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白き聖なる獣

 腰辺りまで生えた草木を掻き分け、現れた人物はロザリーだった。


「…ロザリー?」


 そういえば、ここには顔を洗う為に来たんだっけ。


「小川で顔を洗うだけなのに、いつまで掛かっているんですか!」

「えぇ~ロザリーが散歩もしていい言ったじゃん」

「それでも流石に遅すぎます。折角作ったスープが冷めちゃいますよ」

「ごめん、ごめん。ちょっと色々あって」


 妖精王に会った事はまだロザリーには伏せといた方が良いだろう。

 昨日の今日だ。二人で朝食を取る時にでもゆっくり話そう。


 エレノワはロザリーに近付き左手を差し出した。

 するとロザリーは迷いなくエレノワの左手に自身の右手を重ねる。


「フフッ…どうしたんですか?」

「たまには手を繋ぎたくなる事もあるのよ」


 姉妹の様な関係の二人。

 手を繋ぎながら小屋に向かう。


 その道中、昨日は霊峰山だと知り怖くて周囲を見る余裕はなかったけど、とても澄んだ空気に豊かな実り、動物達は生き生きとしているのが分かる。

 そのどれもがキラキラと輝いている様に見えるのは不思議だった。


 久々の穏やかなゆっくりとした時間が流れていく。


 美味しそうなプリットやキリームといった果物がなる木を見付けると、近くにいた妖精が【とーってもおいしいの】【ローズさまならいいのー】と薦めてくれたから、夕食後のお菓子(デザート)として頂くことにした。


「ねぇロザリー、あれって何だと思う?」

「仔犬…ではなさそうですね」


 果物を摘み終わり、小屋に帰っている時だった。

 少し開けた草花が咲く場所に、小さく真っ白な"何か"がいた。


【あ~】

【うまれた、うまれた!】

【たいせつな】

【せいじゅのこ】


 何処からともなく現れた妖精は、そう言うとそっちに翔んで行ってしまう。

 

 "せいじゅのこ"?って…もしかして、聖獣!?


 ロザリーと顔を突き合わせると二人して眼をパチクリさせる。

 言葉が出ない。眼で会話ってこういう時の事かしら。


(せ、聖獣って仰ってましたよね…!?)

(…え、えぇ。あの聖獣…よね)


 そんな心の声で、会話をした気分である。


 そんな私達の心情を知ってか知らずか、妖精の数は次第に増えていく。

 ヒラヒラと踊っている様に見えるのは、彼等にとって聖獣はとても大切な存在であり、その喜びが溢れ現れたと言ってもいいだろう。


 神の使いとされる聖獣。


 その昔、まだ神々との交流が盛んだった頃。

 聖獣は神の使いであり、神が人々を厄災から護る守護神(ガーディアン)として各国の王皇族へ遣わしたとされる。


 しかし、それもある日を境に各国の聖獣は姿を消した――――と中央都市の図書館にある記録を読んだ覚えがあった。



【はやく、はやく】

【なでてあげて】

【なまえ】

【なまえつけて】


 数人の妖精が私の服を掴み、聖獣の方へ連れて行こうとする。

 誘われるままに、私は歩みを進めた。


 近寄るとその大きさに驚く。

 子犬程の大きさかと思ったが、中型犬くらいあるんじゃないだろうか。


 それにこの子は…―――


「―――トラ…かしら?」


 聖獣の近くでしゃがみ込み、姿をマジマジと観察してみる。

 生まれたばかりという、その子は気持ち良さそうにスヤスヤと寝ているではないか。

 寝ている姿は猛獣とは程遠く、只ただ可愛いだけの獣にしか見えない。

 そうなってくると、その毛皮のモフモフ感を堪能したくなるわけで……


 私の腕は自然とその子に伸ばされていく。


 あともう少し…という所で寝ていたその子は、人の気配を感じてか目を覚ましてしまった。

 寝起きだからか、ふあ~と欠伸をし腕を伸ばす。

 大きな瞳が私を見つめた。


【わぁ~おきたね】

【おきた、おきた!】

【なまえつけて】

【つけてー】


 またも妖精達が騒ぎ出す。

 と言っても小さな彼等が騒いでも、傍目から見たら光の球体が光ったり移動したりしているだけだ。


「名前って…言われても」


 何故か妖精達は仕切りに名前を付けてと言ってくる。

 そもそも、その子も勝手に名前を付けられて良い気はしない筈。

 遣える主人がいて、その主人に付けてもらうからこその名前であって、主人でもない私が付けて言いわけじゃない。


 そう考えていると


「ほぉ、何百年ぶりの聖獣が生まれたか」


 何処からともなく聞こえた声。

 この声は…


「妖精王様…さっきぶりですね」


 ついさっきまで話をしていた妖精王が、また突然現れた。


「エレノワ名前を付けてやればよかろう」

「貴方様もそうおっしゃるのですね」


 伸ばしていた腕を引っ込め、私は半ば飽きれ気味に言った。


「お主の聖獣だ。エレノワ、お前が名を付けず誰が付けてやると言うのだ」

「………?」


 妖精王は事も無げに言う。


 ――――この方は何を仰ってるのかしら。

 …私のって、そう言った?


