表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/16

妖精と女神

 神への祈りとは程遠い祈りを数刻続け、もうそろそろ終盤と言うところで後ろからざわめきの声が聞こえ始めた。


 後ろが騒がしいわ…

 手順でも間違っていた?



「き、奇跡…?!」

「奇跡が起きたのよっ!」

「…あぁ、神よ……」


 ん…?

 奇跡って…なに?


 民衆のざわめきに混ざって、奇跡という言葉が飛び交う。

 エレノワは不思議に思い、祈りの最中に瞑っていた瞼を開けると、その瞳には何とも言い難い幻想的な光景が広がっていたのだ。


 どういう、こと?


 大聖堂には、煌めく赤い花びらがヒラヒラと舞い、時折その間を()()が動いている。


 近くに舞った花びらを掴んだエレノワ。


 ……バラ?


 大聖堂の中に舞っていたのは、薔薇の花びらだった。


 訳がわからない。


 誰かが言ったように奇跡である。

 エレノワは確かに魔法は使えるが、今、使っていたかと言えば、否だ。


 呆然と突っ立っていたエレノワの傍に、教皇とラファエルが焦りを滲ませながら近づく。



「エレノワ様っ、これは…どういう事ですか?」

「この花びらは貴女が?」

「…え、いえ…私は何も」

「そうすると、この現象はもしや…!? あのお方が降りて来られたのかッ」

「教皇様それはいくらなんでも早計かと」


 とエレノワの横で訳の分から無いことを言い始める二人。


 大聖堂内から外にまで伝わったのか、或いは外にまで花びらが降っているのか辺りは騒然となっている。

 それを収めなければいけない教皇も今や、事態に追い付けずにラファエルと話すばかりだ。



【ねぇねぇ、ミンナおどろいてるね】

【うんうん、おどろいてるね】

【キセキだって】

【キセキ、キセキ】

【ボクたちがやったのに】

【やったのに】

【キセキって】

【【【【おっかしーい!!】】】】



 教皇の代わりに…と思っていた時だ。

 子供のひそひそと話す声が聴こえたのは。



 ケラケラと楽しそうに笑いながら話すその声は、悪戯が成功した子供みたい。



【ねぇねぇ、あのコがいるよ】

【いるね】

【いる、いる】

【おどろいてる】

【おどろいてるね】

【ボクたちのこと、みえてるかな?】

【どうかな、どうかな】

【【【【よし! ためそう!】】】】



 そう言うやその声達は、一斉にエレノワへ向かい始めた。


 殆どの者は見えず、神官など神に遣える者には、光の粒がキラキラとしているようにしか見えていない。


 しかしエレノワには…

 あの動いていたのが何なのか、近づくにつれて視界に捉える事が可能になった。



 この子達は一体…―――――



【ねぇねぇ、()()()さま】

【ローズさま】

【ボクたちのことおぼえてる?】

【おぼえてる?】



 フワフワとエレノワの周囲に漂うのは、滅多に視ることが出来なくなった妖精だった。

 一人一人姿形が違っている。

 共通しているのは、特徴ある背中の銀色に輝く透けた羽と尖った耳。

 小さい彼等の光は一つとして同じ色は無かった。


 その妖精達は、エレノワをローズと呼ぶ。


 自分をローズと呼ぶ妖精に戸惑い、返事をすることが出来ないでいた。



【あれれ? みえてないのかな?】

【ボクたちのこえきこえない?】

【ローズさまじゃないの?】

【じゃないの?】

【おかしいな】

【おかしいね】

【めがみさまローズさまいるいったのに】

【いったのに!】



 戸惑う私を他所に、可愛い妖精達は会話を繰り広げていく。

 その会話が少しだけ不機嫌さを表したのを感じ、私は妖精達に向かって咄嗟とは言え声を掛けてしまった。


「え…えっーと、妖精…さん? 仲良く、ね?」


 と、合っていそうで合ってない返事。



【あれ?】

【ローズさまはなした】

【はなした!はなした!】

【やっぱりローズさまだ!】



「その…私はエレノワって言うのあなた達が言ってるローズ様ではないわ」



【ううん。ローズさまだよ?】

【たましいのいろおなじ】

【おなじ、おなじ】

【きれいなローズさまのいろ】

【いろー】


 嬉しそうに私の周りを飛び回る妖精達。

 ふと、視線を感じそちらに向けると大勢の人が私を驚いた眼で見ていた。



 何故?

