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不自然な親子

 神を崇拝し、神こそが全てと━━━

 幼き頃より親から子へ言い訊かされる世界。


 各国で崇める神こそ違えど、時には王族または権力者よりも重きが置かれ、神声の儀式にて神からのお告げを貰うこともあった。

 身近な存在である神は、それを祀る祭壇が形や規模は違えど、各地至る場所に点在している。



 小さな田舎町でも例外はなく、こじんまりとした小さな祭壇が建っており、それを眺める一人の男がいた。

 男の目は鋭くつり目がちである。

 顎には髭を生やし、実年齢よりも年老いた風貌を漂わせていた。


 祭壇を見ることはなんら不思議なことではないが、男の見方はどうも端から見れば、睨み付けているようでもあった。


「父上っ!!」

「どうした? そんなに息を切らせて」


 祭壇に意識していると聞き慣れた声が耳に入り、後ろへ振り向く。

 男の後方から走り寄ってきたのは、息子と思われる青年だ。

 急いで来たのか、それとも遠くの方から走って来たのか、額にはほんのり汗が滲み出ていた。


「…っ、はぁ、はぁ……い、いま、で、ででん」

「もう少し息を整えたらどうだ?」


 そう言われ、腰にぶら下げていた筒を口へ運ぶと、ゴクゴクと喉を鳴らしながら飲み物を一気に飲み干した。


「ぐっ、ゲホッ…っ、伝令があって…中立国家に女神からの神託が賜ったって!!」


 男のつり目が見開いた。

 一見すると、細目がちな目がこれほどまでに大きく見開くとは、男の驚き様をまざまざと表している。

 すぐに冷静さを取り戻すと、一度目を瞑り何か思案し始める。

 その様子を青年は、固唾を飲んで静かに待った。


 ゆっくりと開かれた瞳には、何かを覚悟した鋭い刃にも似たものを男からは感じられる。真っ直ぐに青年へ視線を向けると、緊張した面持ちで男を見据え言葉を待っている様だった。


「━━━急ぎ、この町を出る」

「……ッ! し、神託の内容はっ…?!」

「聞かずとも、おおよそ検討がついている。ぼさっとするな。明日には、ここへお前を捜しにやって来る」

「誰がっ!!」

「いいから家に帰って支度だ」


 これ以上、話は終わりだ。とばかりに、青年が来た道を戻るよう男は自宅への帰路を急ぐ。


 自宅に着くと、男は自室の部屋に向かう。

 平屋の家はさほど大きくもなく、家事室と寝室が二部屋、それに浴室があるだけの造りだ。

 小さな田舎町ではごくごく普通な家。

 その一室から男は旅支度だと思われる大きな鞄と、田舎町に不釣り合いなこれまた、大きくそれでいて細長い槍を家事室へ運び入れていた。


「…は、はぁ……あい…かわらず、すげぇ、体力…」


 青年は男から少し遅れて自宅に到着するも、膝に手を置き息を整えていた。


「あれくらいで息を切らすなど、だらしないぞ」

「父上が、異常なんだ…!」


 年老いた風貌を漂わせているにも関わらず、男の肉体は青年がいう様に異常であった。服を着ていれば然程分からないが、腕は筋肉が盛り上がり背筋、腹筋も同じく筋肉が盛り上がっているという、顔と身体のバランスがとても不釣り合いな体格をしていた。


 一重に男の日々の鍛練が生んだ結果だ。

 その男の息子である青年も程よく鍛えられた肉体をしているが、男から言わせればまだまだ修行が足りない。


「準備はしてあるな?」

「今朝もしたし、もう毎日のにっ…」

「…よし、すぐジルに荷物を括りつけて出る準備をしろ」

「って、最後まで言わせろ!」


 言い終わらぬうちに、男は荷物を持ち裏口へと向かう。

 息子である青年には、幼少期の頃から日課にさせている事がある。

 いつ如何なる時であろうと、すぐに出立出来るだけの荷物を確認させるということを。

 極々普通な家庭であれば、それが如何に可笑しな行動であるか…しかし青年は、幼少期からの慣れ、いや刷り込みに近いだろうか。それによりなんら可笑しいとは思っていないのだ。

