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真実ーヴェリタスー

 食事はとても楽しかった。

 父上の知らない所を魔女が面白おかしく語るもんだから、仏頂面の父上がアタフタする姿は新鮮だった。

 これが本来の父上なのだと、思える瞬間でもあった。


 魔女は豪酒だった。

 父上もそれなりに呑む方だと思っていたが、それを上回る豪酒で、顔は少し赤いが酔っている感じは見えなかった。


「ふ、ふ、ふぅ〜」

「ご機嫌だな?」

「そりゃ〜もう!…だってあの子の子を見れる日が来るなんて…思ってもいなかったからね〜!!これが嬉しくなくてどーするのさ!」


 そんな会話をしながら粗方片付けが終わると、魔女に奥の部屋へ来るよう言われた。


 部屋の中は三人が寝泊りしても問題なさそうな広さだった。

 ただ、明かりは青い炎が灯った蝋燭が至る所に設置されている以外何もない。

 壁一面に棚があり、その棚には何が入っているのかよく分からない瓶や箱が多数あった。

 部屋の中央に丸型テーブルが一つ。そこにもやはり青い炎の蝋燭が…


「じゃあまずは…何処から話そうか」

「……今から聞くことは…俺の……出生や父上に関係する事なんですよね…?」

「そうよ」

「はじめから――――はじめから教えてください」


 すると父上が「自分が話す」と言い出した。



 ✡✩✡✩✡✩✡✩



 俺がライアンの母と出会ったのは、雪が降り凍えそうな日だった。

 当日騎士になったばかりの俺は、街の巡廻班として数人の同僚と廻っていた。

 しかし、その日は隣国が攻め入るという情報があり街全体が臨戦態勢になっており、俺は特攻隊の一人として配置された。

 特攻隊の役目は敵国の状況を把握し、味方に伝える伝令としても機能し、敵を見つけ次第排除するという役割があった。


 数日に渡る睨み合い。

 本格的な争いこそなくとも裏では小さな命のやり取りが何度もあった。


 そんな時だ―――

 晴れていた天気が突然何の前触れもなく雪が降り、辺りは凍えそうな天候に変わった。


 後に敵国の策略で、魔法使いが起こした魔法の一種である事が分かったが、大規模過ぎて魔法である事に気付くのが遅れた。

 その天候を何とかするべく駆り出されたのが…ライアンの母“リリアン”だった。


 リリアンの魔法は洗練された美しい魔法で、敵国の巨大な魔法を相殺し国に勝利をもたらした。

 リリアンは国の姫で、本来であれば一騎士である自分と出会う事など皆無。それが何の因果か…俺は戦の功績がみとめられ、リリアンの近衛騎士に抜擢。数年をリリアンと共に過ごした。


 ………リリアンは姫だった。

 俺の手の届かぬ雲の上の存在であった筈なのに…俺はリリアンに想いを……愛してしまった。


「――――」


 そのうちリリアンは、遠い国の第二王子と婚約を交わし結婚した。


 その嫁ぎ先で悲劇は起こった。

 嫁ぎ先である【スカンダ神帝国】は、神を崇拝する過激国家だったのだ。

 同じ魔法区域国でありなが、神への信仰心が熱く神へ身も心も捧げる。というのが彼の国。

 あまりにも自国との差を感じ、リリアンは日に日に不安になり憔悴しかけた。

 王子は自国との差を目の当たりにしたリリアンの不安を、少しずつ解くように毎日リリアンに付き添っていた。

 そのおかげか思っていたよりも神への信仰心が過激ではないと分かって以来、王子とは良好な関係を築けていたのが良かったのかもしれない。


 そんな時だった―――

 リリアンがライアンを身籠ったのは……


 スカンダ王も王子、姫の誕生を心待ちでいた。

 身籠ってからは一層、王子達は優しくここの暮らしにやっと慣れてきた頃。

 リリアンが臨月になり、もういつ産まれてもおかしくない…という時に、“アイツ”が現れた。


 “アイツ”は国中を旅して回っていると言い、職業は【神の声の代弁者】だと言った。

 ―――ならばと、王は王子の妃であるリリアンの子供が、神の祝福を授かっているか占うよう言った。


『……承りました』と言うと、リリアンの周りを観察しお腹を眺め、よく分からない液体に棒を取り出すと、空中にばら撒き魔法で固定した。

 その一連の動きこそ不審さはないものの、嫌な予感が駆け巡った。


 “アイツ”は液体と棒の固定された状態で、神からの啓示が分かるという。


 そして“アイツ”はスカンダ王にこう告げる。


『………な、なな、なんとっ!!き、妃のお子は…神に呪われた反逆者の生まれ変わり!このままでは王子の命が危ない!……いえ、いえいえいいえ!!こ、これは……国が滅ぶと、神から(わたくし)に啓示がっ――!一刻の猶予もありませぬ!!王よッ…この呪われた子を宿す母胎事始末せねば、この国は滅びの一途を辿る事に!!』


