第9章 動物園
古びた木箱を、君は珍しそうに眺めた。
「これは…宝箱?」
「クソ、こんな時に…」
宝箱を一瞥して、レオが短く舌を鳴らした。そして、彼はその横に屈むと、慎重に鍵穴を覗き込んだ。
「…鍵が掛かってる」
「どうする?」
君の焦った声に、レオは考え込むように眉を潜めた。
「下階段の場所のヒントもあるかもしれないし…せっかくだから、開けたい。エイミー、その扉を瓦礫で塞げるかい?」
君はバッと背後の扉に目をやって、自分の左腕に目をやった。まだ痛みはあるが、出血は止まったようだ。
「でもここを封鎖したら、私たちの逃げ道が…」
「それは大丈夫、この部屋には風の流れがある。どこかに、下階段はあるはずなんだ」
レオが宝箱から顔を上げずに言った。
「…分かった」
君は頷くと、一番扉近くの大きな石の瓦礫を、全力でほぼ転がすように動かしてゆく。ピリと左腕に痛みが走るが、抜いた時の痛みに比べればなんでもない。
レオは宝箱に光を当て、目を細めた。外から見たところ…罠が仕掛けられた跡は無いように見える。だが、不思議なのは、他の瓦礫に比べて、あまり埃が積もってない事だろうか…。
レオはカバンを下すと、ロックピックを取り出し、それを慎重に鍵穴に差し入れた。
カチャカチャという音と、君が瓦礫を動かす音、そしてモンスターたちの唸り声が響く奇妙な沈黙が、二人を包んだ。
カチャン、と音を立てて、鍵が開いた。レオは袖で汗を拭うと、ギイと木を軋ませて、宝箱を開いた。
「…これは…」
君は、扉の前に積み上げられた瓦礫の山を見て、満足げにふうと息を吐いた。これで流石に奴らも入ってこれないだろう。
「そっちはどう?」
そうレオに問いかけるが、彼は答えない。
「レオ?」
クルとレオに向き直ると、彼は何やら小さな紙切れを見つめていた。
「…そうか…いらっしゃってたのか…」
「…レオ?」
君が覗き込むように首を傾げると、レオはハッとして紙を伏せた。
「あ、やあ。扉は塞がったかい?」
「…それは?」
君がそう言って紙を指さすと、レオは少し戸惑うも、渋々紙を開いた。
比較的新しい紙。そこには、エルフ語で何やら短い文が書かれている。
「なんて書いてあるの?」
「…えっと…」
レオはそう言うと、少し目を泳がせた。
「…きっと、前の冒険者が残したメモじゃないかな。ここにアイテムを残していったみたいだ」
彼はそう言うや否や、素早く紙切れを懐にしまった。
「…まあ、それより、こっち。」
レオに促され、君は宝箱の中を覗き込んだ。中には…
「瓶と、巻物が二つ、手袋と、鏡、それに…卵?」
君はそう言って、ピンクのどろっとした液体の入ったグラス瓶を拾い上げた。
「…これは…」
「見たことない色だね」
レオがそう言いながら、二つの巻物を手に取る。そして、その表紙を読んで、ぱっと顔を上げた。
「すごい!これはぴったりだ!流石…」
レオはそこまで言って、慌てて咳払いをした。
「さすが、何?」
「…流石…僕。」
レオはそう言ってハハと笑うと、二つの内、一つの巻物を君に見せた。紙は茶色く黄ばんでおり、表紙には黒いインクで、
"TEMOV"
と書いてある。
「もう一つの巻物は分からないけど…こっちは、“鑑定の巻物”だよ。読めば、分からないアイテムを最大三つ、鑑定してくれるのさ。昔一度だけ使った事があって、覚えてたんだ」
「…さすが、レオ」
「でしょ?早速使ってみよう」
レオはそう言って得意げに微笑むと、エルフ語で流れるように短い呪文を唱えはじめた。すると、巻物はうっすら青い光を発しはじめ、紙上の文字が薄れたと思うと、段々と別の文字が浮かび上がってきたではないか。
インクの焼けるような微かな匂いに、君は思わず目を見開く。すごい、巻物を実際に使っているのを見るのは、これが初めてだ!
「運が良かった!三つ鑑定出来たよ、見てくれ!」
レオは現れた文字を指でなぞりながら、興奮気味に君に鑑定の巻物を差し出した。そこに書かれていたのは、3単語。
空中浮遊のポーション
力の籠手
虐殺の巻物
君が首を傾げていると、レオが宝箱の中から、鉄の手袋を持ちあげた。
「まずは、これ」
レオはそう言ってニヤリと笑うと、それを君に手渡す。
「ま、とにかく付けてみてよ」
君は訝しげな目で彼と手袋を交互に見た。所々が緑色に変色している古びた鉄の手袋だが、細かい装飾が施されている。手にのせるとずっしりとした重みと、冷たい感触が伝わってくる。
これが、『力の籠手』か?
手袋にしては大部重たいが…悪いものではなさそうだし、付けてみるか。
君は綺麗に装飾されたその長手袋をゆっくりと手にはめる。両手にはめ終わると、指を曲げ伸ばししてみる。指の関節部分は滑らかに動く。
その時、今まで右腕にかかっていた剣の重みが、ふっと軽くなったような奇妙な感覚に襲われた。
…いや、違う。剣が軽くなったんじゃない。自分の腕が熱い。濁流のように、力が、漲る!
