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LAZULI番外編

LAZULI ~はじめましての時 翠編~

作者: 羽月

 入学式の一週間前にもう学生寮に入らなきゃいけないらしくて、春休み中帰ってた爺ちゃんちのある北ファセリアから、今日帝都に戻って来た。実家は、父親の地元でファセリア帝国からは遠く離れたシオン国だから、母親の地元にあるファセリア帝国の学校に通う為に10歳の頃からこっちに住んでいる。両親と二人の姉、双子の弟はシオンで暮らしてるので、もう5年間別居って事になるけど何も問題ない。爺ちゃんちは快適だし、そもそもファセリア帝国が気に入ってるからだ。何が良いって上手く説明できないんだけど、空気とか文化とかが心地いいって感じるのかも。ファセリア帝国出身の母親の血のせいかな?

 この4年間通ってたファセリア帝国の帝都にある学校は、一週間後に入学するファセリア帝国学院に無試験で自動的に入学出来るとこだったから、そのまま進学した。ただ、オレが希望した騎士科は帝国兵を養成するコースっていう特殊な学科だったから、完全に無試験という訳でもなくて、簡単な体力テストと運動能力テストとか健康診断みたいな物はあった。


「あれが、騎士科の学生寮ね」

わざわざ北ファセリアから出てきてくれている婆ちゃんが、ウキウキしながら指さした。これまでの初・中等部の4年間も、同じ帝都内の離れた場所にある学生寮に入っていたけど、今日から生活する事になるのは、少し先に見えてる古そうな灰色の建物だ。

「歴史ある感じね」

婆ちゃんに答え、同じ様にワクワクした感じでそう言ったのは、帝都に住んでるオレの母親によく似た叔母だ。この4年間オレは帝都の学生寮に入ってたから、色々気に掛けてよく会いに来たりしてくれたしオレも叔母の家に遊びにいったりもしてた。

「まさか、スイが帝国兵になるとはなぁ」

と、感慨深げに言うのは爺ちゃんだ。待って、爺ちゃん。オレまだ入学もしてないし。

「あらやだ、まだこれから4年間は学生なのよ。って言うか、入学もしてないじゃない」

オレの代わりに婆ちゃんがツッコミを入れて笑った。

「それじゃ、行くね」

少し多めになってしまった荷物を抱えて、爺ちゃん婆ちゃん、叔母ちゃんに挨拶する。特に寂しくはない。これまでもずっと寮生活だったし、これから暮らす学生寮からそう遠くない場所に叔母ちゃんの一家が暮らしている。爺ちゃんと婆ちゃんも、日帰りは苦しいけど同じファセリア地方の北ファセリアに住んでいる。それに、入学式には婆ちゃんが出席する気満々で、それ迄は叔母ちゃんの家に爺ちゃんと二人で滞在するらしい。と言うか、入学式までの間は何もする事がないので、多分ちょくちょく会う事になりそうだ。

「ええ、ウルセオリナ卿によろしくね」

と、婆ちゃんがニコニコ笑顔で言った。ウルセオリナ卿――エトワスは、4年前から学生寮で同室の友達だ。貴族の中でも最高位の公爵家の人間のくせに、威張ってもいないしマウントを取って来る事もない、普通に良い奴だ。このエトワスと、何故か引っ越し先の騎士科の寮でも同室に決まっているみたいだ。学校側が、元々友人同士で特に問題なくやってきたって事で、同じ部屋に配置したのかなと思った。オレの事はどうでもいいけど、エトワスは大貴族で、ウルセオリナの次期領主だ。素性の分からない変な奴と同室にしてしまってトラブルがあれば困るし、庶民はともかく他の貴族と同室にしてしまうと、大人の事情で色々困る事もあるのかもしれない。その辺、庶民で半分は外国人の血が流れてるオレは無害で無問題だと判断されてるんだろう。ちなみに、3人の同居人のうちのもう一人がどんな奴なのかは分からない。前の学校で、エトワス以外には誰からも「同じ部屋」だって言われなかったから、他校から入学して来る奴なんだろう。エトワスと同室になるんだから、オレと同じできっと無害な奴なんだと思う。


 身内3人と別れたオレは、早速学生寮に行った。当たり前だけど新入生達が沢山いてごった返してる。上級生達はほとんどみんな帰省中みたいで、新入生の部屋が並ぶ階以外は静まり返っていた。

