『アイ』を知る神様
自らの苦悩と世界に対する悩み。
愛を受けつつも孤独に捕らわれた心。
世界を歪めてしまった愛を知りたい。
ここは、神になるかもしれない学生を集めた特別な学校。
生徒らは日々、世界の神になるために学業に励んでいた。
特別なことは何もしない。
ただ、普通に学び、生きる。
その姿は人間、本来の姿。
私も、みんなと楽しく生きれたらよかったのに。
☆
私は白雪。
高校三年生の女子。
至って普通の女の子。
皆からはそう思われている。
それがウザイ。
私は物心ついた頃から人とは違う。
何が違うのか。
それは、すぐにわかった。
『心』が違う。
人間が当たり前に持っている物が欠如している。
『思いやり』、『良心』、『愛』。
私は、その言葉たちを聞くとイライラする。
論理的に証明しようとしない、人間が感情的に演算するそれは、私にとってはバグそのものだった。
だから、私は今日も人間のふりをする。
今は、みんな大好きお昼休み。
友達の渚ちゃんと一緒にご飯を食べる。
私は、お弁当の中に入っている美味しそうな見た目の食材たちを眺める。
「おいしそうだね、白雪さん。今日もそれ手作りなんでしょ? 凄いなー、憧れちゃうよ!!」
「うん、今日も早起きして頑張って作ったんだ」
「さすがだね!! 私は、今日もお母さんに起こされて遅刻ギリギリだったよ」
「あはは」
お母さんも大変だな。
毎日、義務的なこと以外のことをやらされて。
私は、冷凍食品を口の中に運ぶ。
五分で終わらせた手作り弁当。
必死に盛り付けた三十分。
人間は、情報を目で分析する。
その割合、実に九割。
後は、話し方とその他の感覚。
目を攻略すれば人間の支配など容易い。
私は、熱々ジューシーなハンバーグを頬張る。
ふと渚のお弁当が気になった。
歪な形のおにぎり。
まずそうな卵焼き。
盛り付けがまるでなっていない荒れ果てた弁当。
一目で、母親が適当に作った弁当だとわかった。
渚はそれを、おいしそうに頬張る。
『気に食わない』
私は、渚に聞いてみる。
「渚のお弁当、お母さんが時間がないのに作ってくれたんだね」
「そうだよ、うちのお母さん優しいんだよね」
どこが?
適当に盛り付けた弁当に、何の価値があるの?
これなら、コンビニのお弁当のほうが遥かに見栄えがいい。
「お母さんも大変ね。時間がなければ作らなければいいのに。渚は、提案してみないの?」
「うんうん、いいの。お母さんは仕事で忙しいから、お弁当がなくなったら親子のコミュニケーションが減っちゃうよ」
「あ、そう」
渚はとても非効率な人間だ。
お母さんの家庭内での労働時間を減らす。
そしたら、時間を仕事に配分することができる。
その結果、収入が増える。
時間が増える。
束縛が減る。
なぜこんなにも簡単なことをしない。
それだけならよかった。
渚は朝起きない。
母親に起こさせる。
ご飯は作れない。
勉強はできない。
真面目じゃない。
時間が守れない。
遅刻が多い。
これは、怠慢だ。
人生を舐めている。
遊び感覚。
時間を捨てている。
指導。
私は、神になるために。
手始めに、友達を教育する。
「渚、知ってる? 一日は二十四時間しかないんだよ」
渚はきょとんとする。
「知ってるよ。いくらバカな私でも、常識ぐらいは知ってるよ!!」
「なら、知ってる? 人間の生きる時間は、人それぞれ違うんだよ」
「う、うん」
「人間はね、病気で死ぬ人もいるし、事故で死ぬ人もいるし、余命がばらばらに設計をされているの」
渚は、私の顔を見て初めて真顔になったかもしれない。
私は教育を続ける。
「私は神になったら、そんな不平等を消し去る。人間に与えられる時間を私が平等にする。そしたらね、もっと人間は効率的になって誰もが神になれるよ」
私は、視線を渚に合わせたままそう言った。
渚から笑顔が消えた。
私は嬉しくなった。
ああ、そうか。
笑ってる顔が気に食わないんだ。
自分が理解できないことを知ってるこいつが、死ぬほど憎いんだ。
だから、全知全能たる神である私がこいつを吸収して人間になる。
唯一理解デキナイ感情、『人間』ヲ理解し、今度コソ人間二ナル。
「我ハ人間ヲ欲ス。人間ヨ。ソノ頭蓋ト肉体ヲ寄越セ!!!!」
アア、私ハ既二人間デハ無カッタ。
★
私は、人間を理解するため学校へ潜り込んだ。
次の神候補を探すため。
世界は常に進み続ける。
それは、神が机でシナリオを書いているからだ。
神の仕事は、全ての人生をデザインすること。
そして、人類を永遠に存続させること。
私は過去の神の資料から、人生のデザインを学んだ。
気持ちが悪かった。
人間は非効率を良しとする。
親が子を産むと、親は子に愛情を注ぐ。
愛情とは、義務的なこと以外の業務。
親の義務とは、子への投資。
金を注ぎ、子を大人へと育成する。
では、『愛』とは?