 と言った。その言葉に、その場に居た重役達は勿論、王子で夫のトリスティンも初めは驚いた顔をしていたが、何を言われたのか理解しだすと、優しかった眼差しは憎しみへと変わり、リリアンを殺せと会場中がざわめいた。


 捕まってしまえば、自分は処刑され首を跳ねられる。だが、お腹の子供はもしかしたら自分が死んだ後、お腹を裂かれ出された後、斬り刻まれるかもしれない…


 それなら…と、俺はリリアンを逃がすことにした。


 幸いな事に処刑はすぐには実行されず、皮肉にも“アイツ”が『公衆の面前で行い神へ捧げるのがいい』など言ったおかげだ。


 リリアンは王族が罪を犯した際、入れられる塔に幽閉された。


 処刑は三日後と決まり、時間が無かった。

 俺は処刑前日にリリアンを塔から救出し、逃げる道を選んだ。しかし、逃げるにしても物資や武器も必要だ。“アイツ”や王子達に不審に思われず動くのは限られている。気持ちばかり焦っていく……


 そんな時だった―――


『――アナタが…エディ様で?』

『どちら様で?』

『…これは失礼致しました。私、リリアン様仕えてます…エルディナ・セル・ボルガと申します』


 彼女はそう名乗り、自分は俺とリリアンと同郷であると言った。


『同郷であれば…私が知らぬ訳がないのですが』

『ご懸念はもっとも……私は祖国へ定期報告という名目で、身分を偽り潜入した間諜。アナタ様が知らないのも無理ありません』

『……』

『今は時間がありません、聞きたいことは山程えるかと思いますが、私を信じてリリアン様をお救いするのを手伝って下さりませんか?』

『スカンダの者でないという証明がなければ』

『大丈夫です―――全て私に任せてください。アナタ様はリリアン様をお救いする事だけを…リリアン様の事だけを考えて動いてくださればいいのです』


 その後、彼女へ簡潔に今後の動きについて説明すると、煙のように消えていった。


 彼女を完全に信じた訳じゃない。

 だが彼女の目は真剣で、リリアンを助けたいという気持ちが伝わったから…俺は彼女に賭けることにした。


 時間が無いからと予め準備していたのか、一枚の紙を渡された。

 そこにはリリアン救出までの時間や行動など、事細かく記されていた。


 エルディナと別れた後は、物資など確保する為に動いた。そして処刑前夜…エルディナが記した場所に向かっていた。


 “幽閉されている塔の西側に、小さな用水路の鉄格子を外し、中へ侵入可”


 警備の目を盗み、西側へ周りなるべく音を立てないよう鉄格子を外す。鉄格子は思いの外簡単に外れた。

 膝下までの水で歩きにくくはあるが、壁に手を付いていれば何とか次の場所まで来る事は出来た。


 “右手にある梯子を登る。登る際は三十数えるべし。数え登った辺りに押せる石がある為、音がするまで押し込む”


 とある。同じような指示がいくつかあり、何度目かの指示で漸くリリアンの元に辿り着いた。

 恐らく昔の王族が造らせた隠し通路という所だろう。


『………誰ッ!?』


 自分であると伝えると『エディ…!』と身籠でありながら駆け寄るリリアンを俺は抱き締めた。


『―――――そう…エルディナが……』


 その時はまだ俺は分かっていなかった。

 エルディナの名を呟くリリアンは、酷く怯えた様にも見える程、震えていた。


『やはり裏切り者…でしょうか』

『………いいえ…いいえ違うわ―――エルディナは…私の一番の……』


 そこまで言ったが最後まで口にすることは無かった。しかし、覚悟をしたのかリリアンは自身の頬を叩くと『エルディナの覚悟を…無駄にする訳にはいかない!エディ……私をこの国から連れ去って!』その後は二人とも無我夢中で城から逃げた。