「お、キサラギ。ちょっと久し振り」

と、声を掛けて来たのは、フレッド・ルスだ。こいつも、オレやエトワスと同じ学校に通っていた顔見知りだ。彼は貴族じゃないけど、帝都の大きな商家のお坊ちゃんだ。ただ、家は兄貴が継ぐからって事で、フレッドは帝国兵を目指してる。

「よお、フレッド君。部屋どこだった?」

「あっちの端っこ。お前は?」

フレッドが指さしたのは、オレの部屋とは逆の端の部屋だった。

「端っこどうしだな。俺んとこのルームメイトは皆知ってる奴ばっかだったけど、キサラギんとこは?」

「オレはまたエトワス君と一緒だけど、もう一人は謎。他校の奴だと思う」

その時、また知った顔が現れた。そいつも前の学校の同級生で、フレッドのルームメイトらしい。オレは二人に『じゃな』と告げて、反対の端の部屋に行った。


「っしょ」

荷物を持ったままドアノブに手を掛けると、鍵はかかっていなくて、部屋の中には知った奴がいた。

「流石、エトワス。早いなー。もうお引越し完了?」

「久し振りだな」

共有スペースのテーブルに着いて、暇そうに“入学のご案内”を眺めていたエトワスは、笑顔を浮かべてそう言った。久し振りとはいっても、初・中等部の卒業と同時にお互い帰省して会っていないだけなので、一週間ぶり程度だ。

「ああ、懐かしいなー。エトワス君、全然変わってないな~」

「お前もな」

オレのくだらないジョークに、ウルセオリナ卿は付き合ってくださった。

「あれ、荷物まだ片付けてねえの?」

エトワスが座っている近くの壁際に、バッグとキャリーケースが置いてある。

「ルームメイト二人が、まだ来てなかったから」

早い者勝ちで好きな場所を決めてしまえばいいのに、ちゃんと待っているのがこいつらしい。他の貴族なら、例え遅れて後で部屋に来たとしても、当然の事として自分の希望を優先させそうなのに。

「もう一人って、どんな奴だろうな」

エトワスと同じように、抱えていた大きなバッグとキャリーケースは壁際に積んで、エトワスの向かいの席に座った。

「なあ、暇だから、予想しねえ?具体的に見た目の予想とかしてって、正解だった数が多い方が勝ちって事で一回飯をおごんの」

オレが誘うと、エトワスも暇だったみたいで、あっさり頷いた。そこで、二人分の紅茶を淹れて予想大会を開始する。

「じゃ、オレから。あ、ちなみに、予想はお互いかぶっててもオッケーな。じゃ、早速。髪の色は、茶色。お前より明るめで、うーん彩度は低めの茶色。の、ツーブロック」

「そんな細かく予想するのか?……じゃあ俺は、逆に彩度高めのオレンジ系の茶色。髪型は特に凝ってない、普通のショート」

「オッケー」

オレは、荷物からルーズリーフと筆記用具を取り出して、紙2枚にそれぞれの予想を書いた。

「次は目な。目は、グレーにしよう。フレッド君みたいな明るめのブルーグレー」

「俺は、髪がオレンジって予想したから、同系統で明るい茶色の目かな」

オレら本当に暇そうな事やってんなと思いながら、どんどん出される予想を書き留めていった。そして、あれこれ好き勝手に予想して出揃ったのが……


【翠の予想】

髪:明度高めで彩度低めの茶髪。ツーブロック

目:明るいブルーグレー

身長:オレよりは低いけど、標準よりは高い

体格:標準

性格:元気いっぱいやんちゃ系。お洒落。


【エトワスの予想】

髪:彩度高めのオレンジ系の茶髪。ノーマルショート

目:明るいオレンジ系の茶色

身長:標準

体格:スポ―ツやってますって感じ。鍛えてる。

性格:アスリート系。ストイックにスポーツに取り組んでて、真面目だけど、気さくで話すと実は面白いタイプ。


こんな予想になった。予想を出してるうちに3人目が現れるって思ってたんだけど、1時間経っても2時間経ってもまだ来ない。よっぽど遠いとこから来る奴なのかもしれない。ファセリア帝国の端のギリア地方とかレーヌ地方のさらに端っことか?

