表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シナちゃんの音  作者: 茶内
7/7

7話 終話

◆◇◆現在◇◆◇




「どうしましたか?」


 不意に声を掛けられて顔を上げると、目の前にミニパトが止まっていて、運転席側の窓から以前会話をした老警官が顔を出していた。


 いつの間にか自分はしゃがみ込んでいた。


 マンホールに気を取られてて全然気づかなかった。


「いえ、別に・・・」


 しどろもどろに答えると、彼は良治の全身をジロジロと見回した。


「ずいぶん大きな荷物ですけど、こんな時間にどちらに行かれるんですか?」


「いえ、その・・・」


 これは山北の差し金だろうか。どっちにしろ、もうこれまでだと思った。


「すみません、警察署で話したいことがあるので、乗せてもらえますか」


「話とは具体的にどのような?」


「十年前に失踪した、里藤詩奈ちゃんについてです」


 それを聞いた老警官はしばらく黙り込んだが、ゆっくりと頷いてから口を開いた。


「分かりました。乗ってください」


 後部席に乗ると、車内には若い警官の姿はなく、老警官一人だったことに気づいた。


 まぁ、別にどうでもいいことか、と良治は思い、車はゆっくりと発進した。


 ※ ※ ※


 ほとんど暗闇の外の景色を眺めながら、良治は肩の荷が下りたような感覚を味わっていた。


 母のことを考えていた。さぞかし嘆くだろうな、本当に申し訳ないことをした。反対に父と兄はざまぁ見ろだ。そんなことを考えていると、妙なことに気づいた。


 警察署と方角が全然違う。反対方向に向かって走っている―――


「あの、これどこ向かってます?道間違えてませんか?」


 しかし老警官は「大丈夫、もうすぐ着きますから」と答えた。


 やがて車は止まり、運転席の老刑事が降りて後部席のドアを開けた。


 もちろんここは警察署ではない。


 車から降りた良治は周辺を見回した。見覚えのある景色だった。


「ちょっと、ここって・・・」


 十年前と比べるとだいぶ景色が変わっているが、それでも分かる。


 ここは、良治がシナちゃんをマンホールに捨てた場所だ。


 この場所のことは今まで誰にも話したことはない。


「ちょっと、どういうつもりなんですか?」


 その時、自分が大勢の人間に囲まれていることにに気づいた。かるく見積もっても二十人以上はいる。


「え、え?」これはいったいなんだ!?


 その直後、後頭部に衝撃が走り意識が闇の奥に転がり落ちた。


※ ※ ※


 目を覚ますと地面に寝かされていた。


 起きようとしたが両腕両足が動かず声も出せない。どうやら両手足はロープで固定され、口はガムテープで塞がれているようだ。


 頭がひどく痛んで顔を動かすと首から背骨にかけて電流が走るような痛みを感じた。


 それでも無理して視線を上げると、多数の目が良治を見下ろしていた。


「起きたかい」 


 聞き覚えのある声だった。視線を向けると向かいの家の、菅池だった。


 他にも見覚えのある婆さんも良治のことを見下ろしている。たしか小島だったか・・・他は知らない顔ばかりだ。


―――どうしてこんなことを、


 言おうとしたがガムテープのせいで何も言えない。しかし良治の言いたい事を察したように、菅池が何度か頷きながら口を開いた。


「シナちゃんが、あんたのことをずっと待ってた、と言ってるんだよ」


 今度は菅池の言葉を聞いた周りの人間が大げさな仕草で頷いた。


 ―――ふざけんな!


 口を塞がれているのを忘れてまた口を動かしてしまった。口のガムテープさえ剥がれれば――

 そう思った時だった。


「可哀想だから、口のガムテープだけは剥がしてあげましょうよ」


 この声は・・・山北!?


 声の方向に顔を向けると、やはり彼女が見下ろしている。見知らぬ男が良治の口に貼られているガムテープの端をつまむと、一気に剥がした。


「山北さん、これはどういうことなんですか!」


「あ、ヤマキタは偽名だから」素っ気ない口調で言った。


「え?」彼女の言ってることが理解できない。


「私の本名は里藤沙和といいます。リ・ト・ウ・サワ!」


「りとう・・・・」


 まさか・・・


「はい、詩奈の姉。ちなみに名前だけじゃなくて、警察ていうのも嘘でぇす。本当はガチニート!私の演技、どうだった?」


里藤沙和はクスクスと笑った。


 その瞬間、初めて会った時に彼女に見覚えがあった理由が分かった。シナちゃんの面影あったんだ。


「ついでにもう一個カミングアウトすると、私も詩奈の音はバッチリ聞こえてたんだよ?当たり前だよね?お姉ちゃんなんだから」


「なんでそんな嘘を・・・」


 その瞬間、沙和の表情が豹変した。目を見開いて、般若のような表情になった。


「そんなの、妹のカタキを討つために決まってんだろうが!!」


 頭の近くでガジャ、と重たい音がした。顔を向けると数メートル先にあるマンホールを開けた音だった。


「妹がさぁ、あんたをマンホールに捨ててくれって言ってるんだよね。まさかあんた、詩奈をマンホールの中に捨ててたワケ?」


 そう言いながら沙和はマンホールの中を覗いて顔をしかめた。


「こんな汚いとこに・・・許せない、マジで許せない・・・!」


 沙和は吐き捨てるように言うと、周囲の人間に目配せをした。三人の男が近づいてきて良治の肩と足を掴んで軽々と持ち上げると、開けられたマンホールの方に運び始めた。


「ちょ、待ってくれ!話を聞いてくれ!」


「話なら」沙和が強い口調を良治に向けた。「詩奈とゆっくりしてきなよ」


 直後に浮遊感を感じて、そのすぐ後に背中に強い衝撃を受けた。「ググッ!」


 背中にヌルリとした感触があった。


 マンホールの中に落とされた。背中からでよかった。頭から落ちていたら死んでいたかもしれない。


 顔を上げて、丸く浮かんだ地上に向かって叫んだ。


「待ってくれ!お願いだから・・・!」


ガジャンッ


 闇に包まれた。直後にガン、ガン、ガン、と叩く音がした。狭い空間の中で反響して鼓膜と頭の中が破裂するかと思った。手足を結ばれたままなので耳を塞ぐこともできない。


 くそ!死んでたまるか!


 大きく息を吸った。下水の臭いに吐きそうになったが声を絞り出した。


「誰か、助けてくれぇ!」


 下水道管は何百メートルも繋がっている。どこかで下水道の工事をしていれば、自分の声が誰かに届くかもしれない。


「誰かぁ!」


 カァンッ 


 続けて叫ぼうとした時、遠くから打音が聞こえた。誰かがマンホールを叩いてる!?


カンッ


 先ほどより音が近くなった気がする。


カカン


 また近くなった。誰かが地上で移動しながらマンホールを叩いているのか!?


カーンッ


 違う、地上から叩いてる音じゃない、これは、マンホールの蓋の裏側を叩いてる音だ。


 蓋裏を叩きながら下水道管の中を移動してるのか?そんなバカな!ここの下水道管は直径三十センチ程度だ、人間に通れるはずがない!


カァン       ク


 え?


カンッ       ヨ


 打音が、言葉に聞こえる・・・?





カーン      モ


カァン      ウ


カン        ス


カァン      グ


カーン      ツ


カン       ク


カン       ヨ



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