を擦る。

「いやあ、君がどうするのか見たかったんだよ。もちろん言うつもりだったって…」

レオはそう言ってツルハシを石像の手元めがけて振り下ろす。石像の片腕が粉々になり、磨かれた青銅鏡の盾が床にゴロンと転がる。

「はい、この盾あげるからこれでチャラね」

レオはそう言ってニヤニヤと笑いながら盾を君に手渡した。そして、彼はぼろぼろな君の木の盾を気持ちばかりにペルセウスの石像に持たせた。

「これでよし」

「…」

君は、ボロボロの盾を持っている英雄を一瞥すると、再度ため息をついた。


レオは、一通り辺りの石像を調べつくすと、考え込むように俯いた。

「やっぱり…無い」

レオの一言に、君は顔を上げた。

「鐘と燭台と本って、三神器の事だよね」

君がそう聞くと、レオは少し驚いたように君を見た。

「そうだよ。覚えてたのか」

君は頷いた。オラクルさんの神託に出てきたのを思い出したのだ。

「…レオは、なんで…三神器を、探してるの」

君の表情を見て、レオが、困ったように微笑んだ。

「…そんなに、不安そうな顔をしないでくれ」

レオはそう言うと、しずかに君の前に膝をついた。

「君は僕の大切なパートナーだ。僕が君の手助けをするのは、そんなにも怪しいかい?」

彼のそのあまりに優しげな瞳に、君は首を振った。確かに、今もレオに言われなければ、三神器の事など忘れて、進んでいたかもしれない。…彼の善意を、踏みにじって、しまった。

「…ごめん。私…」

レオは優しく微笑むと、立ち上がった。

「気にしないで。じゃあ、行こうか」

レオはそう言って下階段の方へ歩き始める。君も後をついていこうとするが、足が痛くて、片足を引きずるような歩き方になってしまう。

レオはそれを見てプッと息を吐いた。

「生まれたての子鹿かな?」

レオは再度お腹を抱えて笑い出した。

君はニコッと笑って握りこぶしを作る。ゴキッと指の骨が鳴る音が響き、レオの笑い声が止まった。

「…何か、言った?」

「イエ、ナニモ」

レオは滝のような冷や汗を流しながら首を横に振った。


「…行くよ」

しばらく経って君がそう言うと、レオは渋い顔で頷く。


君は青銅鏡の盾を左手でしっかりと握った。その数多の冒険の重みを感じながら、君は階段を降りる。


その時の、掴みどころのないレオの整った横顔が、水面に映る月のように、君の盾に鈍く反射していた。


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― 新着の感想 ―
Pfft, I love how Leo is just laughing like an innocent kid, though I expected Amy to hit his leg aft…
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