 城から出た後は、近くの小屋に待機させていた愛馬とエルディナの姿があった。


『エルディナっ……!』

『……姫様…ご無事で』

『貴女のおかげよ、ありがとう』

『とんでもございません。さぁエディ様これをお持ちになって、姫様を安全な場所までお連れしてください』

『……貴方も一緒に―――』


 その言葉にエルディナは首を振る。


『エディ様!さぁ早く!!』


 その時の彼女達は…泣きそうな顔をしていた。

 無理やりリリアンを愛馬に乗せ、自分も跨るとエルディナは『………どうか…姫様を……お願いします』と頭を下げた。


 これ以上ここに居れば誰かに見つかりかねない。俺は愛馬の腹を蹴り、進むよう合図する。

 この時二人はもう…二度と逢えないと理解していたのだろう………


 酷ではあるが、最低限の休憩だけを挟み、祖国に向かうべく愛馬を走らせた。


 城を出て一週間が経過した頃だろうか。

 近くの町に食料調達で立寄った際、聞いてしまった。


『なぁなぁ、今日の国民放映見たかい?』

『あれだろ?“王子の妃を処刑した”ってやつ』

『んだ!声は野次が酷すぎて聴こえなかったが、首が本当に飛んでって、えげつねーって』

『ましてや妃は身籠って、もう産まれる寸前だったって言うじゃねぇ〜か。王族が考えることはサッパリだな』


 そんな会話が聴こえた。

 外套で姿を隠してはいたが、リリアンの動揺が伝わってきた。

 必要な物だけを一通り揃えると、町から離れた。


『……ねぇ…エディ、さっきの……』

『リリアン様分かっています』


 城の出来事が既に伝わっている。

 急がねばいつ追手が来てもおかしくない。という状況の中、事態は急変する。


 人目を避ける為、森の中を進んでいた時だ。


『――――……うっ、んぐ…』


 リリアンが腹部を押さえる様な仕草で、痛みを訴え始めた。陣痛がきた…とすぐ理解すると、周辺に休めそうな場所を探す。

 偶然にも木こりが使用していそうな山小屋を発見した。


 そこからは追手など気にする暇もなく、用意出来る限りで出産の準備をした。

 清潔ではない場所に、道具もナイフと臍の緒を結ぶ縄と赤子用のタオルのみ。


 しかしここで産むしかない。

 何も知識の無い男の俺は見守る事しか出来なかった。


『………ねぇ…エディ』

『はい』

『…“あの方”が来る前から…はぁ…わたし、この子には…何か特別な力が…ん、ハァハァ…宿っていると……感じていたの』

『もう話さない方が…』

『いいえ…これを逃したら、もう話せない……お願い、エディ…私の代わりにこの子を…この子をどうか…――ン、ぐぅ…どうか、幸せにして』


 その後は、陣痛が押し寄せ会話もままならないまま…ライアンお前が産まれた。


 二三、リリアンと会話をすると追ってから逃げるように、産まれたばかりのお前を連れ、この森まで逃げてきた。



 ✡✩✡✩✡✩✡✩✡✩✡✩




「ライアン…お前の出生については以上だ」と父上が言った。

 ずっと父親だと思っていた人は父親じゃない?そんな事今更……


「――それと…」

「わたしは少年の叔母になる!」


 …………

 ―――おば?……叔母あぁぁぁ!??


「なんでそうなるんだよ!」

「へ?いや、だってさ少年。キミのお母さんはわたしの妹。ならキミはわたしの甥っ子という事になる」

「………そう…いう、もん?」

「そういうもんだ!さて、エディの長ったらしい少年出生については聞けたが―――次は…エディ君の番だよ」


 と、魔女…いや叔母は言った。

 これ以上何があるんだ、って思ったが…ここからが本番だという事に俺はまだ気付いてなかった。


「さぁ此処へ座るんだ」


 魔女は何でもないただの椅子にエディを案内する。

 すると棚の中から幾つか小瓶を取り出した。

 それを椅子の周りに振りかける。


「――それじゃあ…始めるよ」


 ローブから杖を取り出すと呪文を唱え始めた。

 魔女の(ことば)は形を創り、螺旋を描く様エディの周りを囲みだす。


「我、(いにしえ)に連なる魔女の一族、名はクラリス・ラーゼ。忘れられし汝の姿、月夜に照らされ今宵舞戻る。来たれよ来たれ、さもなくば混沌の闇に囚われ永遠に戻る事は叶わん。我に応えし(あまね)く光の精霊よ、エディ・ビオルクの真の姿をここに…」