 いやいやいや、確かに!ロザリーと一緒に見つけたけれども!見つけたからといって私がこの子の主人だってどういう…


「どうもこうもないわ。其奴がお主を主人と決めとる」


 またしても心を読まれた。


 聖獣の子に視線を戻すと「グルグル」と喉を鳴らしている音が聞こえる。赤ちゃん特有のまん丸お目目が私を見つめていた。


「……うっ」


 そんな目で見られたら断れそうにないと、早々にエレノワは諦め一歩聖獣の子に近付いた。


 別に嫌な訳ではないのだ。

 ただ、私には恐れ多いと言うか不釣り合いの様に思えてならない。


 そんなエレノワの心情を読み取ったのか、聖獣は初めて立ち上がりそのままエレノワの方へ歩むと、エレノワの脚に頭を擦り付けて来た。



「ぐふっ…ハハッ! なんだ聖獣よ! エレノワに拒絶されて寂しくなったのか!! 只の猫に成り下がったではないか! ハハハっ、腹が痛いわ!!」


 何がそこまで面白いのか。

 聖獣の行動に妖精王はお腹を抱え笑い始めた。

 何処に笑う要素があるのやら、全く理解出来ないエレノワは取り敢えず、未だ脚にスリスリと身体を擦り付けている聖獣に向き直った。


 犬であれば「クゥ~ン」と鳴いてねだってきた時みたいである。

 甘えるようにエレノワに纏わり付く聖獣は、只の愛玩動物に見えなくもなかった。


「さっさと付けてやらぬか。其奴も待ちくたびれておるわい」


 一通り笑い終わったのか、目尻に溜まった涙を拭いながら言われた。


 簡単に付けろと言われても一生その名前になるのに、おいそれと付けられる筈がない。

 しゃがみ込み、聖獣と同じ目線になる。

 見つめられた聖獣もエレノワを見返した。


 ――――なんて綺麗な瞳だろう。

 思わず魅入られる。


 タンザナイトを連想させる神秘的な瞳は、光の加減だろうキラキラと黄金の光を放っていた。


「……聖獣さん。アナタは本当に私で良いのかしら?」


 聖獣が言葉を理解しているか…は、わからないが付けるにしても相手の合意は必要だろう。

 そう思っての発言であったが、果たして聖獣は―――


 ――――ブワッ…


 聖獣の足元からか聖獣自身からなのか、それは突然だった。

 意思を持っているかのように、聖獣の周囲から温かな風が吹いたのだ。

 その風はとても優しく包み込むように、エレノワの回りを漂う。

 それが聖獣からの"返事"だと思った。


「――――そう。それがアナタの望みなのね…」


 今度こそエレノワは聖獣に手を伸ばし耳下辺りを撫でた。

 撫でられる聖獣は、目を瞑り気持ち良さそうにする。


「…………レグルス―――レグルスは…どう、かな?」


 その瞬間。

 聖獣(レグルス)は白銀の光と、魔法陣を出現させた。


 魔法陣から糸のような物が一本…それはエレノワの右腕に絡み付き腕輪の様に魔法陣が描かれていく。

 徐々に光が消え去ると、レグルスの首とエレノワの手首には同じ装飾具があった。


『―――えれのわ…えれのわ』

「だれ…?」


 頭の中に語り掛ける様な声が木霊する。

 それでいて拙く、言葉を覚えたての子供の声がした。


『ボクだよ。れぐるす』

「―――!? レグルス…なの?」

『うん。えれのわと、しゅじゅう…けい、やく、したから、はなせる、ようになった』



 主従契約―――自身が召喚した魔獣や悪魔と契約する為の魔法だと聞いたことはあった。

 実際に自分が主従契約する事になるとは思ってもみなかったし、そもそもが主従契約出来る者は少なく滅多にいない。

 主従契約には幾つかの制約があり、その中にお互いに信頼しあう関係性である事。が含まれる。

 しかし、魔獣や悪魔など従えるだけで良いならただ召喚だけすればいい。

 だから滅多に主従契約をする者はおらず、幻の魔法とまで言われている。


 そんな契約を――――レグルスと、私が?