 やる事もなくなったから、オレとエワスは夕食を食べに出掛ける事にした。まだ夕食には早い時間だったし、学生寮の食堂も使えるって事だったけど、とりあえず今日は学生寮の周辺にどんな店があるのか探検する予定だった。


 そして、一通り商店街の店を把握して、少し買い物もして、夕食もシッカリ食べてから部屋に戻った。

「あれ、まだ来てないんだ」

日も暮れてきたので、流石にもう来てるだろうと思ってたけど、3人目はまだみたいで部屋の中には誰もいなくて荷物も増えていなかった。

「大丈夫かな?途中で事故に巻き込まれたとか、急病とかだったりして」

エトワスが言う。

「日にちを間違えたんじゃなきゃ、あんまり遅い時はその可能性もあるかもね。とりあえず、コーヒーでも淹れよっか?」

「ああ、うん。ありがとう」

オレは、ちゃんと手洗いウガイを済ませると、買ってきたばかりのコーヒーを淹れようと準備を始めた。手動式の小さなコーヒーミルも婆ちゃんに貰って持ってたので、ガリガリ豆を挽く。

と、エトワスが何かに気付いた様で扉の方に向かった。豆を挽いていたから気付かなかったけど、ノックかチャイムの音がしたのかもしれない。予想通り、エトワスが部屋のドアを開けている。

「ああ、良かった。もう一人のルームメイトだよな?遅いから、何かあったんじゃないかって心配してたんだ」

予想は当たっているかどうか、気になる結果発表だ。

「俺は、エトワス・ジェイド・ラグルス。よろしく」

エトワスの声は聞こえてきたけど、相手の声が聞こえない。って事は、オレの予想は外れかな?“元気いっぱいのやんちゃ系”って予想してたから。正解は、大人しいのか寡黙なタイプなのかも。それじゃあ、外見の予想で勝負だ。オレはコーヒーを淹れる準備を中断して、部屋の入口に向かった。

「おっ、やっと来たんだ?もう一人のルームメ……うはあぁっ!超美少女!?」

驚きすぎて一瞬時が止まった。予想は外れ。っつか、二人とも大外れ。何一つ当たってなくて、エトワスの前には女子がいた。しかも、超美少女だ。大きなお目目パッチリの、どっかの国のお姫様みたいに可愛い女の子がエトワスを見上げている。エトワスは無言でその子を眺めてるから、オレと同じで予想外すぎて驚いてるのかも。女の子の方が無言なのは、やっぱりあれかな?エトワスがイケメンだから緊張で固まっちゃってる?じゃなきゃ、相手がウルセオリナ卿だって知って単純にビックリしてるのか、その肩書に畏まっちゃってるのか。にしても、こんな美少女を近くで見たのは初めてだ。あれ?でも何で?ここは男子寮で、女子寮は違う建物なのに。

「マジでヤバッ!ホントにこの部屋であってんの??」

男子寮に女子が来る訳はない。それに、その子は、艶々で綺麗な金髪はショートで、着てる服はシンプルな白いTシャツとグレーのパーカーに黒いズボンってユニセックスな姿だけどスカートとかじゃない。片耳ピアスにシルバーのウォレットチェーンを着けてるって事は、男の子なのかも?でも、多分、身長は160センチ前後?で、身体の線も細いし顔が可愛いから、事情があって女の子が男のフリをして男子学生に成りすますってフィクションのネタでありそうな奴だったりして?

「オレは如月 翠。この国風に言えば、スイ・キサラギだけどね。君は?名前なんての?」

とりあえず、名前と声で分かるかも。そう考えて聞いてみたけど、その子は少し嫌そうな表情をした。

「……名乗る必用があるのか?」

「え?そりゃ、あるでしょ。オレら、今からルームメイトな訳だし?」

性別の確認どころじゃない。帰って来た言葉の内容にビックリした。こっちから自己紹介した。で、名前を聞いた。そしたらこの答え。別に、道ですれ違っただけの相手をナンパした訳じゃない。これから先4年間一緒に生活して毎日顔を合わせる相手なのに、訳が分からない。ちなみに、声は優しくて甘めな美少年ボイスだった。ちょっと幼い感じで外見によく合ってる。ああ、そっか!この子は見た目通り、まだ子供なんだ。ほとんどの同級生が同い年で今年16歳になる年代だけど、少し年上の同級生もいたりする。この子の場合は逆で、年下なんだろう。何か事情があって学校に通い始める年齢が低かったのか、じゃなきゃ優秀で、ちょっとだけ飛び級したかのどっちかなんだ。つまり、オレらより子供で反抗したいお年頃のお子様だ。