「こ、これが…『力の籠手』!」
君の歓喜の声に、レオが満足げに頷いた。
「そう、魔法の手袋さ!君みたいなヴァルキリーには、大当たりだ」
君は大きく頷いて、試しに拳を握り込むと、ミシリと籠手そのものが軋むほどの力が込められる。
いや、本当にすごい!今なら、レオ一人くらい軽々吹き飛ばせそうだ!
君を楽し気な笑顔で見つめるレオとぱちりと目が合って、君はハッとして手袋を握った。
「…でも、いいの?私がもらっちゃって」
少しいたたまれなくなって、呟いた。レオが笑顔で頷く。
「もちろん。脳筋には筋肉をってね」
「…」
君がむっと顔を顰めると、レオはいっそうおかしそうに笑った。
君は、レオの横顔をじっと見つめた。どこか掴みどころがないのに、引き寄せられる。彼は、本物だ。ずば抜けた戦闘能力、鋭い観察眼に、豊富な知識。
…背中を任せられる仲間とは、彼のような人の事を言うのだろうか。
彼は、何かを隠している。それは紛れもない。だが、私にだって話したくない過去があるように、人間なら(エルフだが)きっと誰でも、秘密の一つや二つ抱えていておかしくないのではないか?
この剣だって、力の籠手だって、彼なしでは手に入れられていなかった。さっきの戦闘で、彼が私を信じてくれたように…私も、もっと彼を信頼するべきではないか?
そんな事を考えながら、ふと鑑定の巻物に目を落とした。そして、ある文字が、君の目を捉える。
「…虐殺の巻物って…」
「物騒な名前だね」
レオの声のトーンが落ちた。
「すごい強力な巻物さ。僕も実物を見るのは初めてだよ」
君は、ごくりと唾を呑む。レオは、それを慎重に巻くと、自分の胸に当てて、君の目を真っすぐに見つめた。
「アイテム分配は、話し合いだったよね。その籠手は君の物だ。代わりにと言ったらなんだけど、これは危険だし、僕が預かっておくよ。それでいいね?」
君は、少し考えて、頷いた。力の籠手の方が君にとっても使い道があるし、あんな恐ろしい巻物を持っているより良いに決まってる。それに、強力な物には代償が伴う。彼が持っている方が、君としても肩の荷が降りる。
だが…気を付けておこう。いつか、彼がこれを使おうとする日が来るかもしれない。
「…で、残り、なんだけど。どうする?」
そう言ってレオは、ピンクのガラス瓶と、卵、そして手鏡を取り出した。
「卵、欲しい」
君はそう言って、卵を手に取った。小さくて長細い、模様一つ無いきれいな卵だ。
「別にいいけど…なんで?」
「オムレツを作りたい」
君はそう言うと、それを割れないように丁寧にタオルで包み、そっとカバンに入れた。鶏の卵ではなさそうだが…オムレツを作る分には問題ないだろう。
レオが頭をかしげた。
「おむれつ?って、なんだい?」
「まあ、お楽しみ」
君はそう言いながら、今度はピンクのポーションを手に取って、レオに差し出した。
「これはレオにあげる」
「空中浮遊のポーション?いつ使うか分かんないけど…うん、一応貰っておくよ」
レオはそれを仕舞うと、最後に残った、小さな手鏡を持ち上げた。レオはそれに反射される自分の顔を眺めながら、眉を潜めた。
「…これは、普通の鏡みたいだ。重たいし、要らないよね。置いていこう」
「なら、私が貰う」
君はブンブンと首を振り、ほぼひったくるように鏡を取り上げた。置いていくだって?こんなに頑張ってせっかく見つけたのに、そんな勿体ないこと、とんでもない!
「そっか…君も一応、女の子なんだな…」
レオは意味深にそう呟くと、納得したように頷いた。
君は手鏡に映る自分の泥だらけの顔を見て、思わず目を閉じると、それをすっとカバンに入れた。
「ところで、下階段なんだけど」
レオにそう言われて、君は顔を上げた。するとどうだろう、君がついさっき動かした、あの大きな瓦礫があったところの真下。そこで、下階段が大きな口を開けていた。
「お手柄だよ、エイミー」
レオにそう言われ、君は思わず微笑んだ。…良かった。レオに引っ張られてばっかりだが、これで少しはこのパーティーに貢献できただろうか。
「行こう。海の層は、もうすぐそこだよ」
レオに言われて歩き出そうとしたその時、君が動かした瓦礫のすぐ横で、何かがキラリと光った。 近づいてみると、そこには手におさまるほどの、紫色の宝石が隠されるように置いてあった。
君がそれをそっと手に取ると、その宝石は深い紫色に輝き、角度によって表情を変えた。宝石の表面は滑らかで、触れるとひんやりとした感触が心地よい。
「…綺麗」
宇宙の神秘が閉じ込められているかのようなその宝石は、君に、あのエルフの少年の瞳を思わせた。
君はそれをぎゅっと握ると、慌ててレオの後を追いかけて、階段を降りた。