 と思ったけど、既に大聖堂内は静けさを取り戻し妖精達と会話をする私の声だけが響いていた。


 背中に冷や汗が流れた気がした。


 これは…やってしまったかもしれない。



「エレノワ様…何方(どなた)と会話を」

「…えぇ、っと…それは」

「教皇様、この光粒はもしや妖精なのでは?」

「えぇ…私も久方ぶりですね、妖精様にお会いするのは…」



 感慨深さを見せた教皇。

 やはり教皇やラファエルも妖精の存在に気付いていた。



「してエレノワ様、妖精様はどの様なお話を?」


 そうラファエルが質問をする。

 周囲はそのやり取りを固唾を飲んで見守るように、エレノワの出方を伺っている。



 ここで下手な事は言わないようにしなければ……


 ふぅ…

 息を軽く吐き、深く吸い込むと教皇、そして見守る民に向けてエレノワは答えた。



「教皇様、(わたくし)は初めて妖精様にお会い致しました。この光輝くのが妖精様なのですね……知らずとは言え、妖精様に話し掛けてしまいました。話すと言っても私の臆測で妖精様がケンカをしていると見えてしまったのです。光の強弱と言いますか…なので私には妖精様がなんとお話をしていたかなど分からないのです」



【えぇーローズさまうそつきー】

【うそつきー】

【みえてるのにねぇ】

【きこえてるのにねぇ】



 私の頭上からはそんな妖精達の声が聞こえたが、自分のこれからの事を考えたら無視よ。



「それは誠ですか?」

「………えぇ、嘘は申しておりません」


 そう、()()付いてない。



「そう、ですか…」


 教皇はあからさまに落胆を見せた。


「もしかしたら―――と、そう思ってしまったのですが…そうですか……」

「…教皇様、そろそろ」


 ラファエルが周囲の状況を見てだろう、一部の民衆がざわめき始め何人か外へ向かう者も出始めた。

 おそらく、今起きた事を参加出来なかった街の人達に触れ回るのだ。

 混乱が起きる前に収拾させなければならない。


 状況判断に関してラファエルは凄い。

 本当にそこだけは認める。


 そして何より人を使うのが上手いのだ。

 自分が有利になるように、自分の手は汚さず周りの人間を上手く利用し今の地位まで昇り詰めた。


 だからこそ私はラファエルを信用する事が出来ない。



「お集まりの皆様、今起きている現象…これは二十数年前までこの地に居られた妖精様がまた戻って来てくださった。これも此所に居る皆様の祈りそして、エレノワ様の祈りが届いたという証拠(あかし)…―――これ程までに嬉しい出来事があるだろうか。再び妖精様が舞い戻られた喜ばしい日ではあるが……本日の礼拝は一旦中止とし、また日を改めて執り行う事とします」