「……」

思った通り、お子様はオレの正論に答える事が出来なくて黙っている。拗ねてるのかもしれない。

「まあ、立ち話もなんだし。入れば?個人スペースは何処がいい?好きな位置でいいよ。希望がある?」

このお子様が、寮でこの部屋に入れられた理由に気付いて納得した。ほら、流石。育ちの良いウルセオリナ卿は大人だ。お子様が幼稚で生意気な態度を取っても、何事も無かったかのように親切に優しく接してる。お子様は、無言で迷わず奥の壁際のベッドと机を選んだ。

「じゃあ、クローゼットはここを使って」

「……」

お子様はお礼すら言わないで、持っていた少なすぎる荷物を整理し始めた。学院で使う物ばかりで私物がほとんどない。オレなんか、婆ちゃんが食べ物まで持たせてくれてる。大体、婆ちゃんとか親ってこんなイメージが多い気がするけどこの子の親は違うのか、じゃなきゃ経済的に苦労している家庭なのかもしれない。

 残り二か所の個人スペースは、エトワスが何処でもいいって言ったから、オレはお子様とは逆の端を使わせて貰う事にした。自分の荷物を片付け終わって、そう言えばコーヒーを淹れるんだったと思い出して、共有スペースのテーブルに戻った。エトワスも整理は済んだみたいで、テーブルのとこに戻って来る。お子様は、自分のベッドの端っこに座ってるけど、何だか元気がない。初めての環境で初対面の人間相手に人見知りしてるのかな?

「俺はウルセオリナ出身、翠は北ファセリアで生活してて、実家は国外なんだけど、君は?」

エトワスは、返事が返ってこなくても気にしないで相変わらず普通に話し掛けている。無視すりゃいいのにとも思ったけど、エトワスの優しい気遣いが無駄になるのも可哀そうだから、オレも付き合う事にした。

「オレはさー、珍しい名前だろ?ファセリアよりずっと南にあるシオン国っていう国出身なんだ。って言っても、母親がファセリア帝国出身だから母方の親戚は皆この国にいるんだけどね。エトワスが言った北ファセリアには爺ちゃん婆ちゃんちがあって、ガキの頃からそこで厄介になってたんだ」

「子供の頃、シオン国から家族でファセリアの祖父母の家に遊びに行ったら、気に入ってしまって住み着く事になったんだよな」

エトワスも同じように、お子様が返さない代わりにオレの言葉に応えてる。

「そうそう。全然違っててカルチャーショック受けてさぁ」

「シオン国は、”ニンジャ”っていう暗殺者集団と、主君のために腹を斬る”サムライ”っていう騎士の国なんだよな」

エトワス君何言ってんの?何その危ない二大勢力が牛耳ってるっぽい国。外国人の偏ったイメージだ。

「う~ん、微妙だけど、まあそうかな。君は、侍とか知ってる?」

こっちだけで盛り上がっても意味がないので、もう一度お子様に話を振ってみた。

「知らねえ」

珍しく、ポソッと言葉が返って来た。一応、聞いてはいたみたいだ。でもやっぱり、オレらからは距離を取ったベッドの端っこに座っていて、顔まではこちらに向けようとしない。

「これ、食べない?」

エトワスが席を立って、さっき町で買ってきたパンの入った袋をお子様に差し出した。菓子パン中心にカレーパンとか総菜系のパンもいっぱい入った袋だ。お子様がオレの言葉には反応を示したから、今なら会話が出来るかもしれないと思ったのかも?

「……」

お子様は、思いっきり警戒しているような不審げな視線をエトワスに向けて探ってるみたいだったけど、またポソリと答えた。

「いらねえ」

「遠慮しなくていいよ?余ってるから。このまま置いといても、どうせ賞味期限短いからすぐダメになるし。広場近くの角のパン屋のだから美味いよ?」

エトワスが、断られたのにまだ勧めてる。あれじゃ、お節介なおばちゃん、ってゆーか、絵面的にどうしてもナンパしたい男にも見える……ん?もしかして、単に親切で話し掛けてるんじゃないのか?エトワス君、この子に一目惚れしちゃった?

