還らずの森
村を経ってからどれくらい経っただろう。
親子二人はある森を目指し、馬と共に向かっていた。
途中二つの村を通り過ぎた。
しかしそこで休息をする事はなく、最低限の生活に必要な物だけを買い込みすぐ発つ。というのを繰り返した。
そして、親子は森に入る手前の最後の村に立ち寄った。
森に入ったら暫く出る事は出来ない。その為今までより多少多めに調達する必要がある。
暮らしていた村からここに来るまで、通常なら三日掛かる陸路を親子は夜通し馬を走らせ、明け方森の入口手前まで来ていた。
その神業の様な移動は、父親が使用した魔法と愛馬達の日々の訓練の賜物だろう。
親子は小さな村で幾つか食料を買う。
そこの店主に世間話を始めた。
「店主、この干し肉を五つとオニンにパプリリ、それとそこのホシキクダケをくれないか」
「あいよ!見慣れない顔だがおめぇさん達、旅のもんかい?」
「えぇ。旅人は珍しいの?」
「おや?別嬪な娘さんじゃ。あんさんの嫁さんかい?」
「いんや、娘さ。亡くなった嫁に似たもんで私にはさっぱり似てなくてね」
他愛ない会話が進む。
親子は店主にある事を聞いた。
「そういえば、一つ前の村で物騒な事を聞いたんだが…この村は大丈夫なのか?」
「物騒な事かい?思い当たるのは幾つかあるが、旅人さんが聞いたのは盗賊の件か?」
「…いや、愛し子の捜索隊が村を一つ一つ探し回っていて、立寄った村をめちゃくちゃにするって話だ」
「こりゃたまげた!!愛し子とな!うちの村にゃ辺鄙なとこだ。滅多な事は無いと思うが…旅人さんあんがとよ。村中に伝えるよ」
「そりゃ良かった。では私達はこれで…――」
お金と物品を交換し、親子は村から立去った。
不自然にならない程度にゆっくり馬を引いて歩くと、娘が口を開く。
「流石にこの辺りまでは話来てないみたいね」
「それも時間の問題だ、急ぐぞ」
再び馬に跨ると街道を走った。
森へはあと少しだ。
少女の瞳には何の変哲もない森が広がるばかり。しかし、男の瞳にはしっかりと目的地が視えていた。
「ここ?」
「そうだ、少し下がってろ」
馬から降り、親子は森と街道の境目辺りで停まる。
男は森を左右に見渡し目的のある目印を探していた。その目印を見付けると男は手を翳す。
「我、汝に導かんとする者。道を開き照らせ、照らせ…さすれば汝の下に灯火が舞い降りる」
一瞬だったが、目印がポワァンと光る。
しかし、少女には何も変哲のない特徴もない只の岩だった。だからこそ、入口は見つけにくく知っている人しか森へは立入れないのだろう。
男が呪文を唱え終えると、不思議な事に木々が左右に分かれだした。
「隠蔽魔法?」
「いや、どちらかというと認証魔法に近い」
「……――は?聞いたことないけど」
「当たり前だ。」
「消滅魔法だからな」
「………」
これ以上何か質問するのはやめよう。そう娘は思った。
質問した所で、父親から返ってくる答えは自分の理解の範疇を越えている。
二人は馬を引き、木々が分かれた道を歩き始める。
暫く進みふと、娘は後ろを振り向くとそこは既に木々で埋め尽くされ、来た道が分からなくなっていた。
何処を見回しても木、木、木である。
四方を木が覆い、方向感覚を失わせる。
それでも父親には道が分かっているのか、迷いなく森の中を進んで行く。
「そろそろ解いてもいいぞ」
「わかった」
娘は小言で言葉を紡ぐ。
するとみるみる娘の姿が変化していった。
髪は短髪になり、肩幅は広く鍛えられた筋肉が顕わになる。娘は少女から少年へと姿が変わった。
「はぁ〜あ、やーと戻れた」
「ここまで来れば追って来れない。もう少しで小さな泉があるそこで休憩しよう」
本当に小さな泉があった。
泉の周りは少しひらけており、陽の光が降りそそぎキラキラ輝いている。
魚が泳ぐ姿が見える程の透明な泉の水をシャイと父親の愛馬、ヴィルに飲ませる。
その間、少年は荷物から幾つか取り出すと父親の前に持って行った。
受け取った荷物の中からある物を取り出すと、掌に置き少年の知らない言語で言葉を紡ぐ。
すると掌に置いた物から青い光が出ると、ある方向を指し示す様に道導の光の線が伸びていく。
「はぁ…また移動したのか」
呆れ混じりに言うとある程度場所を把握したのか、袋の中に仕舞い込んだ。
「これから行く所って、前に言っていた―――」
「…あぁ。魔女の家だ」
【魔女】
その昔、戦争が絶えなかった壁の出現がまだだった頃。
とある国に魔女がいた。
魔女はその知識で、多くの人を救った。
病気、怪我した者。呪いや災いといった類。作物の不作相談。など多岐に渡る。
しかし、ある出来事をきっかけに魔女はもちろん、そのとある国も今や亡国となった。
大きな力には代償が付きものだ。
魔女達は自分の立場をよく理解していたが、魔女ではない者達にとっては恐怖でしかない。
魔女をよく思わぬ者達の手によって、国はほろぼされ魔女達は国を追われ散り散りになった。
散り散りになった魔女達の一部が逃れた場所こそ、親子が訪れた森であった。
「その魔女様に匿ってもらうのか?」
「いや、彼女は人との馴れ合いを好まない」
「じゃあ何しに行くんだよ。隣国に行った方が良くないか?」
「………」
「はぁ〜いい加減俺に話してくれてもいいと思うんだけど、いっつも話せない内容は黙りだ」
もう慣れたと諦めるしかない。
どうせこの父親は大事な事は何一つ説明してくれないのだから。
「もう少し進んだら今日はそこで野営にする」
それを合図に再び馬に跨ると先に進んだ。
殆ど変わらぬ景色。
そう思っていたが、よく観察するとだんだん辺りが薄暗い様に視える。しかし、頭上の空はまだ明るい。
なら何故かと考えた。
「気付いたか?」
「気付いたかって…」
「何だまだ分からないのか?修行不足だぞ」
何だというのだ。
待てよ…と少年は少し思案する。
「もしかして…魔素?」
「そうだ。奥に行けば行く程、魔素の濃度が濃くなる。だから魔素の耐性がない人がこの森に入ろうものなら、高濃度の魔素に侵され、全身が黒ずみ硬直し最後は息絶える。そのせいで、この森で生きていられる者は限られ、耐性のある魔力がある者だけが暮らしていける」
なる程と父親の説明に納得した。
道理でここの人間は森へ近付かない訳だ。
それでも一つ不安要素が拭い切れない。
「魔力なしは近付けないとして…」
自分達を追っている騎士の中に、万が一魔力持ちが居たら―――…
「問題ない、この森は魔女の力が発動している」
少年が言わんとする事が分かっていたのか、懐から先程掌に乗せていた物を掲げて見せた。
「それさっきも使ってたけど」
「これは魔女が造った、魔女の居場所が分かる魔導具だ。これがないと魔女の所まで辿り着けない様になっている」
そんな事が出来るのかと思ったが、父親がそう言うのだ。だからそうなのだろうと結論付けた。
なら追手の心配はあまり気にしなくていいとして、魔女の所には後どれくらいで着くのやら…
少年は深い森の中を父親と進みながら思った。




