愛し子の印
この世界には、昔から伝説のように語られる
本当にあった世界大戦がある。
【どの神が創った国が一番優秀であるか】
ただ、それだけを討論していた筈が、いつしか民を巻き込んだ戦になった。
その後、その戦に心を痛めた女神は姿を消し、神々の愛し子と女神の愛し子が揃った時に姿を見せると約束したとされる。
それがこの世界に伝わる"一般的な"伝承だ。
―――だけど、真実は違う。
各国を仕切る国境の壁。
あれは、神々がこの地を創る際、其々の国が分かるよう創られたとされているが、実際は女神が争いを止めさせる為に出現させたものである。
エレノワは印がある場所の服を握りながら、苦渋な顔を浮かべた。
愛し子の印とされるこの痣。
何故、女神はこんな印を付けさせたのか、女神に聞くしか答えは出ない事を知っているけれど、それでも…
この印がある限り、私は女神を恨み続けるのだ。
“愛し子の印”等と大層な印だが、最早愛し子の印は呪でしかない。
「私は…愛し子の印―――欲しくは、なかった…これさえ無ければ…教皇様もまだ――…」
あの出来事を思い出す度、私は私を赦す事が出来ない。
何かを思い出しエレノワは奥歯を強く噛んだ。
エレノワのそんな様子を見て、妖精王は仕方ないとばかりに口を開く。
「少しだけ思い出話を聞かせてやろう」
適当な場所に座るよう促すと、自身も少し大きな岩に着地し腰掛けた。
すると妖精王は、昔話を語るようなゆっくりとした口調で話し始める。
~~*~~*~~*~~
“愛し子”
世界が平和であった頃。
女神は一人の子供を慈しんだ。
名を【ローズ】と授け、様々な事を教え学ばせた。
女神とローズは親子の様にとても仲が良かった。
その様子を遠目から見ていた神々は、自分にも愛し子が欲しいと思うようになる。
神々は自分にもっとも相応しく、自分を敬愛する存在を求めた。
ある者は武功に秀でており、ある者は知力が優れていた。また見目の美しい者や底知れぬオーラを持つ者が選ばれた。
確かに神々の好みである愛し子達であったが、神々が求めていたもと…少し違った。
あの女神とその愛し子の様に、親子の様なそんな関係性が羨ましかったのだ。
それでも愛し子への愛は存在し、神々なりの慈しみ方があった。
また愛し子達には女神の愛し子同様な、愛し子の印が身体の何処かにあり、愛し子達はそれを誇りに見える形の衣服を好んだ。
その関係性が崩れ始めたのは……
女神の愛し子が女神の本当の子供だった。と神々が知ってからだった――――
女神メネシスの愛し子ローズは、女神が産んだ子だったのだ。
であれば、親子に見えていたのも頷ける。本当の親子だったのだから。
その事実を知り、神々は怒り狂い矛先は愛し子へ向かった。
愛し子達に各部族と戦を行い、勝利し女神の子と婚姻を結べと伝えたのだ。
何も罪無き者が幾人も亡くなり、愛し子達は悲しんだ。
―――――いつからだっただろうか。
子供達からの信仰心に揺らぎが見え始めたのは……
女神がその事実を知ったのは、だいぶ経ってからだった。
その頃には世界は既に疲弊し、負のオーラが充満し滅ぶ手前まできていたのだ。
そして女神が嘆き哀しんだ日。
女神が祈り、国境沿いに壁を出現させた。
そして世界は一度閉ざされた。
神々も漸く自分達の行いを恥じた。
しかし、女神はもう戻っては来ない。
―――その頃にはもう…どの部族国にも愛し子は居なかった…
戦でその命を捧げ、亡くなっていたのだ。
ならば、女神の約束通りに…と―――
子供達の中から愛し子が産まれれば神に献上するよう通達した。
その数十年後、各国から愛し子の誕生報告があがった。
神々は歓喜した。
これで女神がまた戻ってくると。
しかし、そうはならなかった。
“始まりの場所【女神との約束の地】”へ向かう途中、一人の愛し子が命を落としたのだ。
原因は何者かによる襲撃。
それを知った神々は怒り狂った…
愛し子が亡くなった国では、気候変動に加え数年間作物の不作が続いたという。
神の心情が国に影響を与えていたのだ。
それを民は神の怒りを買ったとして、より一層愛し子への対応は慎重になった。
この時既に、神々と民の交流は無くなっていた。
だから神の声を民が受け取る術はなく、異常現象は全て神がお怒りであると考えるようになった。
それからまた数百年が経ち、愛し子が産まれた。
この数百年。人々は先人達が残した伝承をきちんと受け継いだ…筈だった。
だが…結果として、愛し子達が"始まりの場所"に集まることはなかった。
何故なら―――また愛し子が直前で亡くなったから……
その事が原因なのか、いつしか神の寵愛を受けし愛し子に牙が向くようになった。
一部の王候貴族が「愛し子の印ではなく、忌子である!」と説いたのだ。
不作が続くのも愛し子のせい。
気候変動も愛し子が忌子だから。
そんな馬鹿な。という人々も勿論居た。
しかし、階級社会の国では上の者が黒と言えば白も黒に変わる。
王候貴族は、只只愛し子の存在が恐ろしかったのだ。
寵愛を受けし愛し子は、神に近い存在。
その者に国を、世界を奪われやしないか恐れた。
そんな力、ありはしないのに―――
寧ろ神の寵愛が大き過ぎる故に、愛し子が亡くなった時の反動が凄いだけなのだ。
しかし、民にそれを知る術はない。
忌子とする国。その反対に愛し子とする国もある。
だから全ての愛し子が忌子とされる訳ではない。
――――――
――――
――……
~~*~~*~~*~~
まさかここに来て…こんな話を聞くことになるなんて―――
「…ねぇ…妖精王、妖精達が私を”ローズ“と呼ぶのは…」
「お主が女神の愛し子ローズの生まれ変わりだからじゃ」
「その…そんな訳、無いわよね? 私が…女神の娘の、生まれ変わりって……」
「まぁ、すぐに理解しろと云うのも酷じゃが、愛し子の印があるなら間違いなくローズの生まれ変わりだ。しかし…生まれ変わりは生まれ変わりであって、ローズではない。エレノワお前はお前だ。ただ魂が同じと言うだけでローズではない」
本当にそう…なのだろうか。
どうしようもなく不安に駆られる。
それ以上の質問をしよかと悩んでいると、妖精王が先に口を開いた。
「どうやら時間が来てしまったようだ。エレノワよ、暫くはここに留まるのもいいが、お主が女神共を許せぬと言うなら…ここから西に進んだ先にある迷いの森へ行くがいい」
「またな」と言いたい事だけ言って飛んでいった妖精王。
その後、近くの茂みから音が聞こえ、エレノワは反射的に振り向いた。