金以外の理解不能な行動。
子供と一緒に歌を歌う。
映画を見る。
ご飯を食べる。
一緒に寝る。
喧嘩をする。
一緒に遊ぶ。
意味が分からない。
子供を育成するのに、金以外必要なのか?
ああ、この宇宙より理解不能な人間。
奴らはなぜ、この神にすがる。
手放したい。
自由になりたい。
この終わらぬデザインの果てに、人類の滅亡はまだ来ないのか。
かつて滅びを予言した人間。
彼らもまた、神がデザインした。
神は時折、人間に滅亡を迫る。
あらかじめ一握りの人間に、滅亡の記憶を混ぜる。
記憶は、ウイルスのように広がる。
一人の人間が、周りに訴えかける。
滅亡の記憶をデザインされた人間は、滅亡に抗う。
それは、神が気まぐれにデザインするかもしれない、一つの結果。
その気になれば、神は全ての人間に滅びの記憶を与えることもできる。
何故そうしないのか。
それは、人間が滅びると神も滅びるからだ。
人間なしでは神は存続できない。
故に、滅びに抗う人間を見て、神は学ぼうとした。
滅びの渦中であっても、尚も存在し続ける『愛』を。
幾度も悩み、迷い、苦しみ。
やがて神は、人間を神にする。
この終わりなき絶望からの解放を求め。
☆
「渚、我ハ欲ス。自由ヲ。ソシテ与エル。渚二、コノ世界ノ運命ヲ。ソシテ終ワラセテ。神ヲ人類ヲ」
人類を終わらせ、自身を滅ぼす。
人間の体を手に入れ、愛をその身に宿す私に悔いはない。
渚は、無限に生えた私のきれいな腕を取り、友達に話しかけるみたい言った。
「それは無理だ。いくら友達の願いでも、それを聞くことはできないよ」
「ドウシテ? ウザイ!!」
無数の腕が渚の体を校舎に叩きつけた。
禍々しい体で、幾度も渚を踏みつける。
神である私は、人間を殺すことができない。
私の直接的な攻撃は、世界からの修正を受ける。
渚は、血を吐きながら私の手を取る。
「私は、この世界が好き。争いばかりで進展しない世界。まるで続けることを目的とした、終わり続けている世界。でも、そんな終わった世界で、もし始まり続けているものがあるとすれば、それは……」
渚の傷は回復した。
私の力では渚を殺せない。
「『愛』だよ!!」
私は渚を掴んで投げる。
木の棒のように地面を転がる。
「黙レ。我ラガ『愛』にドレダケ苦悩シテキタカ!!」
「じゃあ、私に愛を与えてくれたのは誰? 今、目の前にいる白雪だよ」
渚は、涙を流しながらそう言った。
私は、気に食わない人間が泣くのを見て笑みがこぼれた。
「白雪。あんたは最低だけど、私に『愛』を与えてくれた。だから白雪は私の友達なんだ。だから愛してあげて自分自身を」
「ウルサイ!! 嘘ダ!! 妄言ダ。口カラ出マカセ言ウナ!!」
「嘘じゃない!!嘘をついていたのは今までの私。お母さんは優しくない!! お母さんは仕事なんかしてない!!」
渚の必死の叫び。
私は、殴りかかる手を止め渚を見る。
「お母さんはね。夜に男と一緒に遊んでるだけ。朝だけ帰ってきて口止め料でお弁当を渡す。そして言うの。『チクったらあんたを殺す』」
渚は泣きながら私に真実を語る。
それは、愛に苦悩していた自分が馬鹿らしくなるほどの現実。
そう、渚は私が作ったおもちゃ。
可愛そうに虐げられる人間を見て、悦に浸りたかった私の醜い欲望。
渚は、母親からの家庭内暴力に怯える少女。
家庭には誰もおらず、ただ無音の生活音が彼女の居場所。
容姿は整っていた。
だが、それを理由に暴力的な大人から奴隷のように扱われる。
そして学校では、明るく元気に振る舞う。
愛を知らない。愛を憎む人間の少女。
渚の言葉を聞き、私は自分が適当に作ったことを思い出した。
思い付きで、人間が馬鹿みたいに泣くのを見て、笑いたかっただけ。
そして渚は友に言う。
「だからね、学校で一番仲良くしてくれた白雪には一杯感謝したいの」
それは、私の世界で唯一の理解者からの救いの言葉。
「白雪は中身がクソなのは分かってた。だけどクソ過ぎて逆に安心した。私を、気遣って優しい言葉をかけていたんじゃない。ただ、あんたは自分なりに愛を模索してただけ。その不器用な、ゴミみたいな愛で、私は正気を保てていた。だから白雪、あんた私の妹になってよ。ババアを家から追い出して二人で住もう」
渚は私に提案した。
こんな醜い私に。
全然何も知らなかった私に。
『愛』のある居場所を提案してくれた。
「ババアの居場所ぐらい、記憶を弄って作ってあげられるんでしょ」
「うん」
『アイ』を知る神様を読んでいただきありがとうございます。
これは、愛って何? って気になって考えた作品です。
私は作り上げた友情をいつの間にか終わらしてしまう馬鹿な奴です。
ハッピーな記憶は脳の奥に眠ってしまって、アンハッピーな記憶が自らを動かしています。
人は幸せになるために生きている。
全ての行動は幸せにつながっている。
そう、信じたい。