 エディを囲んでいた詞は光を帯び始める。

 強くなる光――――


「………さあ戻りし姿を現さん、戻れよ戻れ深淵に眠れし己の姿を喚び起こせ」


 更に強くなる光。

 部屋の中を覆う光は徐々に収まり静けさを取り戻す。


「――――その…姿、は」


 ライアンは酷く驚いた顔をして呟いた。


「その姿久々だね〜、いや〜良かった!ちゃんと解除出来たね」

「え?解除って…え?え?父上なのか?」


 混乱してまだ状況が上手く読み込めないライアンに、エディは言った。


「ライアン済まなかった…お前を騙すような事を……」


 ライアンはまだ状況を理解出来ていなかったが、少しずつ落ち着きを取り戻しエディの姿を見る余裕がうまれた。


 エディの背格好などは以前と同じだが、顔が全く変わっていた。変わる前は頑固親父まではいかずとも、短髪の髪につり上がった目、眉間に皺を寄せ滅多なことでは笑わない顔立ち。特徴という特徴がないのが特徴の父親が、ダンディなおじさんになっていた。

 髪は少しクセがあるのか、縮れているが後ろに流せるくらいの長さがある。つり上がった目も無くなり、全体的に雰囲気が柔らかくなった気がした。

 変わってしまった父親を前に、怒りが出てくるかと思ったがライアンの口から出たのは意外な言葉だった。


「父上は…父上で、父上が俺を一人で育てるにはきっと……きっと姿を変える選択肢しかなかったんだって、今の聴いてたら…そう、思ったから…だから………父上は父上のままで、これから先も俺の父上は変わらない」

「…――ライアン」

「今の説明からするとさ、俺の本当の父親は別にいるんだろ?…でも、俺は俺を育ててくれた…エディ(ランディ)だけが父上だ。他にいようが関係ない。それだけは……それだけは覚えておいて欲しい…父上」

「あぁ………ありがとう」


 下を向き何か耐えているのか、肩が僅かに揺れている。


 十六年―――

 十六年だ、父上がこの秘密を誰にも話さず耐えたのは…

 俺だったらきっと挫け、誰かに話してしまいたくなったに違いない。

 それを一人で抱え、姿を変えても俺を…母を護ろうとしてくれた。

 きっと全てを打ち明けた事で、少しは肩の荷が下りたんじゃないかなと思った。

 …だって、父上の頬を涙が伝うのを見てしまったから………


 暫くそっとしておく事にした。


 落ち着いたのかランディは一度、天井を見上げ目を瞑ると深呼吸をする。

 再び目を開けた時にライアンが見たランディは、()()だった。

 正確には見た目は変わっていない…が、雰囲気が父親から知らない人物へ変わっていたのだ。


 するとランディは立上り、ライアンの前に膝を折る。


「…ちょっ!父上ッ!!?」


 一瞬…父上の顔で笑い掛けた……気がした。

 それも一瞬で、瞬きした瞬間には違う顔になっていた。


「ライアン()、私はこの日を…この日をどれ程待ち望んだか―――私、エディ・ビオルクはライアン・リオ・スカンダを君主とし生涯を支え剣となり盾となる事を此処に誓います」

「―――な、に…を」

「ライアン受取ってやりな、エディは父上から君の家臣として今後を支えるって言っているんだ。君は知っている筈だよ」


 父上の言葉が信じられなかった。

 だけど…もう親子として戻れないのだと……直感したのは確かで、それがとても嫌で嫌だけど…だけど…それを否定するのは簡単で、簡単なのに…それは違うというのは………父上からずっと教わっていた事が胸の何処かにあったからだと思った。


 ずっと父上はこんな想いを…いつか自分が家臣になる事が分かっていながら……俺を…



 ………ああぁ…やだな……もう戻れないのは―――



「―――…私、ライアン・リオ・スカンダはエディ・ビオルクを騎士と認める!」



 “ちちうえ〜ちちうえ〜〜、ボクちちうえみたいなつよくてやさしいオトコになる!”

 “…あぁ、オマエならなれるさ”


 どうして昔の事なんて思い出したんだろうか―――

 まやかしでも何でもない…親子じゃなくなるかもしれない…もう父上と呼ぶ事は叶わないかもしれない……それでも俺の父上は、これからも唯一一人だけ…―――



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