第3話 料理をつくる
「せっかくなので、今日は殿下の料理が食べたいです!」
日暮れも近くなったころ、アリサ嬢はそう俺に言ってきた。
むぅ……確かに、俺自身は料理できないけど、固有魔法を使えば作ることはできる。
そう……作ることは、だけど。
アリサ嬢にも、ここへ来る道中では基本的に、俺の味気ない魔法料理を食べてもらっていたからな。
魔法料理……まぁ、自分で言っておいてあれだけど、体にはちょっと悪そうなネーミングだ。
魔法で作っているわけだから、間違いはないのだろうけど。
まぁ、彼女がどうしても食べたい、というなら今日も俺が魔法で作らないでもないけど……でも、いい加減そろそろ直してもらいたいことがあるから、先にそちらを指摘させてもらおうか。
「作るのは別に構わないが、そろそろその呼び方はよしてくれ。先ほども言ったが、俺はもう殿下などと呼ばれる身分ではないのだからな」
「わ、わかりました……」
ちょっと不満そうな顔をしながらも、仕方なさそうに彼女は了承してくれた。
やはり、王族ではなくなった以上、いつまでも『殿下』と呼ばれるのには問題があるからな。
百歩譲って、『様』をつけて呼ばれるのはいいとしようか。
『殿下』という呼ばれ方は、王族にのみ許された敬称なのだ、今の俺にはふさわしくないどころか、はっきり言ってアリサ嬢が罪に問われかねない。
「ああ。以降、気を付けてくれ。……にしても。アリサ嬢も物好きだな、あんな味気ない料理を食べたいなどと」
「味気なくてもいいんです。私にとっては、大好きなお方の作った、大好きな料理なんですから!」
「わかったわかった……。ただ、水に関してはアリサに頼みたい」
「あ……はい。殿下、じゃなくてライル様、本当に普通の魔法は苦手ですものね」
「その才能をすべて、創造魔法に持ってかれてるんだろうな」
「あはは…………。とてつもない、それこそ土の聖女様を上回る珍しい魔法ですよね」
なぜその魔法が国で話題に取り上げられていないのか、本当に気になります、とアリサ嬢は言うが、そればかりは本当に仕方がない。
創造魔法以外に持つスキルのせいで、俺は鑑別式の時に例外的にスキルを授かれなかった無能者というレッテルを張られた。
おかげでそれ以降は、魔法などといったものにも関わらせてすらもらえなかったし……ホントに、自力でこの創造魔法を使いこなせるようになるのに苦労させられたよ。
本当の無能は……いや。今更これを言ってももうどうしようもないか。
むきになって隠し続けていた俺も俺だし。
ちなみにアリサ嬢の言っていた土の聖女様、というのは俺と婚約をかわしていたルルティナ嬢のことを指す。
おおよそこの国や、周辺国において、彼女ほど土のことに秀でた魔法使いはそう相違ないだろう、とまで言わしめた稀代の魔女姫だ。
俺と婚姻が成立していれば、俺のスキルが明らかなものとなっていただろうし……そうなれば、鎮火しかかっていた俺を擁する第二王子派閥が力を持つことにもつながっていたかもしれないな。
そうなる前に俺が愚行を犯してこうなってしまったわけだが。
――まぁ、過ぎたことを考えても仕方ないだろう。
アリサ嬢を選んだことについても、後悔しているわけではないし。
「……創造魔法、料理・パン、料理・野菜と芋のスープ」
頭を振って、バッグから小麦粉の袋と野菜、芋、それから皿とボウルを取り出す。アリサ嬢がボウルに水魔法で水を注いだのを確認してから、俺は創造魔法でささやかな夕食を作り出した。
パンは貴族たちが食べているような柔らかい白パン。野菜と芋のスープは……まぁ、俺自身が料理できない故に、味はお察しといっておこうか。
とにかく大味で食べれないよりはまし、といった程度でしかない。
「いつ見ても、不思議です……」
「料理できれば、もっと味の表現もできたのかもしれないがな」
「ふふっ、もしご興味がおありでしたら、お教えいたしましょうか?」
「可能ならお願いしたいところだな。もう身分がどうの、というしがらみとは関係なくなったのだから」
こうした雑事は、下の者が行うもの。
王子として、そういうふうに叩き込まれていた以上、俺はどれほど興味があっても、やることはできなかった。
それが、今なら誰にも拒まれることなくできる。
ある意味、今の生活は願ったり叶ったり、といえるかもしれない。
「さて。暖かいうちに食べてしまおう」
「はい。――」
うまいとも思えないそれを前に、俺達は食前の祈りを神々に捧げ、城で生活していた時よりも幾分か速い夕食にありついた。