 元来、おちゃらけた性格のお陰か深くそこまで考えない歓楽的思考で、今日まできたのだ。


 ジルと名付けられた馬に荷物を取り付ける。ジルとは違うもう一頭を男が引き連れ青年の前に現れた。


「シャイ」


 名前を呼ばれた馬は、嬉しそうに鼻を鳴らす。


「父上、シャイも連れていくのか?」

「ここへはもう戻らない。シャイだけ残せるわけないだろ」


 それを聞いた青年は、本当にここへ戻ることが出来ないことを悟った。

 たまにあったのだ。今みたいなことが…

 それは、一週間だったり一月であったり。それはまばらであっても必ず家に戻っていた。だが、今回は違うらしい。


「今日中に隣国に一番近い、国境周辺の森に身を潜める必要がある。急ぐぞ」


 その言葉を聞いた青年から血の気が引いた。


「ち、父上…まさかとは思うけど、"あの"森のことを言ってる?」

「お前はどの森だと思っているんだ」

「…い、いや、うん…なんでもない」


 はぁ。と溜め息を吐くと青年の肩から力が抜けた。

 覚悟を決めるしかない。そう諦めたのだ。


 二頭の馬に跨がり、二人は誰にも行き先を言わぬまま町を後にした。


 その後、夕方近くに国の騎士を名乗る男が数名町を尋ねてきたが、既に家の中はもぬけの殻。町の誰一人、逃げた姿を見ていなかった。


「少佐っ! 厩舎が見つかりましたが、馬がいません」

「家からも手掛かりという手掛かりは見つからず…残りは生活に最低限必要なものばかりが残されております」


 それを聞いた、くすんだ灰のような髪を一つに纏めた男が顎に手をあてた。


「…痕跡は残さぬか」

「少佐、報告が」

「なんだ?」

「この家に住んでいた者達について、()が祭壇をよく睨んでいたという目撃がありました」

「ほぉ…祭壇を」


 少佐と呼ばれた男は、目を細め先を促した。


「その娘の特徴としては、茶色の癖がある長髪で、目鼻立ちがとても良いそうです。見た目からして十五~二十歳だったとのこと」


 今の内容では、何処にでもいる娘の特徴と何ら変わりない。

 むしろ、特徴が無さすぎる。


 少佐は祭壇がある場所から町をぐるりと見回した。

 町も静かなものだ。


 田舎町では珍しいだろう騎士にも無反応なのだ。

 大抵の町や村など、騎士が現れただけで大騒ぎである。

 それ程、騎士は珍しく訪れるだけで何かあったのではと、野次馬の如く遠巻きながらも人の群が出来る。


 その現象がこの町にはない。


 それどころか、とても静か過ぎる。

 不自然な程に…


 あながち騎士(少佐)の見立ては間違いではない。

 何故ならこの町全体が、あの親子…いや父親が長年準備をした結果なのだから。



「村長を呼べ」



 暫くすると村長と思しき人物が騎士達の前に連れてこられた。


「騎士様、お呼びだとお伺いしましたが…どうかなされましたか?」


 人当たりの良さそうな老人である。

 歳はそこそこいっていそうであるが、足腰がしっかりとし背筋が伸びた顎髭が似合う老人だ。


「村長よ、この家に住んでいた者の事で聞きたいことがある」

「なんでございましょう」

「此処に住んでいた者はどういった人物だ?」

「はぁ、どうと言われましても…(わたくし)からは普通の親子、男一人で娘を育てるそれはもう出来た者でした」

「娘の名は?」

「き、騎士様や…あの子が何か」


 騎士に詰め寄ることはしなかったが、胸の前で手をあわせ村長は娘が何か仕出かしたのではないかと、内心ヒヤヒヤし始める。


「そう焦るな。何もない」


 今はな。という言葉は村長には聞こえなかった。


「そ…そうですか。てっきり騎士様を怒らせる何か仕出かしたかと」

「で、娘の名は?」

「はい、ルナリスでございます」

「して、いつも何か仕出かすような事をする娘なのか?」



 村長の発言を聞き逃さなかった。

 村長にとっても然程気にせず発した言葉だ。

 それを返されるとは思ってもいなかったのだろう。



「い、いえ…少しばかりヤンチャな娘でして…時折やって来る商人や旅人等に村の外について聴かせて欲しいだのとねだるものでして……度がいき過ぎますと、泣いてすがる事も多々…」


 罰が悪そうに顔を歪める村長を見て、嘘ではないのだろうと思ったが、何せ彼等は神託が降りた事でこの村に来ることになったのだ。


 何も手掛かりがなく、土産の一つも無いようでは面目丸潰れである。


 しかし村長曰く、よくあの家族は出掛けていたという。


 出掛けてすぐ戻ることもあれば数日戻らない日もあったという証言を得た。


 それであるならば、数日間何名かをこの村の監視として見張らせるのも有りかもしれんと騎士(少佐)は考え始める。


 村長を下がらせたあと、騎士達は少ない人数を更に分隊させ村の監視と近くの捜索隊に振り分け、親子の行方を追った。


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