 お子様の方は、もうエトワスに視線を向ける事もなくなって、ただポツンとベッドに座ったままだった。ただ座って何やってるんだろう?とも思ったけど、居眠りしてるらしい事に気付いた。疲れていたのかウトウトしている。そのうち、ベッドの端っこに蹲って本格的に眠ってしまった。本当にガキ……と言うか、動物みたいだ。

「何で、あんな隅っこで丸くなってんだろ?ああいう習性?それとも、初対面でもういきなりオレらの事嫌ってんのか?」

改めて淹れたコーヒーを飲みながら、小声でエトワスに言ってみる。

「少なくとも、好きじゃないみたいだな」

エトワスも小さな声で答えて席を立つと、またお子様の方に近付いて行った。もうほっとけばいいのに、何をする気だろうと見ていると、ベッド上に畳まれていた掛け布団を手に取った。

「!」

突然、お子様が勢いよく起き上がった。寝てたんじゃなかったのか?……何かエトワスをすっげー警戒してるみたいに見上げてる。

「起こして悪かった。そのまま寝たら、寒いだろうと思ったから」

反抗期の弟を優しく世話するお兄ちゃんみたいで、ちょっと涙ぐましいけど笑える。

「じゃあ、おやすみ」

エトワスが差し出した掛け布団をひったくって、警戒した目でジッと見ていたお子様は、エトワスが傍を離れると安心したのか、布団の中に潜りこんだ。でも、相変わらず端っこに寄っていた。


 予想は大外れして、変なガキがルームメイトになってから数日。

お子様は相変わらずで、食事に誘っても一緒に出掛けようとする事はなくて名前すら名乗らない。それでもエトワスは、出掛ける時も何かする時も、お子様を無視する事はなくて必ず声を掛けて誘っている。誘いに応じるとは思っていないみたいだけど、単独行動する時はともかく、オレと二人で何かしようという時は、お子様が仲間外れにならない様に気を遣ってるみたいだった。


 そんな毎日が続いて一週間、入学式の日になった。騎士科には貴族って奴も多いから、参列している親達も、どこどこ地方の何々家みたいな人達がいたりして不思議な雰囲気になっていた。その中に、何か他とは違った品のある綺麗な人がいるなと思っていたら、レディ・ソフィア……エトワスの母親だった。ちなみに、オレはエトワスと仲が良いので、レディ・ソフィアとも顔見知りで前の学校の卒業式でも会っている。オレの家は、もちろん婆ちゃんが出席してる。目が合うと手を振るので、少し恥ずかしい。そして、お子様の家は……とんでもない美人なママが来るのかと密かに期待してたんだけど、来てないみたいだった。じゃあ、とんでもなく美形なパパが?と思ったけどパパもいないみたいで、誰も来てないみたいだった。仕事が忙しいのかも?


 いよいよ新学期が始まると、予想はしていたけど、同級生達は見た目が華やかで目立ちまくるお子様に興味を持ったみたいで、女子はもちろん男子も近付いてく奴がいっぱいいた。でも、お子様の反応は相変わらず。大半は、関わらないでおこうと判断したみたいですぐに距離を置く様になって、残りは逆に絡んで意地悪をする様になっていた。イジメみたな事までしてる奴もいた。でも、あのお子様、滅茶苦茶気が強くて絶対にやられっ放しじゃなかった。

 意地悪な事を言われたら同じように言い返すし、苛めを受けたら……例えば、わざと聞こえる様に近くでヒソヒソクスクスやられたら、『テメェら何だよ、おれに喧嘩売ってんのか?文句があるなら直接言いやがれ』って面と向かって言うだけじゃなく胸倉を掴んですごむし、わざと掃除の後の汚れたバケツの水を掛けられたりした時は、目には目をどころか倍返しで、ためらいなく蹴り飛ばし顔も殴った挙句、放課後そいつをクリーニング店に引き摺ってって、汚れた自分の制服一式をクリーニングに出させて支払いもさせて、その上「おれの制服が戻って来るまで、お前のを寄越せ」つってそいつの制服をその場ではぎ取ろうとして、心配して付いて行ったエトワスに止められたらしい。おかげで、エトワスまでお子様に「テメェもこいつの味方すんなら、ただじゃおかねえぞ」と言われたらしいけど、何とか宥めて、お子様の制服一式が戻って来るまでは、エトワスが予備の制服を貸すことにしたらしい。お子様の制服が一張羅だったからだ。でも、新しく買う事も出来ないみたいでお子様は滅茶苦茶不本意そうだったけど、エトワスに勧められるまま渋々借りていた。