 教皇が言い終わると直ぐに、聖騎士と司教数名が現れ皆を外へと誘導し始める。


 私も聖騎士に挟まれるようにその場を後にした。



 その後、妖精様がどうなったかは分からない。

 礼拝堂から出るとパタリと見えなくなったのだ。


 ロザリーの待つ部屋まで来ると聖騎士達は一礼し教皇の元へ戻って行く。



 パタンッ――――



「エレノワ様っ――?! まだ礼拝のお時間で、は……何か御座いましたか?」



 いつもよりも早い戻りに驚くロザリー。

 私の顔を見て直ぐに、何かあったと察するところは流石だ。


 一先ず温かい飲み物で喉を潤したかった私は、ロザリーにお気に入りの紅茶を入れて欲しいと頼むと、ソファーに深く座り身体を預けた。



 疲れた……

 とてつもなく疲れた。


 ロザリーの準備が出来るまでの間、瞼を閉じ考えることを放棄した。



 カチャッ


 ソーサーを置く音が聞こえ、身体を起こし紅茶が入ったカップに手を伸ばす。



「ありがとうロザリー」

「いつもより甘めにしておりますので、落ち着かれるかと」

「……はぁ、美味しい」

「それは良かったです」



 ゆっくりと紅茶を飲み干すと、礼拝で起きた出来事をまとまらない頭でロザリーに話した。


 ロザリーもはじめは何の冗談で、またエレノワの悪い癖で礼拝もそこそこに抜け出してきてに違いないと思っていた。

 それがどうだ。

 エレノワの顔色は優れないままどころか、僅かだが手が震えているではないか。



「―――本当の、事なのですね」



 疑っての問いではない。

 自分に言い聞かせる為の再確認だ。


「えぇそうよ」

「本当に教皇とラファエル様を誤魔化せたのでしょうか」

「それは…分からないわ。でもあの場では多くの民が居た、それだけで証言として充分よ。……それよりもあぁ!何て事なの!? 今まで何十回と文句タラタラの祈りをしていたのに、今更妖精様が現れるなんて!って違うわ、女神様に私は…」


 自分で何を言っているか分からなくなってきた。

 飲み干したカップに紅茶を注ぎ、ロザリーお手製の焼き菓子に手を伸ばした。

 ホロホロとほどけていく食感に、先程までの疲れが吹き飛んでいく。


 ロザリーのお菓子は最高だわ~

 なんて、暢気に現実逃避をしたくなった。



 "『エレノワ…良くお聞き。神カヴァエラを(みな)が信仰しているが、本当に信仰すべきは女神メネシスであるいう事を……決して忘れてはいけないよ』"



 ねぇ、()()様…本当に女神メネシスは存在するの―――?

 不意に昔、教皇であった者から訊かされた話しを思い出した。

 もう何年も前の事である筈なのに、あの日の事は今でも鮮明に思い出せる。



『あらあら~?私を喚んだのは貴女かしら~?』


 思い出に耽っていると頭上から可愛らしい声が聴こえてきた。

 その声はロザリーにも聴こえたのだろう。

 目を見開き、不審者が居ないか私を自身の背に隠し辺りを警戒する。


「エレノワ様私の後ろへ…」

『そんなに警戒しないで~エレノワちゃんを護ってくれてるのは素晴らしいのだけど、ロザリーちゃんもちょっとは女神を慕った方がいいと思うの~』


 なんとも間延びした喋りに緊張感が薄らぐ。

 それでもロザリーはエレノワを背に庇い、辺りを睨み声の主を探す。



『ふふふっ、もうロザリーちゃんったら怖いんだから~そんな貴女も素敵よ! でも今は時間が無いから手短に伝えるわね』

「ちょっと待って! 貴女は…あのメネシスなの?! そうだとしたらどうして今更っ」

『…そうね、エレノワ。貴女がそう思うのも無理無いわ』

「女神であると言うのなら…私達の前に姿を現したらどうです。それともそれさえ出来ない理由があるのですか」

『本当に時間が無いのだけど……仕方ないわ』


 そう声の主が呟くと目の前がほんのり明るく輝き出した。

 キラキラ輝く光。

 光が少しずつ集まり人の形を造り出す。


 現れたのは半透明の姿をした女性だった。


『これでいいかしら?』

「貴女が女神メネシス…?」

『信じてくれたかしら? ってまだ半信半疑のようね。でも今は本当に時間が無いの……だから今は信じてくれなくてもいい。貴女がこれからその答えを見付け出すのだから』



 そう、女神が言うと彼女は此方の事などお構い無く、話しを始めた。


 女神メネシスとの出会いで、今後の運命が大きく動き出すとも知らずに、私とロザリーはメネシスの話しに耳を傾けるのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