「そんな簡単に…主従契約って、出来るの……?」


 首をかしげ不思議そうにするレグルス。


『ボクは、せいじゅう。えれのわをあるじきめた。えれのわ、いいにおいする。ボクの、すきなにおい。だからいい』

「―――?匂い?よく分からないけど、レグルスがいいなら良いわ」


 エレノワは考えることを放棄した。

 聖獣というだけでも混乱しているのに、それ以上の事は許容範囲を超えてきたからだ。

 主従契約は後回しで考えるとして、取り敢えず今は…―――


「レグルス」

『うん?』

「あなたに私の大切な人を紹介してもいいかしら?」

『……えれのわの、たいせつな…ひと?』

「そうよ。とっても大切な人……仲良くしてくれると嬉しいわ」


 レグルスと同じ目線になるように膝をつく。


『―――やだ』

『…え?』

『ボクいがいに、たいせつなやつは…いらない!』


 プイッと顔を反らすレグルスに、エレノワは呆気に取られてしまう。

 そんな二人を端から見ていた妖精王は「クククッ」と笑いを堪えるようにお腹を押さえていた。


 エレノワはそれを横目で睨み付ける。


「悪い悪い、そう怒るでない。其奴は雄だ。自分よりも大事と言われれば……くくっ、気に食わぬのも頷けるわ。まぁ…要は拗ねとるんじゃよ。レグルスよ、お主ちと心が狭すぎやせぬか?エレノワの"大切な人"とは女子(おなご)の事よて、雄ではないわい。もう少し余裕を見せんとエレノワに嫌われるぞ」


 妖精王に言われたことが余程ショックだったのだろう。

 あからさまにシュンと項垂れるレグルスをエレノワは優しく頭を撫でた。


「私をずっと支えてくれた大切な人なの…だからレグルスに会って欲しいな」


 レグルスは考えた。

 エレノワの大切な人は雌だという。なら雄の"一番"は自分がこれからなればいいのだと。

 それにエレノワを悲しませるのは本意ではない。

 彼女にはずっと笑っていて欲しい、それなら雌の一匹や二匹居たって問題ないだろう。

 彼女(エレノワ)を護れるのは自分だけの特権。

 それさえあればエレノワの特別になれるのだ。


『―――わかった。なかよく、する』

「ありがとう…レグルス。―――ロザリー!こっちに来て!!」


 離れた場所からずっと見ていたロザリーを呼ぶ。


 きっと私以上に訳が分からない筈だ。

 それに早くレグルスに会わせたい。

 ロザリーもモフモフ好きだ。きっとレグルスと仲良くしてくれる筈とエレノワは思った。


 ロザリーは妖精王の前を通る時、軽く頭を下げながらチラリと伺うように見たが、妖精王はただ面白そうに口角を上げるだけだった。


 そのまま歩みを止めずエレノワの傍までやって来ると、レグルスを紹介されたのだった。



『おまえがエレノワの…たいせつな、ひと?』

「お初にお目にかかります聖獣様。ロザリーと申します」

『………』

「レグルス?仲良くするって約束でしょ。ご挨拶は?」

『ボクはエレノワのきし、レグルスだ。ボクたちは、エレノワをまもるなかま、だ。なかよくする、やくそくしたからしかたなく、しかた、なく、なかよくしてやるからな!』

「レグルス!?」


 と、レグルスはロザリーに仲間以上のライバル心を抱いた。

 ―――しかし…


「………エレノワ様…聖獣様は、何と――?」

「え?ロザリーにはこの子の声が聴こえない?」



 まさかのロザリーにレグルスの声が聴こえない。

 ずっと「グルグルぅ、ニャン、ニャゴン」などの鳴き声だったと言うのだ。


 妖精王曰く、私はレグルスの契約者だから勿論聴こえる。妖精王は人間と違って聖獣と会話が出来る。

 しかし、人間で契約者でもなければ妖精でもないロザリー。魔力はあるけれど、レグルスとの波長があまり合わないのだと、妖精王とレグルスから説明を受けたのだ。


 とても残念である。ロザリーにもレグルスと話して欲しかったのに。

 そう思ってもこればかりは仕方ない。

 なのでエレノワはロザリーにレグルスが言っていた言葉を伝えた。


 その後、レグルスを連れてあの小屋まで帰って来た。

 道中ロザリーとレグルスは言葉は通じなくても、二人にしか分からない何かを共有した様だった。


 この時はまだ、私はレグルスがトラの聖獣様だと何も疑っていなかった。

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