 もちろん、身長180センチ越えのエトワスの制服が、身長160センチくらいのお子様に合う訳もなくて、しばらくはオーバーサイズの制服を着てパジャマみたいな状態で過ごしていたもんだから、一部の女子や男子の間では”萌え袖”とか”萌えシャツ”とか囁かれて、可愛いとキュンキュンされていた。ちなみに、キュンとしていた一部の男子にはエトワスも含まれている。口には出さなかったけど、『可愛いな~』って感じで緩んだ顔で見ていたから一目瞭然だった。これはもちろん、お子様本人は知らない。知られたら絡まれるから、みんな本人には聞かれる事のないように沈黙していたからだ。


 他にも、お子様の靴を女子トイレに捨てるなんてガキっぽい事をやった奴もいたけど、自分の靴の在処を知ったお子様は平然と女子トイレに入って……まあ、彼の場合、女子トイレにいても違和感がないところがスゴイんだけど……、取り返して、その後クラスメイトに聞き込みをしてまわってというより脅して犯人を突き止めると、殴り飛ばした上にシッカリ新しい物を買わせて弁償させていた。

 その後は、苛めも含めて彼に嫌がらせをしようとする奴はいなくなった。教師の方も一応双方に注意はしたみたいたけど、苛められた側のメンタルが異常に強くて、逆に加害者を被害者にしてもいるので、苛めというよりは対等な子供同士のレベルの低い喧嘩と認識しているみたいだった。そんな感じで、お子様は、数週間経った頃には見た目は可愛いのにガラの悪い生徒のレッテルを貼られてクラスの不良の座に君臨していた。


 ただ、まだしつこく絡んで行く男子学生も少しは残っていた。そいつらは、精神的に追い詰めるタイプの苛めをするんじゃなくて、正面から殴り掛かるタイプだった。お子様……授業中に判明した名前は、ディートハルト・フレイク君だった……ディートハルト君と、同じタイプの不良だ。”気に入らない”と絡んだ後は、拳での攻撃に変わる。オレは、たまたま学校帰りに近道の林の中で、不良君三人とディートハルト君が殴り合ってる現場を見掛けてしまった。でも、いい感じに互角に戦ってるし、触らぬ神に祟りなしって事でスルーした。

 だけど、エトワスは違ってた。ディートハルト君が怪我している事に気が付くと、何があったのか、誰がそんな目に遭わせたのか、と何度も質問して本気で心配しているみたいだった。真面目な良い奴だから、正義感から許せなくてそうしてるんだろうけど、気に掛けているレベルが世話好きのお兄ちゃんといった感じだ。いや、あそこまで無視されて拒否されて邪険にされてるのに、めげないところを見ると、お兄ちゃんじゃなくてお母さんかも?ほら、今も。あんなに拒絶されてる。

『おもしれー』

そう思った。エトワスは公爵家の嫡男でウルセオリナ地方の次期領主だし、何もしなくても人が寄って来る。そうでなくても、顔も性格もいいし、運動神経も頭もいいから、女の子にはモテモテで、ファンクラブも存在してる。そんなエトワスに、あんな風に心配されて構って貰えたら、ファンの子だったら嬉しくて舞い上がるか気絶しちゃってるかもしれない。でも、ディートハルト君は完全無視か拒絶して、『うるせえ』だの『ほっとけ』だの言って避けている。見た目は文句なしに可愛いディートハルト君がキツイ言葉を吐いて、エトワスを拒絶してるのも面白いけど、モテモテのはずのイケメンのエトワスが、わざわざ嫌そうな顔をしているディートハルト君の世話を焼こうとしているのも面白い。お節介に見えるくらい世話好きだったなんて知らなかった。……でも、たまにディートハルト君に見惚れてる様な姿も見かけるから、本当に初対面で一目惚れしちゃったのかも?だとしたら、余計に面白い。

 これから先、ずっとディートハルト君に拒絶され続けて逃げられるのか、それとも、エトワスの粘り勝ちで、ディートハルト君の方がエトワスを受け入れる日が来るのか。もしかしたら、エトワスの方が諦めて距離を置く様になるってパターンもあり得る。


4年間の学生生活は、楽しくなりそうだ。


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― 新着の感想 ―
翠の視点から描かれる寮生活の始まりが私も親近感を覚えました。特に家族とのやりとりや当たり前のように寮生活を送っている様子に彼の落ち着いた人柄を感じました。そしてエトワスとディートハルトの関係性が私も読…
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