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句点読点

作者: 雉白書屋

 僕はロンリーウルフ。この星のどこかで誰かが吐いたため息に乗って、この街へ流れ着いた。

 サイバーパンキッシュなこの街の名は、『ノンストップシティ』。その名のとおり、立ち止まることは許されないのさ。

 理由かい? オー、ベイビィ。人生において、立ち止まる必要はない――そういうことさ。

 けばけばしいネオン看板たちは喉を枯らすこともなく、目まぐるしく情報を叩きつけてくる。『味噌豚骨醤油オススメ ラーメン馬鹿屋郎 トッピング無料』『九十分間食べ放題 焼き肉の王 ホルモンオススメ クジラ肉犬肉猫肉アリ』『新築住宅安値提供早い者勝ち 中古事故物件目白押し』『メンタルヘルスクリニック 二十四時間電話相談受付 脳に電極ブチかます 即日気分爽快』


 合理的だって? ああ、確かに。看板がすべてを語ってくれる。実に無駄がない。

 人々もせかせかと歩き、会話は相槌の間もなく言葉はまるで弾丸のように放たれていく。誰も立ち止まって確認などしない。それでも、不思議と成立している。


「ようこそ旅のお方私が案内しますよ どうですこの街は素晴らしいですよね 何もかもが合理的で人間らしい 余計な迷いがありません」


「ええ、そうですね」


 同意以外は敵対。それもこの街のルールの一つさ。僕は忠実に従ったつもりだったけど、やれやれ、顔をしかめられてしまったよ。言葉ってやつは、本当に難しい。

 確かに、ただ頷き続ければ余計な摩擦は生まないかもしれない。でも、そんなのは寂しいじゃないか。ねえ、プリンセス。

 案内人は、息継ぎすら惜しむように言葉を吐き続ける。僕は夢遊病者のように頷きながら、彼の隣を歩き続ける。

「寄りたい場所はあるか」だって? そうだな。時が止まった場所はないかな? この街じゃ、コーヒーショップの中ですら電波が飛び交ってる。


「おや?」


 不思議な光景に僕はふと足を止めた。路肩にしゃがみ込み、湯気の立つ紙コップを両手で包み込むように飲んでいる老人。その周囲にはぽっかりと空間があいていた。誰も近寄らない。静寂の止まり木だ。

 僕の視線に気づいたのか、案内人も顔をそちらへ向けた。そして、すぐに説明を始めた。


「あれは反逆者です 古くて危険な存在です 彼らの話を聞いてしまうと恐怖を感じ悩んでしまいます だから近寄らないほうがいいですよ」


「なるほどね。……でも古いって、そんなに悪いことなのかな?」


「あなたもか」


 案内人の声が一瞬鋭くなった。でも、僕は気にせず手をひらひら振って彼に別れを告げ、老人のもとへ歩み寄った。

 老人は、僕に気づくと静かに顔を上げ、ゆっくりと微笑んだ。歯が何本か抜けていた。とってもチャーミングな笑顔だった。


「よかったら……見るかい?」


 老人は、黄ばんだ布張りのノートを僕に差し出した。開いたページの中は、びっしりと文字で埋められていた。でも、窮屈には感じない。整然と並べられた文字列。句読点が丁寧に配置され、流れるように読みやすい。

 読むうちに不思議な安心感が込み上げてきた。

 老人は視線を下に落とすと、独り言のように静かに語り始めた。


「この街……ノンストップシティには、句点と読点が存在しない。『、』が多いと気味悪がられ、『。』は威圧されていると感じるそうだ。私には、よくわからない感覚だがね……」


「……ええ。同意しますよ、ジェントル」


 僕がそう答えると、老人は微笑み、湯気の立つ紙コップを差し出した。


「飲むかい? コーヒーだ」 


「ええ、ぜひ」


 風がページをめくり、パラパラと音を奏でた。道を行き交う人々の忙しない足音が協奏する。

 ここはノンストップシティ。ついていけない者は敗残者。僕も今日から反逆者。

 ただ――この最高のコーヒーの香りだけは、立ち止まらなければ気づけなかっただろう。








【申し訳ありません 没です】


【え、どうしてですか……?】


【前回申し上げたとおり うちのサイトの小説には句点と読点はいらないんです】


【でも、やっぱり読みにくくないですか???】


【間やリズムといったものはただテンポを悪くするだけです 現に私の文も問題なく読めているでしょう】


 小説投稿サイトに投稿した作品が、運よく編集者の目に留まり、公式企画で一本書かせてもらえることになった。

 せっかくの機会なので、現代の若者が句読点を忌避する風潮をテーマに書いたのだけれど……。


【これはハードボイルドですか うちの読者層と合っていない気がします そもそも前回書いたものを もう少し短くするだけでよかったのですが】


【あ、あ、そうだったんですね……。ははは、すみません。つい、舞い上がっちゃって。】


【怒ってますか?】


【いえいえ、そんなことないですよ。】


【気分を害してしまい申し訳ございませんでした このお話はなかったことにしてくださって結構ですので】


【いやいや、怒ってないですって。もっとフランクな感じがいい?】


【申し訳ございません】


【本当に怒ってないって!! ちなみに鈴木チャンは結構若い子な感じ?? 編集者サンなんてエラいネ! 頑張ってホシイ!!! ムリせずだけどね! そういえば昨日、面白いドラマやってたんだけど見たカナ? 若い世代に人気とかで、ハマりそう! でも、やたら早口でついていけないとこもあったケドね。。。鈴木チャンの文章も早口ミタイダネ!笑 あ、前回書いた小説はすぐ直すネ!】


【今の若い世代の人たちは 脳に直接ブチ込まれるような感覚で読み聞きするので これが普通です 今回は縁がなかったということで 直しは結構です あとその奇怪な文章は二度と送らないでください】


【ああああああああああああああああああああああ】


【ああそうです その感じです】

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